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第12話 恋する男は馬鹿になる

 シェイプシフターの一件から5日経ったが、まだ領主からのコンタクトはない。事後処理が相当難航しているようだ。

 その間、ただじっと待っているわけもなく、俺はこの世界のことを学びながら、ライナさんが受注したクエストに毎日便乗させてもらっている。

 戦闘面で役に立てない俺の担当は、主にクエストの下調べやら必要物資の準備。あとは当日、荷物持ちなんかを買って出ることで存在意義を主張している。

 あれだよ。サポーターってやつだ。


《受注クエスト》

 難度:☆☆☆

 依頼:カザハシ村

 内容:カザハシ村を襲うゴブリン一団(推定20匹)を討伐せよ

 報酬:金貨3枚


 今回のクエストは少し遠出になる。テドンの町から北へ半日ほど馬車を利用し、さらに山道を徒歩で数時間という距離のため、必然的に一泊することになる。

 ☆が増えるほど活動範囲も広がっていく傾向にあるので、今後も日を跨ぐようなクエストが増えていくだろう。

 普通だったら面倒臭さを感じるかもしれないが、ライナさんとの外泊だと思えばプチ旅行気分だ。良い観光地でもあれば、新婚旅行の候補にするのもいい。


 前日のうちに受注して準備を整え、まだ陽光で空気が温められていない早朝から乗り合い馬車で出立した。夕方には着く予定だ。

 尻の痛みと馬車酔いに耐えながら、きっちり半日を車中で過ごし、カザハシ村の最寄りの街道で降車する。

 そこからは馬車が入っていけないので、徒歩で山間を進んでいく。

 道とも呼べない道を歩きながら、俺は改めてこのクエストについて思い返した。


「ライナさん、今さらなことを訊いてもいいですか?」

「ああ、悪くないな」

「何がですか?」

「サラシほどキツくなく、それでいて激しい動きもしっかり支えてくれる。無駄に値が張るだけで私には不要だと思っていたが、なかなかどうして重宝しているぞ。クロイにも自信を持ってお勧めできる」

「非常に興味をそそられるお話ですが、今確認したかったのは、女性用下着の使い心地ではなく、クエストについてです。あと、俺に勧められても困ります」

「よく胸のあたりにクロイの視線を感じるから、てっきり」


 ウソ。俺ってば、そんなに?


「このクエストなんですけど、正直なところ、ハズレですよね」

「ハズレ?」

「報酬は金貨3枚。どう考えても割に合わないでしょう」


 この世界での通貨は、銅貨、銀貨、金貨で回されている。

 銅貨100枚=銀貨1枚。銀貨10枚=金貨1枚だ。

 食事と湯の利用は別料金の《まどろみの酒蔵亭》で二人一泊(ベッドはひとつ、俺は床)だと銀貨3枚なので、超ざっくり日本円に換算すると、銅貨1枚10円、銀貨1枚1000円、金貨1枚10000円くらいかと考えている。


 そうなると、本日のクエスト報酬は3万円相当。

 日当と考えるならおいしく見えるかもしれないが、これは実質一泊二日だ。

 乗合馬車は片道銀貨1枚。往復で2枚。実際は俺もいるから倍の4枚になる。


 そして極めつけは、討伐対象の規模だ。


「これたぶん、パーティー推奨ですよ。受注した時、言われませんでしたか?」

「パーティーならクロイと組んでいるじゃないか」

「あ、俺を戦力と数えてくれているんですか?」

「いや、数えていないが」

「ですよね」


 ゴブリン一匹なら三ツ星冒険者一人で十分だが、この数は明らかにパーティーで対処することを想定している。人数が増えれば、それだけ個人の取り分は減るし、交通費もかさむ。逆に人数を減らせば、それだけ危険が増す。

 というわけで、俺の結論は「割に合わない」だ。


「確かに、他のクエストを選んだ方が、稼ぎは良かっただろうな」

「もしかして、わかっていて受けたんですか?」

「……まぁ、な」


 ライナさんが珍しく言い淀んでいる。

 実入りの少ないクエストに付き合わせているという引け目でもあるんだろうか。

 そんな必要はまったくないのに。

 そもそも冒険者ですらない俺は、ライナさんから離れたくないというわがままを通して同行させてもらっている身だ。ライナさんがどんなクエストを受けようと、文句を言える立場ではない。


