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第17話 好きな子のお願いを断れる男なんていない

 空き家のひとつを借りて一夜を明かし、早朝から昼前まで森を巡回した。

 その際、ライナさんにスカートを履いてもらい、村娘風の装いでホイホイ効果を高めながら散策したが、ゴブリンの残党は一匹も確認されなかった。

 これでひと安心だと考えていいだろう。

 いいはずだ。

 だが、村に戻って帰り支度を進めていても、どこか腑に落ちないといった感じにライナさんが難しい顔をしている。まさか、脅威はまだ完全には去っていない?


「私がスカートを穿く必要はあったんだろうか?」

「そこ?」

「そことは?」

「なんでもありません。俺と村の男衆は眼福にあずかりましたよ」

「それにしては、誰からも笑いを取れていなかったようだが」

「笑い?」


 え? もしかして、宴会でする仮装みたいな意図で穿かせたと思われてる?


「今から村を出れば、夜遅くにはなるだろうが、今日中にテドンに帰れるだろう」

「そうですね。でも追加報酬、本当に請求しなくていいんですか?」


 事前に告知されていた依頼内容と、実際の内容があまりにも乖離していた場合、冒険者ギルドは依頼者に適切な報酬の追加を命じることがある。

 さすがにね、依頼内容が『ゴブリン一団(推定20匹)を討伐せよ』だったのが倍の50匹以上いたことに加え、ネームドまで出てきたわけだから。

 これたぶん、金貨50枚くらい求めても許されるやつ。


「必要ない。彼らも、私たちを騙そうとしていたわけではないんだ」

「ライナさんがそう言うなら、俺に異論はありませんよ」

「ふふ、クロイも甘いな」

「誰も傷つかず、村に平和が戻ってきた。それでいいと思います」


 相手がライナさんでは、説得に食い下がってもいい顔はしてくれないだろう。

 ならば、全力で自分の株を上げる方向に舵を切るのが吉。

 ま、ネームドが出現したことは冒険者ギルドに報告して、きっちりライナさんの討伐実績に加えてもらうけどな。四ツ星への昇格も交渉してみるか。


「そういえば、このクエストを受けた目的って、果たせたんですか?」

「うん。充分に果たせた」

「そうですか」


 結局、何だったんだろう。

 問い詰めれば、今なら答えてくれるだろうか。

 そんなことを考えていると、村長が「お待たせしました」と言ってやってきた。

 帰りも十数時間の道程になるため、備えは必須だ。

 飲み水や、村長の奥さんに作ってもらった弁当を受け取り、鞄に詰める。


 カザハシ村の出入り口まで送ってもらう道すがら、村長は俺たちにずっとお礼を言い続けている。感謝も本心で間違いないだろうけど、それ以上に、労力と報酬が見合わなさすぎることへの申し訳なさが大きいのだと思う。


「この度は、誠にお世話になりました。間違った情報をお伝えしていたばかりか、ワタシどもは、なんのお役にも立てず」

「何度も言っているが、そんなに畏まらないでくれ。見てのとおり、私もクロイも傷一つ負っていないのだから。損害はゼロだ」


 俺は首の後ろあたりを少し火傷しましたけどね。

 あと、革鎧が所々焦げたので、メンテでそれなりの出費になると思います。


「それに、この辺りの水や気候が関係しているのか、ネームド以外のゴブリンは、正気を失っていたように思う。おかげで討伐は非常に容易だった」


 風土は関係ないですね。全部ライナさんのパッシブ魅了効果の成せる業なので、カザハシ村へのフォローにはなりません。


「私もゴブリン討伐は何度か経験したが、今回のようなことは初めてだったな」


 ごつい鎧と強面マスクを外してゴブリンと戦ったのも、今回が初めてですよね?

