「なんの冗談だ?」
「真剣そのものですけど?」
「訳がわからない」
「ですから、騎士になって出世して、子爵位を得た俺と結婚すれば、ライナさんは子爵夫人ということになりますよね。そうしたら、めでたく青薔薇の乙女の資格をゲットできるって寸法です。言っている意味はわかりますか?」
「いや、意味はわかるが」
「それは、前向きに検討するという返事だと受け取っても?」
「早まるな」
さすがに、ふたつ返事で了承とはいかないか。
「出会って間もない男からのプロポーズですしね。戸惑う気持ちはわかります」
「そう考えられる常識は一応あるんだな。少し安心した」
「ですが、恋に落ちるのに時間は関係ない。善は急げです!」
「善と言い切るか……。前言撤回だ。やはり不安しかない」
創作物で浮ついたセリフを見聞きするたび、失笑していた昔の自分が懐かしい。
異世界に来て恋を知り、まさしく世界が広がったかのようだ。
「恋に落ちたなどと、本気で言っているのか?」
「はい。貴女は俺の運命の相手です」
「やらかした責任を取ると言われた方が、まだ納得できるんだが」
「罪の意識が無いと言えば嘘になります。ですが、それよりも惚れた女性を全力で応援したい気持ちで今はいっぱいなんです。ライナさんの夢を支え、叶えることが俺の人生目標になりました」
「頭は大丈夫か? 私に惚れるとか、あり得ないだろう」
「何があり得ないんですか? ライナさんのような素晴らしい女性に魅力を感じることの、どこが不自然だと言うんです?」
絵心を持たない者でも、ルネサンス絵画の到達点とも言われる《モナ・リザ》を観れば心を揺さぶられてしまう。それと同じくらい自然なことではなかろうか。
「この顔をよく見ろ」
「見ろと言われましても、ヘルムで完璧に覆われているので見えません」
「そうだ。顔も見せていない女に惚れるとか、まったくもって理解不能だ」
「俺は言うなれば、ライナさんの生き様に惚れたんです。命を救ってもらったのがきっかけなのも事実ですが、容姿は問題じゃありません」
ヘルムの重さで首が疲れたのか、ライナさんが頭を抱えた。
「……私は、クロイのことをよく知らない」
「これから少しずつ知っていってください。ちなみに、俺の身長は185センチ、体重72キロ、靴のサイズは27センチです。俺もライナさんのことなら隅々まで知りたいですが、まずは左手の薬指のサイズだけ教えてもらえると嬉しいです」
「だから、子爵になるという発言も、頭ごなしに否定するつもりはない」
「無視は寂しいですけど、どうしよう。やっぱり優しい。好きが止まらない」
脛を蹴られた。
「私は騎士になると決めたその日から、女であることを捨てている」
「女であることを捨てたら、青薔薇の乙女になれないのでは?」
「揚げ足を取るな。覚悟の話だ」
大事なところだと思うんですが。
「騎士を志してからも、騎士になってからも、毎日毎日厳しい鍛錬に明け暮れた。洒落た服で着飾ったことなどない。髪や肌の手入れもまったくしない。化粧をした経験すらないんだ。そんな女に色気など伴うはずがあろうか。惚れたと言われても信じられないし、正気の沙汰とは思えない」
「女性の口から未経験を主張されると、妙にそわそわしますね。なぜでしょう」
足を踏みつけられた。
「今からお前の目を覚ましてやる」
「むしろ、今の俺は、愛に覚醒した状態だと言っても過言ではありませんよ」
「私の素顔を見ても、そんなことを言っていられるかな」
「それって、ヘルムを取って顔を見せてくれるってことですか? 光栄です」
「いったいどんな幻想を抱いているのか知らないが、まさか絶世の美女が出てくるとでも思っているのか? そんなのは物語の中だけだ」
