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第15話 プロセスを褒めると挑戦する力が育まれる

 20匹近い追加の団体様は、ライナさんを包囲するようにして散開した。

 こぞって掲げられた腕一本一本に炎が灯り、松明のように赫灼と照り輝くことで中心にいるライナさんの影が消えた。


「あれを全部、ライナさんに撃つ気か……」


 冗談じゃないぞ。

 360度全方位から同時射撃。いくらライナさんが達人並みの剣技を持っていたとしても、あれだけの数と大きさをまとめて斬り飛ばすなんて絶対にできない。


「「「GEHIHI……GEHYA!!」」」


 ただでさえ悪意を捏ねて作ったような顔つきが十数。すべてが怖気を誘う醜悪な笑みへと変わる。それが一斉掃射の合図となった。


「ライナさん!」

「伏せていろ!」


 ライナさんは剣を盾にするでもなく、その場で膝を屈めた。

 直後、目の前が赤一色に染まり、爆音で鼓膜をビリビリと揺さぶられる。


「くっ、ライ、ナさ……ッ!!」


 上だ。

 足下に放たれた火球から、ライナさんは渾身の垂直ジャンプで空に逃れていた。

 爆風が軽量な彼女をさらに巻き上げ、優にマンションの4階に相当する高さまで吹き飛ばされていく。


「GYAHA! GYAHA!」


 連中は、またしても笑った。

 かわされたことを憤るどころか、さも狙いどおりと言わんばかりに。

 その理由が、連中の手に次弾装填という形で現れる。


 ヤバい。ヤバい。どうすればいい。

 最高度に達したライナさんが、今度は煙の尾を引いて落ちてくる。

 人の域を超えて天使級に美しいライナさんなら、翼くらい生えていてもまったく俺は驚かないが、それでもやはり彼女は人間だ。

 今、上空に向かって火球を撃たれたら、今度こそ避けられない。


「くそっ!!」


 大して意味なんてないと理解しながら、俺は駆け出した。

 せめて、あの火球の一個か二個は、この身を壁にしてでも防いでやる。

 間違っても、ライナさん一人で逝かせはしない。


 と、そこでふと、おかしな点に気づいた。

 先の集中砲火によって地面が抉れ、しゅうしゅうと煙が昇っている。

 凄まじい破壊力であったことに疑う余地はない。

 しかし、あれだけの数が一点集中しておきながら、

 一発の威力は初撃でしっかり目に焼きついている。

 あれが十数も合わされば、ドでかいクレーターが出来てもよさそうなものだ。


「……そういうことか」


 誰に——。

 と言うのであれば、やはり、あの女神に感謝しなければならないだろう。

 ここへ来て、俺に活躍の場が訪れた。

 ヒーローになるチャンスが巡ってきたのだから。

 俺は数いるうちの一匹に、真っ直ぐ、他の個体には脇目も振らず、確信を持って突撃した。


「GE、GEGYOA!?」


 ライナさんに気を取られて上空を仰いでいた間抜けは、俺の低空タックルからのチョークスリーパーにあっさりと捕まってしまう。

 集中力を乱されたためか、手中にあった火球は維持できずに霧散してくれた。

 次の瞬間、俺が捕らえている一匹を残し、それ以外の個体すべてが消失する。


 思ったとおり、他はだったか。

 最初から、別個体のネームドが何十匹も同時に現れたとは思っていない。

 一匹が、なんらかの魔法によって増えたのだと考えていた。


 この増殖が実体を伴う類の魔法だったら、正直アウトだったろう。

 しかし、こいつの魔法は、ただそこにいるように見せかけるだけ。

 ホログラムのように投影しているだけだ。


 本体を見分けるだけでいいなら、俺にとっては造作もない。

 なぜなら、


か。強そうな名前だな」

「GEGU、GUGIGII……!!」


《目視した相手の名前がわかる加護》

 この能力は融通が利かない。

 今みたいに、どれだけ分身が増えても、それが本体でなければネームプレートは見えないし、例えば鏡に映った相手を見た場合も、同じく表示されない。

 だが、今回に限っては、それが最高の利点として働いてくれた。


「お前は、もう終わりだ」


 本音を言うなら、こんな魔物を力いっぱい抱きしめるんじゃなくて、麗しの姫を優しく受け止めたかった。日本人男子として生まれたなら、誰しも一度は「空から女の子が!」のシチュエーションを妄想したことがあるはずだ。

