エルさんの退学を賭けた2年Sクラスとの備品争奪戦争が
時刻は午後の5時少し前。
日に日に日が長くなるのを気温が上がると共に実感しながら、俺は――
「なんであんな無茶な要求で備品戦争を申し込んだの!?」
「ひぃぃ~ん!? ごめんよ、ロップちゃぁぁぁ~ん!?」
――何故かBクラス委員長に説教されているエルさんを大人しく見守っていた。
「アタシに謝ってどうするの!? 謝るならまず、そこのアカアシに謝りなさい! アイツ、訳も分からずアンタのエゴに巻き込まれたのよ!?」
「ひぇぇぇ~っ!? ごめんなぁ、アシトぉ~っ!?」
あの会議室での凛々しいお姿はどこへ行ったのか、エルさんが実に庇護欲をそそる声音で泣きながら俺に頭を下げてきた。
「ちょっ、やめてくださいエルさん!? 腐れ雑草ゴミムシである俺なんかの為に頭を下げないでください!? アナタは何も悪くない!」
「悪いわよ! メチャクチャ悪いわよ!? アカアシ、アンタね、無条件でエルを甘やかすんじゃないわよ!? 悪いところは悪いって言わなきゃ、この子の教育に良くないでしょうが!」
「あぁん!? 甘やかしてねぇよ! つぅか何でEクラスにBクラス代表が居るんだよ!? 帰れよ! ここは俺とエルさんのマイ☆スィートクラスだぞ!?」
「あぁん!? やんのか、この腐れマッチョが!?」
「やってやろうか、このツインテおにぎり!?」
「け、喧嘩はやめちくりぃ~っ!?」
今にもキスせんばかりの超至近距離でメンチを切り合う、俺とBクラス委員長。
そんな俺達の間に慌てて身を滑り込ませるエルさん。
そんな俺達の様子を、1人高みの見物を決め込んで爆笑している男が1人。
「ウッハッハッハッハッ! いやぁ今年は『当たり年』やなぁ! 楽しい1年になりそうやわい!」
「いや、なんでヤギチンまでEクラスに居るワケ!? 帰れよ、Aクラスに!?」
「アカアシの言う通り、
「ウッハッハッハッハッ! そんな冷たい事を言わんといてぇな? こんな面白い事に首を突っ込まんなんて
トラブル大好きフリスキーなクレイジー☆サイコフレンドであるヤギチンが盛大に「ウッハッハッハッ!」と笑う。
う、うぜぇ……。
マジで自分の巣に帰ってくれねぇかなぁ、コイツ?
「??? ところでアナタは誰なん? アシトの知り合い?」
「おっと、そう言えばEクラス委員長には自己紹介しとらんかったなぁ。そこのアシト・アカアシと同じく今年から中央アカデミーに編入した2年Aクラス委員長のヤギ・クサナギや。よろしゅうな!」
「Aクラス!? おぉ~、エリートやぁ~っ! エリートが居るでアシトぉ~っ!」
「いやいや、アンさんらがこれから戦うSクラスの方がエリートやで?」
そう言って
そんなヤギチンを「おぉ~、カッコええ……」と瞳をキラキラさせて見つめるエルさんは、まるで恋する乙女のようで――
「――残念だよ、ヤギチン。まさか級友をこの手で殺める日がくるなんて……」
「おい待て、アシト? 拳を下ろせ? お前のソレは冗談じゃ済まへんぞ?」
「冗談じゃないからな」
「ダメよ、エル! あんな男、お母さんは許しませんからね!」
「ロップちゃん、いつからウチのお母ちゃんになったん?」
慌ててヤギチンからエルさんを引き離すBクラス委員長。いい判断だ。
この歩く性病の塊をエルさんに近づけさせるワケにはいかない。
エルさんの純潔と貞操は俺が守る!
「落ち着け、バカ! せっかく
「良い情報? んだよ、ソレ?」
「もちろんユウト・タカナシに関わる情報や」
「ッ!? ユウト・タカナシの!?」
ヤギチンがそう口にした瞬間、ガバッ! と顔をあげたエルさんがBクラス委員長の制止を振り切ってヤギチンに詰め寄った。
「お、教えて! 教えてチンチンッ!?」
「ヤギチンや。……知りたいか?」
「し、知りたい!」
「だ、ダメよエル! ソイツにそんなに近づいたら!?」
「そうですよ! ソイツは股間を介して悪い病気を持ち運ぶ悪魔のような男なんですから、気をつけないと悪い病気を移されますよ!?」
「アシトはワシのことを何やと思っとるんや?」
ヤギチンの湿った視線が俺の肌を突き刺すが、構わず俺はエルさんをヤツから引き離そうとして……Bクラス委員長に先を越される。
こ、この
さっきから俺のエルさんに馴れ馴れしいぞ!?
