ライナさんの冒険者登録のため、俺たちは町の西門付近にある冒険者ギルドまで足を運ぶことにした。
冒険者になる気がないなら来なくていいと言われたが、ノーヘルのライナさんが一人で外を歩いていたら、そんなもの、サメ映画の冒頭でイチャつくバカップルがガブガブされるのと同じくらい確実にナンパされるだろう。一緒に行かないという選択肢はなかった。
「ここが冒険者ギルドだ」
正面入り口が、西部劇に出てきそうなスイングドアになっている。
ライナさん曰く、元は酒場だった建物がそのままギルドとして使われているとのことだが、外観からして女子供を寄せ付けないアウトローな雰囲気が漂っている。
「ライナさんは来たことあるんですか?」
「いや、私も入るのは初めてだな。騎士と冒険者は、仕事内容が被ることも多く、正直なところ、あまり良好な関係とは言えないんだ」
「同業者あるあるですね」
騎士団に依頼すれば、国が責任をもって案件を最後まで処理し、アフターケアも必要に応じて行ってくれるが、依頼料としては割高。
対して冒険者に依頼すると、やること自体はやってくれるが、失敗もあり得る。アフターケアまでは仕事の対象外。また、冒険者の星次第で依頼料も異なる。
万全を期してガチガチにオプションをつけまくった保険プランが騎士団依頼で、最低限の格安プランが冒険者依頼って感じかな。
「冒険者は、騎士と違って荒くれ者も多い。変に目立つような真似はするなよ」
「俺より、ライナさんの方が目立つと思いますけど」
「ヘルムを被っていた時ならいざ知らず、今の私のどこに目立つ要素がある?」
なんてことを真顔で言うんだから、片時も傍を離れるわけにはいかない。
「ところで、コーリン王国には、テドン以外にも町や村ってありますよね?」
「あるに決まっているだろう。大小合わせて五十は下らないぞ」
「その中で、この町に出稼ぎに来たとしても違和感のないところというと、どこになりますか? 適当に答えてくれて構いません」
「どういう意図の質問だ?」
「念のためと言うか、この後で必要になるかもしれないので」
答えになっていないことを不満そうに、眉をひそめるライナさんもお可愛い。
「テドンほど大きな町なら、別にどこから出稼ぎに来たとしても不思議はないが、最近だと南部のコルマオ領が台風の影響で、農作物にかなりの被害が出たそうだ。コルマオ領内にある村々からというのが、今は一番説得力があるだろうな」
「南部というと、俺と出会った森を越えた先ですか。なるほど、参考になります」
確認が取れたところで、スイングドアを押してギルド内へと入っていく。
建物の中は薄暗く、殺伐とした空気と視線が俺たちを出迎えた。
汚いわけではないけれど、役所の小奇麗なイメージとはかけ離れている。
穴倉感とでもいうか、盗賊団のアジトみたいだな。などと、正確かもわからない印象を抱いた。
革鎧を装備した剣士っぽい冒険者。
大盾を背負った重戦士っぽい冒険者。
ローブを纏った魔法使いっぽい冒険者。
やたら露出度の高い暗殺者っぽい冒険者。
等々。騎士と違って恰好も自由が許されているらしい。
依頼書らしきものが張り出されている掲示板と睨めっこをしていたり、昼間からテーブルで酒を飲んでいたりと、こちらもフリーダムだ。
俺たちが、というよりも、ライナさんに気づいた男たちが口々に「ひゅう♪」と口笛を吹いている。色めき立ってしまうのは無理もないと思うけど、惚れた女性に他の男が下卑た視線を向けているというのは、あまりいい気がしない。
とはいえ、ライナさんが注目を集めてしまうのは予想どおりだ。
当の彼女は一切気にした様子もなく、奥の受付まですたすたと歩いていった。
「冒険者登録をしたい」
受付台を挟んだ先にいる女性に、ライナさんが簡潔に用件を告げた。
この場にいる十数人だけでは判断材料に欠けるが、おそらく冒険者も割合的には男の方が多いんだろう。受付嬢が一瞬、きょとんとした目でライナさんを見た。
「あ、はい。えっと、冒険者についてのご説明は」
「不要だ」
「かしこまりました。では、こちらの用紙に必要事項をご記入ください」
うん。さくさく進む。
このまま、いらぬ心配で終わってくれるかな。
なんて思った矢先のことだった。
「——お前ら、この辺じゃ見ない顔だな」
はいきたー。やっぱりきたー。
日本人としては高身長の部類に入る俺より、さらに一回りは大きい男が受付台に寄りかかり、声を掛けてきた。
歳は俺とそう変わらないと思うけど、禿頭に昇竜の刺青が入っており、上半身がもりもりの筋肉でせり上がっている。
ご職業はヒールレスラーですか? もしくは山賊ですか?
