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第13話 雄より雌が強いなんて生物界ではままあること

「ええと、女性冒険者さんと、そちらは……」

「俺はサポーター。近々騎士になる予定の荷物持ちです」

「は、はぁ……」


 ゴブリン討伐の依頼を受けた冒険者が村に到着したと聞いて、目を輝かせながら出迎えてくれた年配の男性が、俺たちを見るなり表情を曇らせた。

 まあね、わかるよ?

 ラゴスみたいな、パッと見でわかる頼もしさを期待していたんだろうさ。

 だけど、こんな辺境まで、金貨3枚の報酬で足を運んだ冒険者がいるって時点で奇跡に近いってことを理解してもらいたい。

 そんな不満込々な考えが俺の目に表れていたのか、年配の男性はバツが悪そうにぺこりと頭を下げた。


「申し遅れました。ワタシは、カザハシ村の村長をしている——」

「ウドガ・マルデンスさんですね」


 名乗り切られる前に言葉を被せる。

 自己紹介を遮られた村長が、狐につままれたように目を丸くした。


「冒険者の方が、どうしてワタシの名前を? ギルドに提出しました依頼書には、村の名前しか書いていなかったはずですが」

「クエストを受注した以上、そこには責任が伴います。特に、討伐依頼は依頼者にとっても、冒険者にとっても失敗は許されません。確実を期すため、できる限りの下調べをしてきただけですよ」

「おお……」


 ということにしておけば、依頼者の信用と安心感がアップすること間違いなし。

 まあ、俺は村長の頭上に出ているネームプレートを読んだわけだが。


 ライナさんにジトッと睨まれている気がするが、何も言ってはこない。

 村が過疎化している事情等について調べたのは本当のことだし、相手に不信感を持たせたままにするよりはいいですもんね。


「私も名乗らせていただこう。三ツ星冒険者のライナ・レオブランカだ。こっちはクロイ——……クロイだ」


 おや、ライナさん?

 打って変わって、ライナさんが俺の視線から逃げるように顔を背けてしまう。

 もしかして、俺のフルネーム、覚えていらっしゃらない?


「到着されてすぐで申し訳ありませんが、状況をご説明させていただきますので、ワタシの家にご足労願えますか」

「もちろんだ。時間が惜しい。さあ行こう。早く行こう」


 話題が変わったことを幸いとばかりに、ライナさんが村長を急かした。

 下の名前で呼んでもらうという、新たな目標を掲げ、俺もそれに続く。

 その道すがら、村の様子を見渡してみた。


 俺たちを気にしてか、村人たちがちょろちょろと表に出てくる。

 若者の姿は一人も見当たらないけど、さすがは元炭鉱マンというべきか、村長をはじめ、年配とは思えないガッシリした体型の人もちらほらいる。

 だからと言って、戦えるかは別だ。

 体力が追いつかない。魔物との戦闘経験がない。

 等々様々な不安要素があって、冒険者に頼るしかなかったんだろう。

 それでも、推定20匹はいるゴブリンが、未だ本格的に攻め込んできてはいないところを考えると、一応の睨みは利かせられていたのかもしれない。

 時間の問題とも思うが。


 年季の入ったログハウスに招かれると、これまた年配のご婦人に迎えられた。

 村長が「家内です」と紹介してくれる。他に家人はいないようだ。

 鉱山と共に生きてきた村なだけあり、使い込まれたツルハシやハンマーが玄関に立てかけられていた。いざという時、武器として使えそうだ。

 リビングとダイニング兼用の部屋で、ライナさんと村長が向かい合って座る。

 俺は当然、ライナさんの隣だ。


「まずは、安い報酬しかお出しできないにもかかわらず、遠いところからはるばる駆けつけてくださったことに、心より感謝いたします」

「なに、気にしないでいただきたい。こちらは納得した上でここに来たのだから。ほら、クロイも何か言っておけ」

「竜司と呼んでください」

「それで村長どの、ゴブリンが現れた経緯などを教えてもらえるだろうか」


 ライナさん、完璧にスルースキルを身につけましたね。感慨深いです。


「実は、十日ほど前に地震がありまして。村の東に広がっている森のさらに奥に、大きな崖があったんですが、その一部が崩れ、偶然橋がかかったような形になってしまったのです。そこをゴブリンが渡ってきたらしく」

「今もそのままなのか?」

「いえ、危険は冒しましたが、なんとか橋は撤去しました。ただ、既にこちら側に入り込んでしまったゴブリンたちは、どうしようもなく」

「実際、どの程度の被害が出ているんだ?」

「今のところ、怪我人らしい怪我人は出ておりません。しかし、まばらに現れては農地から作物を奪っていくので、そちらの被害の方が甚大なのです。夜間も交代で見張りを置いたりしているものの、それも限界があり」