お前もお前で早く巣に戻れや!
ふふんっ! と勝ち誇った笑みを浮かべるBクラス委員長にギリギリと奥歯を噛みしめて睨みつけていると、ヤギチンがエルさんの好感度を稼ぐように口をひらいた。
「2年Sクラス代表ユウト・タカナシ、奴が聖剣に選ばれた勇者であることはエルはんも知っとるな?」
「もちろん」
「ならその聖剣が7本あることは知っとるか?」
「「7本ッ!?」」
思わず俺とエルの声がハモる。
そんな俺達のリアクションに満足したのか、ヤギチンはニンマリ♪ と頬に笑みを
「そうや。かつて歴史上、聖剣を2本扱う勇者は何人か居ったが、7本同時に扱う勇者は長い勇者の歴史から見てもユウト・タカナシしかおらん」
「ば、バルムンクだけやなかったんや……」
「聖剣7本って、欲張り過ぎんだろアイツ? ハッピーセットかよ?」
男だったら女も剣も、1つのモノを愛し続ける気概を見せろや。と思うのは俺が古いタイプの人間だからだろう。
だが聖剣7本は正直……やりすぎではないか?
その節操の無さに俺がドン引きしていると、エルさんを後ろからギュッ! と抱きしめていたBクラス委員長が「ちょっと待った」と会話に割りこんできた。
「その噂ならアタシも聞いたことあるけど……その話、本当なの? アタシ、アイツが7本も聖剣を使っている場面なんか見たことがないけど?」
「まぁ聖剣1本あればどんな剣士も圧倒できるからなぁ。7本も使う事なんかないんやろ。でも話は本当やで?」
そう言ってヤギチンは「思い出してみ?」と言って言葉を
「昨日の会議、アシトの前に突然聖剣が現れたやろ? アレがユウト・タカナシが持っとる聖剣7本の内の1本である【ヴォルフカリバー】の力や」
なんでも時空間に収納してある物体を好きな時間、好きな場所へ出現させる力があるらしい。
とヤギチンは続けた。
「他にも獄炎の力を纏った聖剣【スルト】に絶対零度の氷結の力が宿った聖剣【アスモデウス】、雷の力を有した双剣の聖剣【ジェミニ】なんかもあるそうやで」
「攻撃に回復に防御って……無敵かアイツは?」
「才能の暴力って怖いわよねぇ……」
「むぅぅ……そんなにあるならバルムンク、返してくれてもいいのにぃ」
ぷくぅっ! と可愛く頬を膨らませるエルさんの隣で、俺とBクラス委員長はドン引きを通り越してもはや
なんだよ? その『ボクの考えた最強の主人公!』みたいな性能は?
神様、アイツを
前世どれだけ徳を積んだら、そんな才能マンになるんだよ?
もうなんか気持ち悪いわ……。
「しかも聞いて驚け? この7本の聖剣に、新たに1本加わるかもしれんそうや」
「ハァ!? まだ聖剣欲しいのかよ、アイツ!?」
「新しい聖剣? そんなの発見されたなんて聞いて……あぁっ!?」
突然Bクラス委員長がエルさんを抱いたまま大きな声をあげた。
途端にエルさんの身体が驚きでビックーンッ! と震えあがる。可愛い♪
お持ち帰りしたい。
「ビックリしたぁ……。どうしたん、ロップちゃん?」
「もしかしてその聖剣って……昨日のロックドラゴンの背中に刺さってたアレ?」
「正解や。流石はBクラス委員長、勘がええのぅ!」
「ハァッ!? なにそれ!? ふざけんな!? アレは俺達が見つけた聖剣だぞ!?」
なんでロクに苦労もしていないアイツが所有することになってんだよ?
おかしいだろ!?