みたいな身なりから伝わってくる威圧感は、一般人のそれと一線を画している。
紳士的とは程遠く、明らかに新人を的にした悪絡みだ。
ただ、どちらかというと、男はライナさんではなく、俺に話しかけている。
そのため、注意事項まで精読しているライナさんは、まだ男に気づいていない。
「俺様が、冒険者の心得ってやつを教えてやろうか?」
わかりやすいと言えば、わかりやすい。
ニマついた笑顔で親切なことを言ってはいるが、内心は「新人のクセに、えらくマブい女連れてんじゃねぇか。調子乗ってる? ん?」といったところだろう。
ヘイトが俺に向くなら願ってもない。
周囲の冒険者たちは、これまたイヤらしい笑みを張りつけて傍観している。
俺が女性の前で、どんな無様をさらしてくれるのかと期待しているんだろう。
ま、想定内だ。
俺はわざとらしく、ハッとした顔を作って禿頭の男を指差した。
「もしかして、貴方はラゴス・サンバルボさんではないですか?」
「あん? そうだが、俺のことを知ってんのか?」
もちろん俺が知るワケがない。
こいつの頭上に表示されている名前を読み上げただけだ。
「やっぱり! その風貌、そうではないかと思ったんです」
「お、おお? ……え、何の話?」
「もうかなり昔の話なんですが、俺が懇意にしている知人の親子が魔物に襲われていたところを、とある冒険者に助けていただいたと言うんです」
自分を当事者にせず、時期も特定させない。
どこで、どんな魔物に襲われたのかを具体的にしないのもミソだ。
「何かお礼をしたいと思ったそうなんですが、その冒険者の方は、謝礼を要求することも、名を告げることもせず去ってしまったらしく」
といったことを、ラゴスのつるりとした頭を見て言う。
もしかしたら竜の刺青を入れたのはつい最近ということもあり得るので、詳しい特徴にはあえて触れない。
聞き耳を立てている周囲がざわつき始めた。
「それでも感謝を伝えたい思いで、村に立ち寄る他の冒険者の方に、恩人の特徴と一緒に尋ねて回ったそうなんです。そしたらテドン支部のギルドを拠点にしている冒険者で、ラゴス・サンバルボという人物がいるというじゃないですか」
オオッ、という歓声が上がった。
名乗られる前から相手の名前を知っている。
それだけで、話に備わる信憑性が段違いだ。
「あ、俺はコルマオ領(の方角)から来ました」
「コルマオ領っていや、確か……」
このタイミングで、台風の被害で畑を失い、働き口を探しに来た不幸人を装って同情を買っておくことも忘れない。
「ひと目見て確信しました。親子を助けたのは貴方だと。ラゴスさんにとっては、この程度の人助け、日常すぎて記憶に残っていないかもしれませんが」
「あ、あぁ、そういえば、そんなことも……あったような?」
話を聞いていた受付嬢が、感心したようにパチパチと手を叩いた。
つられて周りの奴らも拍手を送り始める。
ラゴスが照れたように禿頭を撫でた。
ここに当事者はいない。そもそも全部俺の作り話なのだから、ラゴスが肯定してしまえば事実確認をする術はない。好きなだけ尻馬に乗ればいい。
その代わり、もう新人をいびることはできないがな。
「食い扶持を稼ぐだけなら他にも仕事はありました。でも、その親子の話を聞き、弱きを助け、見返りを求めない、そんなラゴスさんの人柄に憧れ、こうして冒険者ギルドの門戸を叩いたというわけなんです」
「な、なるほどなぁ……」
尊敬の眼差しを向けられるのは初めてか?
