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第11話 ドアインザフェイスは交渉の基本

「失礼します」


 人のいスマイルを張りつけ、俺はシェイプシフターのテイマーを尋問している狭い個室に入った。

 俺の容疑がまだ完全に晴れたわけではないので、ギルドマスターを監視役として伴っている。申し訳ないが、ライナさんは受付の広間で待機だ。

 先に尋問を担当していたギルドの職員には入れ替わりで退室してもらい、友人とファミレスで待ち合わせしていたみたいな気軽さで男の前に座る。


 歳は三十後半から四十半ばってところか。

 泰然とした居住まいだけで、プロ意識や、初犯ではないことが窺える。


「はじめまして」

「誰が来ても同じことだ。何も喋るつもりはない」


 飼っていたシェイプシフターが、勝手にやったことなんですー。

 といった見苦しい言い訳はない。

 テイミングした生き物の行いは、すべてテイマーの責任。

 それ以前に、シェイプシフターをテイミングすること自体が罪になるそうだ。


「少し茶色がかった瞳をしていますね。どこの出身です?」

「黙秘する」

「何を企んでいるのか、誰と繋がっているのか、教えてもらえませんか?」

「黙秘する」

「情報を漏らしたら、お仲間に消されたりするんですか?」

「黙秘する」

「俺、貴方みたいな人がタイプなんです。腹筋見せ合いっこしません?」

「失せろ」


 ダメだな。聞こえてはいるけど、聞く耳を持ってくれない。

 では、テコでも口を割ろうとしないだろう。

 拷問までされることはないと高を括っている感じでもない。

 されたところで喋らない。それくらい固い意志を感じる。


 だったら、俺にしかできないやり方で尋問を続けるしかないな。

 男の態度に辟易したとばかりに、俺はこれ見よがしにため息を吐いた。


「わかっていませんね」

「……?」

「こちらはもう、ある程度の情報を掴んでいるんですよ」

「何を言うかと思えば。見え透いた嘘を」

「貴方の口から言わせようとしているのは、捜査の手間を省きたいから。あとは、貴方への慈悲ですよ。自白してくれたら、すべてをつまびらかにした後の罪も、少しは軽くしてあげられますから」


 俺はすっと立ち上がり、男の後ろに回った。

 優しく肩に手を添え、顔を並べるようにして近づける。


「だから、ねえ」


 不審げに俺を見る男に囁き、微笑みかける。

 ただし、今度は人のさなど皆無。

 とにかく邪悪に。腹の内から真っ黒な感情を湧き上がらせ、相手の本能に恐怖と嫌悪感を刷り込むようにして言う。 


「全部話してくれませんか。マーシュ・ロネイドさん?」

「なッッ!?」


 肩に置いた手に力を込め、思わず席を立ちかけたマーシュを押さえつけた。

 今、こいつの思考は高速で回っているだろう。

 いつ、どうやって名前を知られたのか。

 名前を把握されているということは、自分の背後関係まで知られているのか。

 一人で勝手に憶測の沼に飲み込まれていく。


 もし、マーシュが今は別の名前を使っているのであれば、より好都合だ。

 表に出せない仕事だから、偽名を名乗っている可能性は高い。

 にもかかわらず、いきなり本名を言い当てられたら、そりゃあ動揺するだろう。


 名前というのは、個々を識別する標識だけにあらず。

 時に、その人間が生きてきた歴史さえも浮き彫りにする。

 特に本名は、出生という人間のルーツにまで遡る。

 裏仕事を生業にする者にとっては、急所を握られたも同然の衝撃に違いない。


「貴方がこんな汚れ仕事をやっているのは、金のためだけじゃありませんよね」


 捉え方ひとつで、どうとでも解釈のできる言葉だ。

 貯金そのものが目的で金を稼ぐ奴なんて、まあいないからな。

 マーシュの頭には何が浮かんだだろうか。


「いいんですか? このまま何も話してくれないのなら、他の人にも訊かなくてはいけなくなりますよ? 迷惑をかけるのは、貴方も本意ではないでしょう?」

「か、家族は関係ない!!」


 思ったより早く本音部分が出てきた。

 なるほど、家族のためか。


「ええ、ええ。そう言いたい気持ちはわかりますよ。でもね、関係ないかどうかを判断するのは貴方ではないです。貴方は既に、容疑者ではなく犯罪者であることが確定しています。そんな貴方の主張は著しく信用性に欠けますからね」

「ぐっ……」

「まあ、その際はできるだけ紳士的に事情聴取させていただくつもりではいます。下手に貴方を庇うようなことをしなければですが。、拷問なんて非人道的なことは認められていませんからね」


 殊更に「コーリン王国では」と強調する。

 ここがもしコーリン王国ではなかったら。

 そんな、意味のない想像をマーシュはしてしまっているだろう。


「でも、ふと考えてしまうんです。そもそも拷問って、どこまでやったら拷問ってことになるんでしょうね。個人的には、爪を剥ぐくらいならアリだと思うんです。だって、爪なんてまた生えてくるじゃないですか。回復も早いですし」