 と、そこまで考えてハッとする。

 ライナさんは幼い頃、暮らしていた村が魔物の群れに襲われている。

 その時に、両親も……。


 つまり、昔の自分とカザハシ村を重ねてしまった。

 そういうことなんじゃないだろうか。

 愛する人のツラい過去。

 そんな大切なことを失念し、あろうことか、ハズレなどと……。

 無神経なことを言ってしまった自分に腹が立ってくる。


「すみません。貴女の夫として、俺はまだまだ至らないようです」

「至るも何も、出発してすらいないと思うんだが」


 正論は一旦置いておくとして。


「ライナさんから聞いた生い立ちを思えば、カザハシ村の置かれている状況を気にかけられるのも当然ですね。俺はそれを全力で手伝おうと思います」

「別に、そのことだけが理由では……」

「他にもあるんですか?」

「それは……」


 この時、俺は「●●●ちゃん、クラスに好きな男子いるのー? 教えてよー」と言われた小学生女子が「えー。いないって言ったらウソかもだけどー。うーん」ともじもじ恥じらっている姿が脳裏に思い浮んだ。


 ややあって、ライナさんが「秘密だ」と言った。

 手元にスマホがあったら、今すぐ連写して待ち受け画面にしちゃう可愛さだが、同時に血の気が引くほど嫌な予感がした。


「まさか浮気ですか!? カザハシ村に好きな男でもいるんですか!? 俺とその男、本命はどっちですか!? 俺の方が愛人だったりするんですか!?」

「ツッコミどころが多すぎる。落ち着け」

「…………深呼吸します」


 そうだ、落ち着け。相手はライナさんだぞ。

 自分が不美人であることに絶対の確信を持っているライナさんだぞ。

 そんな彼女が浮気なんてあり得るか?


 ……いや。

 違う。問題はそこじゃない。

 俺がライナさんを信じられるかどうかだ。

 シェイプシフターの一件で、ライナさんは既にそれを示してくれたというのに。

 大切なのは、浮気の無実を証明することなんかじゃない。

 相手を本当に想うなら、信じる心こそが最も大切なのだ。


「すみません。ライナさんが二股をかけたりするはずないのに。好きが大きすぎるあまり、取り乱してしまいました。愚かな男だと笑ってやってください」

「そろそろカザハシ村が見えてくる頃か。大きな被害が出ていないといいが」


 無視が地味に一番効きますね。

 結局、このクエストを受けた理由の全部は教えてもらえなかった。


 ライナさんの言葉どおり、山と森に囲まれた村が遠目に見えてきた。

 壁や塀なんて上等なものは無い。

 等間隔に杭を打ち込み、1メートルに満たない高さの柵を作っているだけだ。

 小型の四足獣くらいなら多少の効果があるかもしれないが、柵を乗り越えられるゴブリンには、なんの意味もないだろう。


「思った以上に小さい村だな」

「村の人口は50人ほど。しかも半数以上が65歳以上で若者もほとんどいないと聞きます。限界集落ってやつですね」


 カザハシ村は、南のテドン領と北のウルムナ領のちょうど中間に位置している。

 一昔前は、すぐ近くに鉄鉱山があったため、財政面の要所とされていたそうだ。

 採掘権が一方に偏ると軋轢が生まれるため、テドン領とウルムナ領、どちらにも属さない共同管理となっていた。


 だが、それも近年では鉄を採り尽くして閉山してしまい、土地の価値は消えた。

 交通の便が良いわけではなく、特産になるようなものも無い。

 利権の奪い合いにまで発展しかけていた過去から一転、なんの旨味も無いため、管理を押し付け合いになり、寂れていく一方なのだとか。


 このままでは、いずれ本当に限界を迎えてしまう。

 そうなる前に移住をと、再三勧告しているにもかかわらず、カザハシ村の住人はこれを頑なに拒否。

 ならばやむなしと、ウルムナ領主は管理を早々に放棄した。

 一方、テドン領主は完全に見捨てることもできないようで、時折……と言っても半年に一度くらいだが、様子見で騎士を巡回させたりしているようだ。

 今回のようなゴブリン討伐も、ウルムナ領に救援要請を出すことはできないが、テドン支部の冒険者ギルドでなら依頼という形で請け負っている。


「機会があれば、俺たちからも移住を勧めてみますか? ギルドで聞いた話だと、移住先での生活保障は、ある程度約束されているらしいですよ」

「……いや、やめておこう。余計なお世話だと思われるだけだ」

「ですかね」

「先祖代々、土地と共に生きてきた歴史があるんだろう。ご年配の方が多いなら、知らない場所に移り住むよりも、思い入れのある土地に骨を埋めたいと考えるのは不思議なことじゃない」