みっともない姿を見せたくないだろう?
期待を裏切りたくないだろう?
人は良くも悪くも、期待されている役割を演じようとするからな。
それが演じて気持ちのいい役ならなおさらだ。
ギルド内を見回しても、ラゴスよりも強そう、かつ態度のでかい者はいない。
ラゴスさえ味方に取り込んでしてしまえば、こっちのものだ。
「そっちの嬢ちゃんも、お前の同郷なんだよな?」
ちらりとライナさんを見やる。
登録用紙を熱心に見つめて「騎士をしていたことは、職歴に書いてもいいのか。いやしかし、うーむ」と頭を悩ませており、一連のやり取りにまだ気づかない。
ならば。
「はい、俺の嫁です」
「かあ! 羨ましい野郎だな!」
言ってやったぜ。
「それにしても。見たとこ、本当に身ひとつで出てきたって感じだな」
ラゴスが俺を上から下までまじまじと見やり、呆れたように言った。
「そのうち星を増やして、討伐依頼もこなすつもりなんだろう? 装備は?」
「恥ずかしながら、まだ何も。コツコツ稼いで少しずつです。誰かのおさがりでもいいので安く手に入るといいんですが」
「ったく、仕方ねえなぁ。使わねぇ装備品やらをギルドに預けてあるから、適当に見繕って「いいんですか? 助かります」
「食い気味に言うなよ。もしかして、仕向けたんじゃねぇだろうな」
「いやいや、まさかまさか」
「まあ、後輩の面倒を見てやるのも先輩の務めか。お代は、そのうちでかい稼ぎがあった時に酒でも奢ってくれや」
絡んできた時の悪人面はどこへやら。
面倒見のいい先輩冒険者に生まれ変わったラゴスが、ギルドに預けているという鉄の剣やら革の胸当て等々、冒険者の初期装備としては上等すぎるものを引っ張り出してきてくれた。
その後も、テドンの北に出るイモムシの体液は毒だから、倒す時は遠距離攻撃か焼くのが常套だの、万一に備えて毒消しは必ず持っておけだの、他の冒険者たちも巻き込み、本当に至れり尽くせりのレクチャーを受けた。
そうこうしているうちに、ようやくライナさんの冒険者登録が完了した。
「よし、これで私も、晴れて一ツ星の冒険者だ。クロイ、待たせたな。……って、なんだ、その立派な装備は?」
「お疲れ様です。ライナさんの分もありますよ」
「いや、何があった?」
「ここにいる冒険者の先輩たちが、使うといいって」
「なんと……」
ライナさんが驚いた顔で、冒険者たち一人一人を見渡す。
そうして姿勢を正し、綺麗に腰を曲げた。
「ありがとう。このとおり若輩者の新人だが、あなた方の厚意に応えられるよう、誠心誠意励みたいと思う。何卒、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いしたい」
そう言って顔を上げ、少々はにかんだような笑顔を浮かべた。
その破壊力たるや。
キュウゥゥン!!
と胸を締め付けられる音が、そこかしこから聞こえてくるようだ。
俺が口八丁で懐柔した冒険者たちを、一瞬にして魅了してしまうライナさん。
恐ろしい子……。
「ま、頑張れや。何かあったら、このラゴス・サンバルボを頼ってくれていいぜ」
「ラゴスどの。これらの装備、本当にありがたく思う。大事に使わせていただく」
「い、いいってことよぅ」
でれっでれだな。タコ頭が茹でたみたいに赤くなっている。
俺の嫁だぞ、という視線に気づいたラゴスが、バツが悪そうに咳払いをした。
「あーと、お前、名前はクロイって言ったか。冒険者は常に危険と隣り合わせだ。嬢ちゃんのこと、しっかり守ってやれよ」
「もちろんです。でも冒険者になるのは彼女だけで、俺はなりませんけどね」
「「「ならないのかよ!」」」
冒険者ギルド総ツッコミを受けた。