「娘には手を出すな!」


 別にマーシュの家族を指して言ったわけではないんだが、もう完全に、こちらが生い立ちから家族構成、何から何まで掴んでいると信じてしまったようだ。


「貴方次第です。この部屋を出たら、俺はすぐにでも捜査に向かおうと思います。まあ、事実確認程度のものですけどね。


 意味深に言って、すっとマーシュから離れる。


「ご家族が協力的だといいんですけど、もし反抗的な態度を取られてしまったら、ふふ、ちょっと頑張ってしまうかもしれません」

「この、外道めッ……!!」


 普通に生きていたら、まず言われないセリフだな。

 全部出任せだけど、ライナさんには席を外しておいてもらってよかった。


 それでは——。とすげなく言って会話を切り上げ、扉に向かう。

 そんな俺の背に、マーシュが「待てッ!!」と制止の言葉を慌ててかけてきた。


「全部……話す」


 心中でニヤリとほくそ笑むが、表にはおくびにも出さない。

 この部屋に入ってきた時と同じく、人好きのする笑顔で振り返った。


「ご協力、感謝します」



          ◇◆◇



「ライナさん、お待たせしました」

「その様子だと、万事上手くいったようだな」

「はい、ライナさんは三ツ星に昇格。俺は騎士になれそうです」

「待て待て待て。何を言っているのかわからない」


 タイムを要請したライナさんが、気持ちを落ち着けるため、大きく息を吐いた。


「順を追って確認させてくれ」

「喜んで」

「私たちは、というか、私は今日、冒険者登録をしにここへ来た」

「新たな門出ですね」

「そう、今日だ。今日一ツ星になったんだ。それがどうして、クエストのひとつも受けていないのに、三ツ星に昇格なんてことになるんだ?」

「俺とライナさんは、シェイプシフターという、最悪町ひとつが壊滅したとしてもおかしくない脅威を未然に防ぎました。これは五ツ星にも値する功績です」


 五ツ星・・・大きな町でもヒーロー扱いされちゃう。


「見ようによっては、そうかもしれないが」

「事件というものは、往々にして突発的に起こるものです。起こった後でいちいち難易度を測ってクエストを発注していては、手遅れになることも多いでしょう」

「それはまあ、確かに」

「そのため、今回の事件はクエストなら☆五個相当ですが、緊急時ということで、例外的に一ツ星のライナさんが受領、解決したという扱いにしてもらいました」


 僭越ながら、クエスト達成の手続きは俺の方で済ませてあります。

 夫だと言ったら処理してくれました。後で冒険者カードの更新をしましょう。


「それで?」

「ライナ・レオブランカを五ツ星に昇格してくれと嘆願しました」

「無理に決まっているだろう」

「無理でした」

「嘆願したことに驚きだ」

「それでもです。ライナさんは今日一日をギルド都合で拘束されてしまいました。ライナさんであれば、その時間でクエストの百や二百はこなしていたでしょう」

「お前は私を何だと思っているんだ?」

「俺の人生に光を灯してくれた天使です」

「そういうことは今訊いていない」


 本当は女神と形容したかったけど、女神は実物がいるからな。


「百や二百は多少大げさに言いましたが、数十のクエストをこなせた時間分相応の補償をするのが筋だと申し立てました」

「数十でも大げさだ」

「☆五個相当のクエストをひとつ達成に加え、☆一個相当のクエストを数十回分。さらに、四ツ星冒険者による対処が妥当とされるオークを単独で撃破できる実力の持ち主であることも添え、五ツ星が無理なら四ツ星にしろと嘆願しました」

「またしたのか!」

「勘弁してくれと言われたので、ならば三ツ星で。これ以上は負からんと交渉し、最終的に、金銭による報酬までは要求しないことを条件に承諾を取りつけました。一応、特例らしいので、あまり他所で言わないでほしいとのことです」


 最初に無茶振りをし、少しずつ要求を下げて妥協点を探すのは交渉の基本だ。


「……後でギルドマスターに、私から謝罪しておく」

「謝罪? 感謝の間違いでは? あれで結構話のわかる人物ですよ。加護のことも話半分程度には信じてくれるようになりましたし」

「だとしても、こんな異例がまかり通るものなのか……」

「頑張りました」

「……それで? 冒険者ギルドに来て、なぜクロイが騎士になれるんだ?」


 これに関しては、まだ確約を得たわけじゃない。

 きっかけは、事件の真相にある。


 マーシュ・ロネイド。

 現在は別の名前で活動していたようだが、それはさておき。

 彼が全部白状してくれた。


 結論から言うと、マーシュの雇い主は、テドン領主の次男だった。

 そして、その目的というのが、俺が推測したこと、ほぼそのままだった。

 シェイプシフターが潜伏していることを町中に広め、恐怖と混乱を招く。

 頃合いを見て、息のかかった私兵を連れて次男が颯爽登場。

 事態を鮮やかに収束して民衆の支持を得る。

 長男よりも、頼りになる次男に爵位を継がせた方が町も安泰なのでは?

 そうだそうだ。それがいい。新領主バンザイ。


 となることを期待していたそうだ。

 完全にマッチポンプ。アホらしすぎて失笑を禁じ得ない。


「事が事なので、これには戒厳令が敷かれました」

「当然だな。こんな事実が知れ渡ったら、テドンの町で暴動が起こる」

「当事者以外で真相を知っているのは、俺とギルドマスターと、ここで話を聞いたライナさんだけです。身内のこんな赤っ恥が外に漏れたら、爵位剥奪、財産没収でお家取り潰しにだってなりかねませんから、くれぐれも内密にとのことです」

「領主に大きな貸しを作った形になるのか」


 ライナさんの昇格には、口止め料という意味も含まれている。

 だけど、そんな裏事情、ライナさんは知らなくていい。


「後日になりますが、事後処理が落ち着いたら、領主が直々に礼をする場を設けてくれるよう、ギルドマスターが計らってくれるそうです」

「そこで騎士推薦の件を頼むわけだな」

「そうですね」


 いや、待てよ。

 長男にではなく、俺を養子にして爵位を譲れと脅したら、ワンチャンあるか?

 家が汚名で語り継がれてしまうくらいなら、その方がマシなのでは。


「絶対にやめろ」

「何も言っていませんけど?」

「顔に出ている。また良からぬことを考えているだろう」


 小さな表情の変化にも気づいてくれるなんて。

 本当にもう。好きすぎて、どうにかなってしまいそう。

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