この世界も、俺にとっては大概ファンタジーですけどね。
「さっきレンゲス分隊長が言っていただろう。人に見せられないほど不細工だから隠しているのだろうと」
「聞こえていたんですね……。次に会うことがあれば、キツく言ってやりますよ。あの時は、よくも俺の嫁を悪く言ってくれたなって」
「すまないが、私にもわかる言葉で喋ってくれないか」
「俺の嫁は少し気が早かったですね。挙式の相談だけでも進めておきますか?」
「言い換えよう。寝言は寝て言え」
ライナさんは交換日記から始めたい純なタイプなのかな。
愛する人と歩幅を合わせるのは、もちろん大歓迎ですよ。
「自分の美醜を意識したことはないが、不細工だというのは的を射ているはずだ。生まれてこの方、女として最低限の身だしなみにも気を使ってこなかったんだぞ。不細工に決まっている」
「俺はライナさんがどんな顔でも」
「御託はいらない。真実をその目に焼きつけ、さっさと現実を受け入れろ」
吐き捨てるように言って、ライナさんがヘルムに手をかけた。
俺はライナさんという人間性に惚れている。そこに嘘はない。
でも、だからと言って。
いや、だからこそ、当然の如く、そのご尊顔にも興味はある。
思わずごくりと生唾を飲み込んだ。今の心境を例えるなら、メインディッシュに被せた銀色の
ヘルムが少し持ち上がり、まずは細い首と桜色の髪が覗いた。
次に顎先と潤いのある唇が現れ、引き締まった輪郭が浮き彫りになっていく。
そして——
「……ふぅ」
ヘルムを脱いでひと呼吸の解放感を味わったライナさんが、ふるると頭を振り、目に掛かった髪を嫌がった。
もみあげ部分だけ長く、前髪はぱっつんだ。柔らかい髪質のショートボブだが、もしかしなくても、自分で切っているんだろうか。
「な? 言ったとおりだろう?」
誇らかに感想を求めてくるが、俺は最初に決めていた。
すっぴんの女性に、あれこれと偉そうな意見など言うまいと。
だけど、そんな心構えは必要なかった。
「これに懲りたら、今後はおかしな妄想で自分を見失うことのないように……って聞いているか? まったく、言葉を失うほどとは。どれだけ期待していたのやら」
落胆を前提にして勝手に話を進められているが、俺の口からは、本音、お世辞、そのどちらも出てこない。
なぜなら、己の不美人を信じて疑わず、得意顔から呆れ顔のコンボを決めてくるライナさんの面立ちが、俺の心臓に強烈なアイアンクローをかましてくるからだ。
「それにしても、外でヘルムを外すのは気持ちがいいな。町が広く感じる」
晴れやかに言って、ライナさんが頬をくすぐっていた横髪を耳にかけた。
無意識の行動だろう。
その拍子に、うなじがチラ見えした。
「ん? うずくまってどうした? 腹が痛いのか?」
「いえ、お構いなく……」
メルヘン童貞などと小馬鹿にされたりもする俺だが、三次元の女性を愛でられる普通の感性くらいは持ち合わせている。前の世界でも「可愛いな」「美人だな」と思うアイドルや女優だっていた。
そんな彼女たちの容姿を基準にし、人が到達できる造形美の限界というものを、おぼろげに自分の中で描いてもいた。
だがしかし、ライナさんがヘルムを脱いだ瞬間、現れた素顔は、俺が彼女たちに感じていた美を過去のものへと置き去りにした。
想像していたK点を軽々と超え、
ライナさんへの好感度が追い風になったことは否めない。
だとしてもだ。こう思わざるを得ない。
ライナさんって、鏡を見たことがないんだろうか。
少々引っ張りすぎている気もするので、はっきり言ってしまおう。
女性の美貌を競うオリッピック競技でもあるなら、俺はここに金メダルの授与を宣言しているだろう。
それほどまでに、ライナさんはぶっちぎりの美人さんだった。