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第19話 VS 2年Sクラス~そして祭りが始まった~

 泣き叫ぶクリリンを控室に置き去りにして、俺達はSクラスが待つ修練場へと足を延ばした。


 無駄に長い廊下を渡り切り、会場へと続く門をくぐると、ねっとりとした湿った風が肌を撫でる。


 その不愉快な風に眉をしかめたのも一瞬のこと。


 すぐさま地割れの如き歓声が俺とエルさんの身体を包み込んだ。


 見ると、観客席がアカデミーの生徒達で埋め尽くされていた。




「……うるせ。大丈夫ですか、エルさん? お耳、痛くないですか?」

「うわわっ!? すごい声援やねぇ? うん、大丈夫やで」




 心配してくれてありがとうなぁ、と俺に向かって微笑むエルさん。


 それだけで俺の身体に無限のパゥワーが湧いてくる。


 勝ったな、コレ。


 もう負ける気がしないわ。




「ようやく来たみたいだね。随分と遅い到着のようで?」

「ヒーローが遅れて到着するのは世の常だ。許せ」

「相変わらず減らず口は一丁前だね?」




 そう言って五月雨のごとき歓声の隙間を縫うように、本日の獲物であるSクラス委員長ユウト・タカナシがチクリッ! と嫌味を飛ばしてくる。


 そんなタカナシの背後ではゴリラみたいなマッチョに、細目の黒髪美人、軽薄そうな茶髪のチャラ男と、実に個性豊かなメンバーが勢ぞろいしていた。


 あれが2年Sクラスのメンバーだろうか?




「タカナシくん……約束、覚えているよね?」

「もちろん。エルちゃんの方こそ、忘れていないよね?」




 ユウト・タカナシの挑発的な視線を真っ向から受け止めつつ、大きくコクリと頷くエルさん。


 カッコイイ……あれが俺達の総大将なんだぜ?


 惚れるだろ?


 濡れるだろ?


 俺が改めてエルさんに惚れ直していると、ユウト・タカナシが試合進行役としてその場にたたずんでいた黒服の剣士を遮って、場を仕切り始めた。




「さて、それじゃ時間も勿体ないだし、さっそく始めようか? 2年Eクラスソッチの一番手は誰かな?」

「もちろん俺だ」




 俺はユウト・タカナシのよこしまな視線からエルさんを庇うように、ズイッ! と一歩前へ歩みを進めた。




「ОK、なら2年Sクラスコッチからはボクが出よう」




 そう言って俺と同じように1歩前へとユウト・タカナシが足を踏み出そうとして、




「待て、ユウト」




 後ろに控えていた見目うるわしい金髪のイケメンに肩を掴まれ止められた。




「んっ? どうしたのさ、アレックス?」

「お前が一番手に出たら試合にすらならないだろう?」

「そーだぜ! せっかくの晴れ舞台なんだ、オイラ達にも出番を譲って欲しいんだぜ!」

「ユウトはんは後ろでドーンッ! と構えておいてくりゃれ。あとはそれがしたちが何とかしますさかい」




 そう言って金髪イケメンの後に続くようにゴリマッチョと細目の黒髪美人がピーチクわめきだす。


 ユウト・タカナシは「えぇ~っ?」と不満気な顔を見せつつも「分かったよ」と言って後ろへと下がっていった。




「なんだ、やらねぇの? ビビったか?」

「誰がビビるか。みんな暴れたくってウズウズしているみたいだからね、しょうがないから今回は譲ることにするよ」

「ふぅ~ん? まぁいいや」




 俺は誰が一番手になるかジャンケンで決めている他のSクラスのメンバーを一瞥しながら、




「準備運動はしておけよ? どうせすぐ出番が来るんだから」

「いいえ、ユウトはんの出番はありまへんよ?」




 間髪入れずに細目の黒髪美人が俺の言葉を否定する。


 その手には東大陸で使われている『刀』と呼ばれる反りの入った剣が握られていた。




「どうやらアンタが一番手らしいな」

「『アンタ』やありまへん。2年Sクラス、ルナ・ナイトメアどすぅ」




 短い間やろうけどよろしくお願いしますわ、と上品に片手で口元を覆いクスクスと笑う黒髪美人。


 あぁ、コイツがヤギチンの言っていた居合の達人か。


 確かに雰囲気がある。


 迂闊に踏み込んだら身体を真っ二つにされそうだ。




「各クラス、出場選手は決まったようだな。ではそれ以外の者達は後ろへ下がれ」

「アシト」




 審判役の黒服の声に混じるようにエルさんがグッ! と俺に向かって拳を突き立ててくる。


 遠慮はいらない、やっちゃえ!