 ほとんど自給自足に近いカザハシ村で、農地を荒らされるのは致命的だ。

 50人程度しかいない村人。中には満足に動けない高齢者だっているだろう。

 男手で見張りに割ける人員となると、さらに少数になる。


 一通りの情報共有が終わるまで、素人の俺は口を挟まない。

 話し合いをライナさんに任せ、俺は村長の奥さんが出してくれた茶をすすった。


「まばらにやってくると言われたな。人的被害が軽微で済んでいることからして、ゴブリンは集団行動をとっていないのか?」

「ひとつの群れだとは思うんですが、現れる方角もまちまちですし、巣らしい巣を持っていないようなのです。こちらの目を盗んでは、気まぐれに現れて畑を漁っていくという感じです」

「群れのリーダーらしい個体は?」

「ワタシの知る限りでは見ていないです。ホブゴブリンなども確認していません」


 確認できてたまるか。

 俺はまだ実物を見たことがないけれど、普通のゴブリンは人間の子供サイズで、ホブゴブリンは大柄なプロレスラーほどもあると聞く。

 単体での脅威度はオークと同程度らしいが、そんなのが子分を10匹以上連れているとしたら、いよいよ☆3つではなく、最低でも☆4つの案件だろう。

 報酬面ではなく、安全面で大問題だ。


「それで、退治はどのように? ワタシどもにも手伝えることがありましたら」

「巣が無いというのは少し面倒だな。一網打尽にするのが難しい」


 強い人だと、そういう考え方になるのか。

 各個撃破できるなら、そっちの方が危険は少ない気もするけど。

 まあ、Gなんかも、一匹ずつ探して駆除するようなことはないか。

 巣の中でまとめて潰してしまうか、誘い出してホイホイするのが一般的だろう。


 うーん……。とライナさんが頭を悩ませている。

 思案にふける横顔も美しい。


「ゴブリンが、思わず食いつきそうなエサでもあればいいんだが」


 ホイホイの考え方ですね。

 ゴブリンが食いつきそうなエサ……エサ……と考え、はたと思い至る。


「村長さん、質問いいですか?」

「なんでしょう?」

「この村に、若い女性っています?」

「一番下で、確か50代半ばですね。若い者らは、こぞって町に出稼ぎに」


 他に選択の余地はないようだ。

 聞いたところによると、こと女性の容姿に関する美的感覚が、人間とゴブリンは似ているのだとか。人間の美人は、ゴブリンから見ても美人に見えるらしい。

 つまり、何が言えるのかというとだ。


「ライナさん、俺としては、あまりオススメしたくないんですけど」

「何か思いついたのか?」

「あのですね、ライナさんがゴブリンの目につきそうな所で待機しているだけで、たぶん向こうから寄ってくると思うんです」


 ゴブリンに雌はいないという。

 すべて雄で、他種族の雌に子供を作らせて繁殖することで知られている。

 この村に子を成せる女性はいないし、余計にライナさんの存在は大きい。


 村長もこれに深く同意したのか、うんうんと頷いている。

 一方で、皆目見当がつかないとばかりに、ライナさんが疑問符を浮かべている。

 伝わらないだろうなーと思いつつ、俺はライナさんに説明をした。


「やれやれ、何を言うかと思えば」


 案の定、伝わらない。


「確かに私も、生物学上は若い女ということになるが、だから何だと言うんだ? ゴブリンの感じる美醜は人間と大差ないんだぞ?」

「重々承知の上です」

「だったら、その提案が破綻していることにどうして気づかない。私なんかより、村長どのの奥方がやられた方が、よほどゴブリンを引きつけるだろう。もちろん、そんなことをやらせる気は毛頭ないが」


 村長の奥さん、たぶん70歳は超えてる。

 村長が無言で「この人、何言ってるんですか?」みたいな目を俺に向けた。

 気にしないでください。いつものことなんで。


 まったく、もう少しまともな案を出してほしいものだな——。なんて、理不尽に呆れていたライナさんが、ここで何かに気づいたのか、ハッとした。


「そういうことか。クロイの考えがわかったぞ」

「竜司の言いたいことがわかったんですか?」

「しつこい上に気持ち悪い」

「すみません、黙ります」

「つまり、クロイは私の醜い容姿を利用して、ゴブリンに同じ魔物だと錯覚させるつもりなんだな? それができれば、敵も警戒心を緩めるかもしれない。そうして油断させたところを仕留めるのが狙いだと言いたいんだろう?」


