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第16話 木は風に揺れ、人は言葉に揺れる

 ゴブリンの後始末は我々に任せて、お二人は休んでいてくださいと村長が言ってくれたので、俺とライナさんはその言葉に甘えることにした。邪魔にならないよう少し離れた所で作業の様子を眺めている。

 普通のゴブリンの討伐証明は右耳で、ネームドの場合は、その宝石のように赤い瞳になるそうだ。それらを確保後、地面を掘った穴の中でまとめて焼くらしい。

 弔い方は土地によって様々だが、コーリン王国では火葬によって魂が浄化されるという考えがあるんだとか。仏教と似ている。


「ライナさん、俺は焦っています」

「何にだ?」

「この先、俺以外の男がライナさんに求婚してくる可能性にです」

「安心しろ。そんな物好きはクロイだけだ」


 ところがどっこい。

 平均年齢60オーバー。とうの昔に春を終えていそうなカザハシ村の男衆だが、ライナさんの活躍を見ていた誰かが「儂があと50若ければのう」なんて真面目に言い出しても不思議はない。


「物好き。俺はそう思っていません」

「思うだけなら自由だ」

「子爵になってからという約束を違えることになりますが、事は一刻を争います。テドンに帰ったら、早々に俺との結婚を考えていただけませんか?」

「その約束とやらに同意した覚えがないんだが」

「そんな。俺の妄想が独り歩きしていたとでも言うんですか?」

「まさにだな」


 ここで「そうは言ってないけど、急すぎる話だったから……」と遠慮して言葉を濁すようなことは絶対ないのが、ライナさんクオリティー。


「結婚というのは、愛し合う二人がするものだろう? 私はクロイに、そういった感情を抱いてはいないぞ」

「殺傷力高めではっきり言う貴女も素敵です……」

「というか、順序がおかしい。求婚の前に、やることがあるだろう」

「求婚の前に……ハッ、そうか! 結婚を前提にしたお付き合いですね!?」

「違う。それ以前の話だ」


 ええ、なんだろう……。本気でわからない。


「私はクロイに特別な感情を持っていない」

「なんで二回言ったんですか?」

「大事なことだからだ」


 殺傷力高めって言ったから、もしかして殺しにかかってきた?


