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第10話 対等な会話が信頼関係を築く

 俺のイメージするギルドマスターと言えば、元冒険者で筋骨隆々とした中年か、紅茶とモノクルが似合いそうなロマンスグレーかの二択だろうか。

 ここ、テドン支部のギルドマスターは後者だった。

 ガチムチはラゴスで足りているので、キャラが被らなくて安心した。


「掛けてくれたまえ」


 シェイプシフターの件で事情を聴取すべく、応接室に通された俺とライナさんはギルドマスターに着席を促され、幅のあるソファに並んで腰を下ろした。

 それを確認してから、足の低いテーブルを挟んだ正面にギルドマスターも座る。


「ずいぶんと待たされましたけど、理由をお聞きしても?」


 正対するなり、俺は物怖じすることなく質問を投げた。

 あの騒ぎがあってから、経過報告もないまま優に6時間は経過している。

 その間、俺とライナさんは、ギルドの片隅でずっと待機を命じられていた。

 新人だからと侮られているわけではないと思うが。


 とはいえ。

 会話のイニシアチブを持っていかれないよう若干の不満を声に含ませているが、実際のところ、俺は待ち時間をまったく苦痛に感じなかった。


 愛する人と同じ時を共有する喜び。

 この数時間は、初めて遊園地を訪れた少年のように胸の高鳴るひと時でもあり、半世紀を連れ添った妻と縁側でまったり茶を飲むような心安らぐ時間でもあった。

 思わず、6時間ぶっ通しで話し続けてしまったほどだ。


 聞き上手だとわかったライナさんも、長時間待たされたことに対してぐったりと疲れたで不満をアピールしている。ギルドの都合で時間を費やしたんだから、その間に受けるはずだったクエストの補償くらいはしてもらいましょうね。


「その前に、まず名乗らせてほしい。ギルドマスターのラッセル・クロウマンだ。此度の一件、テドンの町を代表して心から礼を言う」


 ライナさんに負けじと疲弊した様子のギルドマスターが、深々と頭を下げた。

 何故シェイプシフターが化けているとがわかったんだ?

 隠してもタメにならないぞ、さっさと吐け。

 みたいに高圧的な詰問が来ることも想定していたが、どうやらギルドマスターは良識のある人物のようだ。どのみち、その質問は後でされると思うが、とりあえず今は「いえいえ」と謙遜しておく。


「改めて、長時間拘束してすまなかった。シェイプシフターを手引きしていた者の逮捕に奔走していたのだ」

「手引き……。やっぱり、後ろに誰かいたんですね」

「気づいていたのかね?」

「町の中に潜伏していることを誰も知らない。エサを確保する上で最大とも言えるメリットを、あのシェイプシフターは自ら放棄していました。もっと重要な何かのために、そうさせた第三者でもいるんじゃないかなと」

「もっと重要な何か……。それは何だと思うかね?」


 反応を確かめるような目……。

 俺たちも一連の関係者ではないかと疑われているんだろう。


「そこまではわかりません。ただ、あのまま町全体にパニックを引き起こすことも計画のうちだったんじゃないかと思います。シェイプシフターの存在を周知させる必要があったとしても、噂を流すだけでよかったはずです。そっちの方がリスクも低いでしょうに」

「では、なぜシェイプシフター自身が騒ぎを持ち込んだのだと思う?」

「人間を使うのは不安があったからじゃないでしょうか。裏切る可能性があるし、簡単に切り捨てることもできない。その点、飼いならした魔物なら裏切りの心配はないし、用が済めば証拠と共に消してしまえばいいですからね」

「そのとおりだとすれば、相手も、まさかギルド内で事が片付けられてしまうとは夢にも思っていなかっただろうね」


 だとしても、カルロという男は実在する人間だった。

 だが、シェイプシフターが彼に成り代わっていたということは……。

 俺は一瞬だけ目を伏せ、会ったこともないカルロに冥福を祈った。


「これも想像ですけれど、犯人は長期的に町がシェイプシフターの脅威に晒されるという状況を望んでいないのではないかと思います。人道的な理由からではなく、そうすることで被る不利益を嫌がったんでしょう」