 だけど、俺の愛する姫はたくましい。

 俺が手を貸さなくても、彼女は自力で着地してしまうだろう。


「——クロイ、お手柄だ」


 五点着地。

 高所から飛び降りる際、怪我などを回避するために衝撃を体の各所に分散させる着地方法だ。足先で着地した瞬間、体を丸めて転がりながら脛の外側、尻、背中、肩と順に接地させていく。


 羽毛でも落ちたのかと思う軽やかな身ごなしで地面に降り立ったライナさんが、巧みな姿勢制御から流れるようにクラウチングスタートを切った。

 重力を推進力に変え、最大初速で爆ぜるようにして飛び込んでくる。


 嫉妬してしまうな。

 馬鹿みたいと思われるかもしれないが、好意であれ、殺意であれ、ライナさんが胸に飛び込んできてくれる。それがどうにも羨ましい。

 代わってやりたいくらいだが、今回はお前に譲ってやろう。


「GEGYAAAAAAAA!!!!」


 的を探すように剣は寝かされ、視線と向けられた剣先が一直線に並んだことで、正面からは刀身がほとんど見えなくなった。

 狙うは一点。

 鋭く。迅く。針の穴を通すような正確さで、心の臓を————突く!!


「——GE、GAHA!!?」


 ネームドゴブリン、改めデモゴルゴンの胸部を貫き、背後にいる俺の脇の下を、槍のような突きが通っていった。


「お見事」


 その一言に尽きる。

 剣を引き抜いた後、ライナさんは刃が届くギリギリの間合いで残心をとった。

 凛々しさに見惚れそうになるが、俺も最後まで気を緩めるわけにはいかない。


 デモゴルゴンは一度だけ、ゴポッと吐血したが、苦しむことなく絶命した。

 それを確認したライナさんが、剣のひと振りで血を落としてから鞘に収めた。


「終わりましたね。お疲れさまです」

「残党はいないと思うが、念のため、明日の朝に森を巡回しよう」


 隠れて様子を見ていた村人たちが、ワッと歓声を上げた。

 想定していた以上の激しさになったし、気持ちはわかる。

 現金だな、とも思うが。


 漫画やゲームと違って、倒したところで都合良く消えてくれたりはしないので、周りにはゴブリンの死体の山が築かれている。せめて、これらの処理は村人たちに任せたいところだ。


 今回の戦い、俺も一応は活躍できたという自負はあるけれど、それでもやっぱりMVPはライナさんで間違いない。ヒロインがカッコ良すぎて困る……。

 俺が胸を張ってヒーローを自称できる日は、まだまだ遠そうだ。


「複雑な顔をしているな。そんなに疲れたのか?」

「ああいえ、そういうわけじゃないんですけど。なんというか、もっとスマートにやりたかったなと。俺は泥臭い働きしかできなかったので」

「それはダメなことなのか?」


 村長が俺たちの会話に気を利かせたらしく、誰も俺たちに駆け寄ってこない。

 ゴブリンの死体を朝までこのままにしておくと、血の匂いに誘われた野生動物が村に入ってくる危険があるからだろう。早々に後片付けが始めている。

 カンテラに火が入り、周囲を優しい明るさが包む。


「……自分にできることをやったつもりなので、ダメってことはないと思います。でも結果的に、ほとんどライナさん任せになりました」

「馬鹿を言うな。勝利の決め手になったのは、クロイがネームドの本体を看破したからだぞ? あれは例の能力によるものか。思いのほか役に立つんだな」

「褒めてくれるんですか?」


 満足はしていないけど、好きな人からの褒めなら、それはそれとして受け取っておくのはやぶさかではないです。頭を差し出せばいいでしょうか。少し屈んだ方が撫でやすいですか?


「いいや。私は別に、そんなことを評価したりはしていない」

「すみません、調子に乗りました」


 ライナさん、厳しい……。

 そういうところも好きだけど。


「クロイはネームドと遭遇したことはもちろん、あそこまで強力な魔法を見たのも初めてだろう? かく言う私もだが」

「魔法自体、見たのは初めてですね」

「それならなおさらだ。恐ろしい目に遭って尚、心を折られることなく奮い立ち、敵に向かっていった。簡単にできることじゃない」

「いや、あの時は、無我夢中でしたし……」

「だからどうした。誇れ。特別な能力などより、私はクロイの勇気を評価する」

「……ッ」


 成人した男でありながら、不覚にも泣きそうになった。

 そんな風に言われたら、貴女の前で、次はもっと——と挑戦したくなる。


 でも、申し訳ありません。

 勇気を誇れと言われたけど、そこに頷くことはできないです。

 今まで誰も気づいていなかったこの女性の魅力に、自分が誰よりも先に気づき、そして好きになった。

 そのことが、何よりも誇らしかったから。

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