「ライナさん、答えを……」

「だから、と言っているんだ」


 ……………………………………。

 …………………………。

 ………………。


 5秒か6秒、時間が止まった。



「まずはそれからだろう。私は間違ったことを言っているか?」

「……あ……いえ」


 仰るとおりかと。

 ただ……ただ、ですね。

 胸の奥からふつふつと湧き上がってくる感情に、少々戸惑っておりまして。


「少しだけ、俺の話を聞いてもらってもいいですか?」

「改まってどうした?」

「俺は生まれてこの方、フラれたことがありません」

「聞くのをやめていいか?」

「待ってください。自慢とかではないんです」

「……続けろ」

「フラれたことがないと言ってもですね、それは女性と付き合ったことはおろか、ライナさんと出会うまで告白したこともないので、フラれるも何もないんです」

「それで?」


 前世での友人知人に言わせれば、俺はそこそこモテていたらしいが、当時の俺は愛されることに一切興味がなかった。


「愛されるより、愛したい女性を探していたんです」

「聞くのをやめていいか?」

「あ、これもダメでしたか!」

「何様だと思った」

「すみません! あとちょっとだけお耳汚しをお許しください!」


 貴女こそが、ついに見つけた愛したい女性だと言っているのも同じなわけだが。

 さすがライナさん、手強い。


「つまり、フラれるという感覚は、完全に未知の領域だったわけです」

「私はクロイをフッたつもりはないぞ?」

「え、それって」

「そもそも、そういう対象に見ていないからな」


 ですよね。

 大丈夫。変に期待とかはしていない。うん、大丈夫。


「私ごときにフラれてしまう汚点をつけてやりたくないという考えもあるが」

「汚点だなんて……」


 相変わらずの自己評価だな。

 それを汚点なんて言っていたら、この先とんでもないことになっていきますよ。

 ライナさんが「すまない、話を逸らしてしまった」と謝った。


「ライナさんと出会って、フラれるということが、現実に起こり得る身近なものに変わりました。好きな人にフラれる怖さを想像するようになったんです」

「フラれる怖さか。先のクロイではないが、考えたこともないな」

「女王様に、お前いらない。迷惑だから近寄るなと言われたらどうします?」

「なぜそんな酷いことを想像させるんだ……」

「すみません例え話にしたってあんまりでしたよね!!」


 この世の終わりみたいに絶望した顔だった。


「恐ろしいな。心臓が八つ裂きにされるかと思った」

「そこまで……」


 やはりというか、俺にとっては数多の男どもより、女王こそが最大のライバルとなるようだ。二番いいとは言ったが、二番いいとは言っていない。


「ライナさんを好きになればなるほど、それに比例するように、フラれることへの恐れも大きくなっていきました」

「そのわりには、やたらめったら、好きだの、愛しているだの言っていないか?」

「今にして思えば、度重なる告白も、あえて軽い調子にすることで、フラれた時のショックを少しでも和らげようとしていたのかもしれません」

「子供でもやらない幼稚な理由だな。これはあれだ。非常に言いにくいことだが」

「な、なんですか?」

「子供と違ってカワイげがない分、始末に負えないな」


 言いにくいことなら、無理して言わなくてもよかったと思います。

 最初こそ、まぎれもなく一世一代の大告白だったのに、気づけばライナさんから本気の返事を聞くのが怖くなっていた。恋は人を臆病にするというが、なるほどと今なら納得できる。


「誓って冗談などではなかったですけど、初めて会ったその日にプロポーズとか、ライナさんからしたら、ちょっとおかしな奴に見えていましたかね」

「ちょっと?」

「かなり変わった奴だと」

「かなり?」

「狂気の沙汰だと思われましたよね」

「うん」


 力強い頷きだった。

 だけど、ライナさんは「惚れさせてみろ」と言ってくれた。

 頑張ってもいいと許可を出してくれた。

 想いが実を結ぶ可能性を残してくれた。

 俺がしつこすぎるから、他に言いようがなかったのかもしれないけど。

 でも、そのおかげで引き出せた言葉だと思うと、たまらなく嬉しい。

 俺がこの世界で生きる目標が、より身近に、より明確になった気がする。

 それでいて、よりやる気に火をつけてくれた。


「話したいことというのは、結局、クロイの情けない心中吐露だったのか?」

「それもありますが、確認だけしておきたいなと」

「確認?」

「俺がライナさんを惚れさせたら、結婚してくれるんですよね?」

「可能性は万にひとつもないと思うがな」

「ちゃんと言葉にしてください。それが叶ったら、結婚を約束してくれますか?」

「いいだろう。約束だ」


 はい、言質とりました。


「結束した同士。つまり、俺たちは晴れて婚約者になったわけですね」

「ん。え? あれ? そういうことになってしまうのか?」

「確定事項ではないにしろ、言葉の上ではそうなるかと」

「いや、しかし、ん、んん?」

「え、まさか、ライナさんから言い出したことなのに撤回してしまうんですか? ここでもきっと、『二言はない』とカッコ良く言ってくれると思ったのに」

「ぬ、ぬぐぐ……」


 煽っていく。

 こんな言い方をしたら、ライナさんの性格なら断れないのは百も承知だ。

 ずるくてもいい。他の男より、1ミリでも多くライナさんとの距離を詰めたい。


「ああもう、わかった! 二言はない! 呼び方なんてなんでもいい」

「ありがとうございます!」


 また軽いと思われては困るので、心の中でもうひとつ約束を。


 絶対に後悔はさせません。

 必ず幸せにしてみせます。


 何はともあれ、大躍進と言っていいだろう。

 今日この日より、俺は正式にライナさんの婚約者を名乗る権利を得たのだから。

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