 ドヤ顔なところ申し訳ないですが、全然違います。

 ほんともう、ビックリするくらい180度違います。


「面白い奇策じゃないか。やってみる価値はあるな」


 違うけど、本人は乗り気みたいだし、やること自体は変わらない。

 何か言いたそうな村長を制し、俺は「そうですねー」と気のない返事をした。



          ◇◆◇



 思い立ったが吉日。

 既に外は夜の空気に覆われつつあったが、善は急げということで《ライナさんをエサにしてゴブリンホイホイ作戦》は、その日のうちに決行することとなった。


 まず大前提として、ゴブリン数匹を相手にしたとしても、ライナさん一人で軽く一蹴できるだけの戦闘力を備えている必要がある。

 これが難しいなら、第二案……というか、本来はそっちが本命。

 洞穴暮らしをしたりもするゴブリンは夜目が利くらしいので、翌日の朝を待ち、ライナさんを先頭に、村の男衆を連れて森狩りをする予定だ。

 これの確認をライナさんにしたところ。


「数匹を相手にというのは、20~30匹くらいか? さすがに100匹が一斉にかかって来たら、少しばかりしんどいかもしれない」


 

 頑張れば100匹でもやれそうな物言いに軽く戦慄を覚えた。

 2~3匹というつもりで言ったので、とにかく問題はないようだ。


 村の端、森に程近い開けた場所に、ライナさんが一人で陣取った。

 そして、少し離れた所で、俺と村の男衆が隠れて待機している。

 ゴブリンは、弓のような遠距離武器でも器用に使いこなすという。

 もっと遮蔽物のある所にした方がよさそうなものだが、ライナさんは必要ないとあっさり言い放ち、次のように語った。


「張力が30キロに満たない弓程度なら、8メートルも離れていれば避けられる。矢に毒でも塗られているなら、余裕を持って10メートルは欲しいが」


 ということらしい。

 ちょっとワケがわからなかったけど、えらい具体的で自信たっぷりだったので、納得するしかなかった。


 そんな感じで、作戦と呼べるかも怪しい作戦がスタートしたわけだが……。


 結論から言うと、入れ食いだった。

 1匹見つけたら、30匹はいると思えと言うが。

 出てくる、出てくる。

 鷲鼻と長耳、そしてオークと同じ緑色の体表が特徴的なゴブリンが、わらわらとひっきりなしに森から湧いて出る。

 今日までカザハシ村が無事だったのは、単に運が良かったかららしい。


 それにしても、ゴブリンってやつぁ……。

 美的感覚は人間と似ていても、そこから取る行動は似ても似つかないようだ。

ゴブA『これって、ひと目惚れ?』

ゴブB『どうしよう。あの子になんて話しかけたらいいかな』

ゴブC『おい、お前ちょっと声かけてこいよ』

ゴブD『無理だよ、お前が行けよ』

 みたいに、中学生男子めいたピュアさは一切なし。


 統制が取れていない群れということもあるが、脳味噌が下半身に移動したんじゃないのかってくらい、興奮して涎と下卑た蛮声を巻き散らし、我先にと飛び出してライナさんに向かっていく。

 で、呆気なく斬り捨てられている。


 連中、前を走る仲間が次々やられていくのに、それが見えていないんだろうか。

 完全に、獲物ライナさんしか目に入っていない。

 それだけ女に飢えていたのか。はたまたライナさんが魅力的すぎるのか。

 俺としては、断然後者を推すが、それにしたって節操がなさすぎる。

 同じ雄として、憐れに思えてくるほどだ。


「クロイさん……彼女は、本当に三ツ星の冒険者なんですか?」

「そうですよ」


 ライナさんの戦いぶりに目が釘付けになったまま、村長が呟くように言った。

 そう確認してしまうのも無理はない。

 惚れた欲目もあるだろうが、彼女の戦う姿が、ただただ美しいと感じる。

 時に落ち葉を箒で掃くように最小限の動きで、時に踊るように激しく剣を振り、一太刀ごとにゴブリンの骸が増えていく。


 普通は男の方が強いとか。男の方が前に出て戦うべきとか。彼女を見ていると、そんな常識が簡単にひっくり返っていく。俺にとってファンタジーだったものが、どんどん現実に塗り替えられていくかのようだ。

 とはいえ、天使のように可愛くて美しくてパーフェクトなライナさんの存在が、俺的には未だにファンタジーの最たる要素なんだけども。


 この調子なら、間もなく掃討も完了するだろう。

 そう安堵しかけた時だった。


「クロイ!」


 突如、ライナさんが焦ったように叫んだ。

 ここへきてアクシデント発生だろうかと、周囲に緊張が走る。


「ライナさん、どうしました!?」

「何か……何かがおかしい!」


 見たところ、ライナさん無双に何もおかしなところはない。

 村長と顔を見合わせるも、わかりませんと首を横に振られてしまう。


「何かって、何ですか!?」

、このゴブリンたちは、私を魔物とは認識していない!」

「あ、はい」

「作戦は失敗だ! それなのに……なぜなんだ!? 弓や刃物を携えているくせに、まったく使おうとしてこない! ただ狂ったように私を押し倒そうとしてくる! 何が起きているんだ!?」


 何も起きていなかった。

 万事が万事、想定内だった。


「あー……問題ないので、そのまま殲滅しちゃってください」

「くっ、考えの読めない相手と戦うことが、こうも恐ろしいとは!」 


 彼女はいったい何と戦っているんだろうか。

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