 と言われているようなそんな気がした。




「分かりました」




 俺は離れていくエルさんに向かって大きく頷きつつ、改めてルナ・ナイトメアと向き直る。


 お前に恨みはないが愛の為だ。


 むごたらしくやられて貰おうか?




「それではただいまより【2年Sクラス】対【2年Eクラス】の備品争奪戦争を始めるっ!」




 審判の黒服がそう宣言するなり、怒声のような野太い歓声が俺達の居る修練場を激しく揺らした。


 うるせぇな……ここは動物園か?




「今回の備品戦争は変則ルールとして勝ち抜き戦を採用している。先に相手クラスを全員戦闘不能にしたクラスが勝者だ」




 異論はないな? と黒服が確認するようにルナ・ナイトメアと俺に視線を送る。




「問題あらへんよ」

「御託は良い。さっさと始めようぜ?」

「……分かった。では両者、構えろ」




 あいあ~い、とルナ・ナイトメアが軽く腰を落とす。


 そのまま刀の柄にゆったりと手を置き、抜刀態勢へと静かに突入した。


 瞬間、肌を切り刻まれるかのようなピリピリとした緊張感がステージを包み込む。




「某の技は刹那に終わるさかい、まばたき厳禁やで?」

「そいつは楽しみだ」




 クスクスと余裕たっぷりの笑みを浮かべるルナ・ナイトメアを横目に、俺はクラウチングスタートの態勢へと入った。


 途端に何故か審判の黒服が苦言を申すように俺に声をかけてきた。




「なにをしている? はやく構えろ」

「??? 構えているだろうが?」

「……ふざけているのか? なんだその妙な構えは?」




「ふざけてねぇよ。大真面目だわ」と俺が審判に言い返していると、ルナ・ナイトメアが「あらあら?」と声をあげた。




「なんやのん? そのあからさまな突撃態勢は?」

「どいつもコイツもうるせぇなぁ。いいから集中しろよ。お前、今、命の瀬戸際に居るぞ?」

「……あのロックドラゴンを単独で仕留めた言うから楽しみにしとったのに……残念やわぁ」




 もう俺への興味が失せたのか『はよ終わらせよか』と身体中から気怠けだるいオーラをまき散らし始めるルナ・ナイトメア。


 そんな俺達のやり取りを見て、審判の黒服も「どうなっても知らないからな?」と小さく呟く。


 そのまま数秒の沈黙が俺達の間を支配した。


 1秒、2秒と時が進むにつれ、空気がネットリと質量をはらみだす。


 やがてパンパンに膨れ上がった緊張が爆発するかのように、黒服が高らかに声を張り上げた。




「始めっ!」




 ――瞬間、俺の飛び蹴りがルナ・ナイトメアの顔面に突き刺さっていた。




「グルベェッ!?」

「【アカアシ流足刀術】伍ノ型『極光』」




 目にも止まらぬ最速の飛び蹴りが、ルナ・ナイトメアの顔面を陥没させる。


 そのまま勢いは死ぬことなく、遥か後方の壁までルナ・ナイトメアの身体を吹き飛ばす。


 ボゴォンッ! という轟音と共にルナ・ナイトメアの身体が修練場のステージの壁へと

めり込んだ。


 俺はぬちゃ……と血液やら体液やらで汚れたルナ・ナイトメアの顔から右足を引き抜く。


 と同時にルナ・ナイトメアの身体がどちゃっ!? と地面へ崩れ落ちた。


 審判が瞬きするよりも先に俺達の戦いは始まり、そして決着も刹那についた。




「……はっ?」




 黒服の審判の声が、ヤケに大きく聞こえる。


 俺は構わずスタスタと元の待機位置に戻りながら、呆然と立ち尽くす主審に声をかけた。




「審判、判定は?」

「ッ!?」




 言われて気が付いたとばかりに、身体をビックーンッ!? と震わせた黒服の主審が慌てた様子でシュバッ! と俺の方へと片手を上げた。




「しょ、勝者【2年Eクラス】アシト・アカアシッ!」




 瞬間、この世の終わりのように世界がいた。

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