そんな俺の疑問に答えるかのように、ヤギチンは小さく肩を竦めてみせた。
「しょうがあらへんやろ? 現状、聖剣を使えるのはユウト・タカナシしかおらんのやから。そもそも普通の人間は聖剣に触れることすら出来へんし」
「それはそうだが……あ、あれ? いや待て、ヤギチン」
「どったんや、アシト?」
「いや、そう言えばエルさんが普通に聖剣に触れ――」
「ゴホンッ! ゲホンッ! と、ところで! ユウト・タカナシばっかり気にしているようだけど、他のSクラスの対策はしなくてもいいの? 残りの6人もかなりの実力者よ?」
ワザとらしい咳払いで俺の台詞を遮ると、これまたワザとらしく話題を切り替えようとしてくるBクラス委員長。
な、なんだコイツ?
まぁ他のSクラスの奴らの事も気になるから別にいいけどさ。
「あぁ、他の奴らのぅ。確かに強敵やなぁ。双剣使いのガイア・フォースに、居合の達人であるルナ・ナイトメア、普通の剣士やったら手も足も出ん奴らばっかりや」
でも、ヤギチンは俺を一瞥しながらケラケラと楽しそうに笑った。
「心配ないやろ、アシトなら」
「ハァ? なによ、ソレ?」
「まぁソレは明日のお楽しみ
ウッハッハッハッハッ! と1人だけ分かったような笑みを浮かべるヤギチン。
そんなヤギチンをイラッ! とした様子で眺めるBクラス委員長。
気持ちは分からなくもない。
俺も友人でければ今頃、往復ビンタの刑でその頬をパンパンに膨らませてやっている所だ。
なんて考えていると、エルさんが申し訳なさそうな声音で「アシトぉ~」と俺の名前を呼んできた。
「本当にごめんなぁ~? ウチの勝手な都合に巻き込んでしもぉて? でもこれが最後のチャンスやと思ったら、つい気が焦ってしもうて……」
「いやいやっ!? 謝らないでくださいよ、エルさん! エルさんの問題は俺の問題ですから!」
「だから甘やかすんじゃないわよ! ダメな所はダメって言わないと、この子の教育に良くないのよ!」
「うるせぇっ! Bクラスの腐れビッチは黙ってろ!」
「誰がビッチだ!?」と
「安心してください、エルさん。俺が一番手で出場して全員漏れなくぶっ倒しますから。エルさんは俺の後ろでドーンッ! と構えていてください!」
「えっ? いや、一番手は言い出しっぺのウチがいくけど?」
「ダメです。許しませんっ!」
俺は確固たる決意をもって首を横に振った。
エルさんの提案を断るのは物凄く心が痛むが、こればっかりは譲れない。
一番手だなんてそんな……エルさんの珠のようなお肌に傷がつくようなマネ、させられるワケないじゃないですか!
もしエルさんのモチモチお肌を傷つけるヤツが現れたら、俺は自分で自分がどうなってしまうか分からない。
俺を殺人鬼にしない為にも、エルさんには絶対に2番手で居て貰わなければ!
「大丈夫です! この俺が必ずエルさんに勝利というプレゼントを用意してみせますから!」
「……薄々勘づいてはいたが、なんかアシト、エルはんに対して妙に過保護やないか? あの群れる事を嫌う一匹狼が、この2日間の内になにがあったんや?」
「アタシに聞かれても知らないわよ。初めて会った時からあの男、ずっと『あぁ』だったわよ」
ヤギチンとBクラス委員長の
が、構わずエルさんに笑顔という名の大輪をプレゼントし続ける俺。
エルさんは
「分かった。なら一番手はアシトに任せるな?」
「はいっ! 任されました!」
「でも、無理だけはしちゃアカンで? 危ない思ぉたら、すぐウチと代わるんやで?」
そう言ってエルさんは心配そうな眼差しで俺を見つめ……あぁっ!?
え、エルさんが俺のことを心配してくれている!?
俺だけを心配してくれている!?
う、嬉しいっ!
生きてて良かったぁぁぁぁっ!
発狂しそうになるほどの多幸感が全身を包み込む。
もうソレだけで負ける気がしなかった。
「はいっ! 必ずやSクラスの愚か者共を血祭りにあげてみせます!」
「……もう不安しかないんだけど?」
大丈夫なの、コレ? と怪訝そうな顔を浮かべるBクラス委員長を無視して、俺はエルさんに満面のサムズアップで応えていた。