「死ぬまで離れたくないっていう気持ちなら、俺がライナさんに向けているものの方が強いと思いますけどね」

「そこ、張り合うところか?」


 迸る想いが、つい漏れてしまいました。

 ドン引きされたかと思えば、ライナさんは表情を陰らせ、重そうに息を吐いた。


「クロイは、そういうことを、いつまで言うつもりなんだ?」

「愚問ですね。俺の命が尽きるまでです」

「まだ数日の付き合いだが、女なら見境なしに誰でも口説いているわけではなく、私をからかっているわけでもないということは、なんとなくわかる」

「え、まだなんとなくしか伝わっていなかったんですか? それは困りましたね。今日から一日に最低100回、愛を言葉にして届けることにします」

「訂正する。はっきりと伝わっている」

「よかった。でもせっかくなので、一回だけ言っておきますね。愛しています」


 尻を蹴られた。


「私に恋愛感情を抱くなど、正気を疑ってしまうぞ」

「正気を失うほど恋焦がれているという点では、ある意味正解ですね」


 また蹴られた。さっきよりも痛い。


「前にも言ったが、私が焦がれている人は他にいる」

「女王様のことですよね」

「そうだ。だから、私の中でお前が一番になることは……絶対にない」

「それで構いませんよ」

「…………は?」


 特に動揺もなく、俺はさらりと答えた。

 ライナさんにとっては予想外だったのか、言葉を失ってぽかんとしている。


「俺を一番にする必要はありません。俺は俺で、ライナさんの手伝いを勝手にするだけです。他の誰でもない、俺自身がそうしたいからです」

「ああ、うん。……うん? 待て、よくわからない」

「難しいことは言っていないと思いますけど」

「一番じゃなくていい。そう言われて、私はクロイをどう扱えばいいんだ?」

「夢を叶えるために、俺を利用してくれればいいんです」


 惚れた弱み……いや、強みだな。


「ライナさんのためなら、俺は何でもできます」

「してもらっても、私は何も返せない」

「労いの言葉でもかけてもらえれば充分です。それだけで俺は馬鹿みたいに元気が出ますし、馬車馬の如く働くことだってできるでしょう。そんな便利で都合のいい道具とでも思ってやってください」

「思えるわけがないだろう。クロイは馬鹿でも人間なんだぞ?」


 ああ~~~……好き。馬鹿は否定してほしかったけど、超好き。

 キュンとさせてくる頻度が高すぎて、惚れ直しが追いつかない。

 ドキドキと高鳴る鼓動を押さえつけ、努めて冷静を装う。


「じゃあ、こうしましょう。と言うか、元々そのつもりだったんですけど」

「引っ張るな。早く言え」


 ここで俺は、ピースサインのように指を二本立てた。

 どんな反応をされるかな。


「俺を、二番目にしてください」


 実際言葉にしてみると、愛人希望みたいに聞こえる。


「女王様が不動の一番なら、俺はライナさんにとっての二番目を目指します」

「そん……ッ」


 ライナさんが何か言いかけたが、すぐ言葉に詰まる。

 思いつきでこんなことを言っているわけじゃないと察してくれたんだろう。


「クロイは、それで納得できるのか?」

「悔しくないと言えば嘘になりますけど。青薔薇の乙女に就任して、女王様の力になりたい。はてしなく険しい道のりだと知りつつも、夢に向かって愚直に頑張る。そんなライナさんに、俺は惚れたので」

「恥ずかしいセリフを、よく真顔で言えるな」


 こういうセリフだからこそ、真面目に言わないといけないんですよ。

 ライナさんを困らせたいわけじゃないので、俺はシリアスな空気をリセットするつもりで「あ、でも」と続けた。


「男の中での一番は、誰にも譲るつもりはありませんから」


 ついでみたいに言ったけど、これ、最重要ですので。

 いやほんと、ライバルが王様でよかった。

 これが王様だったら、失恋した俺はクーデターを企てていたかもしれない。

 というのは、ちょっとばかり言いすぎだが、チャンスがあったら遠慮なく一番の座を狙っていくので、そこのところよろしく。


「以上が俺の主張ですけど、いかがでしょう?」

「……クロイの気持ちはクロイのものだ。私にどうこう言う資格はない」

「ライナさん、当事者ですけど?」

「自分にできないことを、他人に強要するわけにはいかない。もし、ルベリア様が私のためを思い、剣を捨てて生きろと仰られたとしても、私はそれを承服しない。私の気持ちは私のものだからだ」


 俺の惚れた女性がカッコ良すぎる。


「もちろん、他人に迷惑をかけない限り、だぞ」

「ライナさんに迷惑をかけるような輩は、俺が排除します」

「鏡を見て言え」


 気苦労をにじませたような、長いため息がライナさんから漏れる。


「言っておくが、一番のルベリア様以外、現時点では等しく圏外だからな」

「つまり、実質的には既に二番目ということですね」

「どれだけ前向きなんだ……」

「恋する男は、基本的に馬鹿なんです」

「本当にな。本当に、呆れを通り越して、笑ってしまうくらい馬鹿な男だ」

「それで好きな人が笑ってくれるなら本望ですよ」


 さすがにレンゲスたちよりは上だと思いたいけど、今それを言うのは野暮だな。

 俺はニヤニヤしながら。ライナさんは苦笑しながら。

 陽が山の向こうに沈みかけた頃、ようやくカザハシ村に到着した。

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