「不利益?」

「魔物が巣くっているなんて噂が立てば、その町が廃れるのは目に見えています。テドンの代わりが務まるほど大きな町が、この近辺にありますか?」

「無いな。国家間の交易中継地点として発展したテドンは、見方によっては王都に匹敵するほど重要な役目を担っている」

「普通に考えたら、誰にとっても損しかありません。そのため、やるなら一気に。そして、さくっとスピード解決。そうすることで、逆に得られる利益があるのかもしれません」

「……例えば、どのような利益が、誰にあると思う?」

「例えば、町の危機を見事な手腕で早期解決に導き、民衆から絶大な支持を得て、二番手に甘んじている評価をひっくり返したい。そんなことを目論んでいる輩でもいるなら、上手い手かはともかく、効果があるかもしれませんね」


 少々具体的すぎるが、例えの話だし、不敬罪や名誉棄損は勘弁してほしい。

 そこまで話し、今度はこっちがギルドマスターの反応を窺う。

 視線が俺からまったく外れない。

 話の内容を吟味するよりも、俺を値踏みすることに忙しいようだ。


「つらつらと答えてくれるのだな」

「新人とは言え、下手したてに出るつもりはありません。マウントを取る気もないです。ギルドと今後の付き合いを考えるなら、信用が第一と心得ていますから」

「個人的には対等な関係でありたい。頭の切れる者は敵に回したくないからね」


 ライナさん、聞きました? 貴女の旦那が褒められましたよ。

 期待を込めて隣に視線をやると、ここまで一言も発していなかったライナさんが目をぱちくりさせて俺を見つめていた。


「ライナさん?」

「驚いたぞ。よくそんなに頭と舌が回るものだな」


 褒めてくれているのか微妙なラインだ。

 頭はともかく、舌は今関係なくない?


 前を向くと、ギルドマスターが笑いを堪えていた。

 ライナさんは、何を笑われているのかわかっていない様子だ。

 疑いをかけられていることにも気づいていないかもしれない。

 だけど、ナイスです。

 おかげで、ギルドマスターの警戒もいくらか緩んだんじゃないでしょうか。


「失礼した。話を戻そう」

「俺の推測はもういいでしょう。調査報告を聞かせてください」

「あのシェイプシフターだが、テイミングされた個体だった」


 テイミングというと。

 ファンタジーでお馴染み、他の動物を使役して戦わせたりできるアレかな?

 下手に質問すると怪しさが増しそうなので、俺は「やはりですか……」と厳かな雰囲気を出しておいた。


「擬態を解いてくれたことで、魔導犬が魔力の匂いを辿れるようになったのでな。おかげで手引きしていたテイマーの身柄も既に確保している」

「仕事が早いですね」


 内心では「魔導犬? 魔力の匂い? へー。へー」と頷きが止まらない。


「ちなみに、そのテイマーは単独犯だと主張しているんですか?」

「うむ。だが、素性さえ語ろうとしない態度からも、明らかに嘘だとわかる」

「協力者、もしくは黒幕がいるでしょうね。拷問にかけたりは?」

「他国ならまだしも、コーリン王国で拷問など許されない」


 法整備された、良い国なんだろう。

 さすが、ライナさんが敬愛する女王様が統治している国だ。


 ただ、にも犯人の自白を待っている余裕はない。

 現状、一番危険なのは俺だ。

 町に潜伏させたシェイプシフターが、あれ一匹とは限らない。

 名を売ろうなんて欲をかいたせいで、大勢の前でやらかしたからな。

 擬態を看破できる者がいるって情報は、他の協力者なりに、既に共有されているかもしれない。そうなると、真っ先に俺を探し出して消そうとするだろう。

 早急に、黒幕まできっちり暴き出さなくてならない。


「ひとつ提案があるんですが」

「何だね?」

「俺がシェイプシフターの擬態を見抜けた秘密を教えるので、捕らえた男の尋問、俺にやらせもらえませんか?」

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