 今後もゴブリン戦ではあんな感じになるだろうと予想できます。


「だからこの勝利は、我々みんなで勝ち取ったものだ」


 どうしよう。

 ライナさんのセリフに逐一ツッコミが入ってしまう。

 でもこれ、本人は本気で言っているからな。

 村長も昨日からの短い時間で、ライナさんの自己評価がちょっとどころではなくパッパラパーなことをわかっているため、恐縮した様子が消えることはない。


「村長どの、また何かあったら、遠慮なくテドンの冒険者ギルドに連絡してくれ。私を指名してくれれば、可能な限り最速で駆けつけよう」


 建前や社交辞令じゃない言葉っていうのは、意外と相手の心に届くものだ。

 村長は感極まったように、ふるると身を震わせた。


「こんな田舎ですが、ぜひまたお越しください。その時は村を挙げておもてなしをさせていただきます」

「ありがたく」


 このまま綺麗に場が収まりそうではある。

 だけど、俺にカザハシ村に来てからずっと引っかかっていることがあった。

 面倒な事情に深入りしたくないので、必要以上には追及しないつもりでいたが、この分だと、ライナさんは今後も進んでカザハシ村に関わっていきそうだ。


「村長さん、質問があるんですけど、いいですか?」

「え、はい。なんでしょう」


 カザハシ村の住人は、何か隠している。


「以前は鉄鉱山で賑わっていたカザハシ村ですが、閉山してから何年目ですか?」

「5年と少しになります」

「変ですね。それにしては、真新しい土が付着していたり、すぐに持ち出せるよう玄関口に置いてあったり、使が村長さんの家にありましたけど、あれはどうしてです?」

「え、いや、それは」

「農業もそれなりに力仕事だとは思いますが、この村の男衆、採掘仕事を引退して5年も経つ人の身体つきじゃないですよね。まるでみたいだ」


 村長の足が止まった。

 だらだらと汗が吹き出し、視線が右へ左へと迷子になっている。


「待て、クロイ。なんの話をしているんだ?」

「移住を拒んでいる理由、最初は土地に思い入れがあるからかと思ったんですが、どうもそんな感じでもないんですよ。今朝森を巡回している時、個別に話しかけて探りを入れてみたんです。移住についてどう考えているのか」


 下手に話題を振ると警戒される恐れもあったが、スカート姿のライナさんに前を歩いてもらうことで、それはもう遠足のように和やかな空気ができていた。

 強くて美人で優しくて、しかも謙虚で素晴らしい娘さんですなー。

 ですよねー。俺の婚約者です。

 なんて話を皮切りにすれば、会話を広げるのは至極簡単だった。


「意外なことに、もう高齢だから今さら他の土地に馴染める気がしない。といった意見はひとつも出なかったですね。先祖代々守ってきた土地の思い入れを語る人も特にいませんでした」

「本当か? それは確かに意外だな。では、どういう意見が出たんだ?」


 村長はあわあわとうろたえるばかりで何も言えなくなっている。

 そのため、ライナさんを相手に俺は話し続けた。


「基本的に『村長の判断に従うことになっている』で意見は統一されていました。でも、10人以上に尋ねましたからね。中にはこんなことを言った人がいました。——『移れない』って」

「今はまだ? それは、時期が来れば移住も考えるということか?」

「少なくとも、村全体で行っている何かの真偽が明らかになるまでは……」


 言いかけ、俺は「いや」と言って意見に修正を入れる、


「5年という年月を考えたなら、真偽自体の確認はとうに終わっているでしょう。だとすれば、確認できたモノをどのように扱うか。そのあたりの方針が、今もまだ決まっていない。そんなところじゃないでしょうか」

「クロイ、勿体つけるな。早く教えてくれ」


 ライナさんは聞き上手ですね。

 そんな風に先を求められたら、話している俺も気持ちがいいです。


「村長さん、おそらくですが、新たな鉱山が見つかったんじゃないですか?」

「う、むぅ……」

「しかも、今度は鉄鉱山じゃないんでしょう? ただの鉄鉱山なら、以前のようにテドン領とウルムナ領の共同管理にすればいい。上手くやれていた前例があるわけですからね。そうしないってことは、もっと価値のあるモノが出てきたはずです」


 銀鉱山か、金鉱山か。

 どちらにせよ、テドン領とウルムナ領は、お互い少しでも相手より多くの利権を獲得しようと躍起になるだろう。それは鉄鉱山の時とは比較にならない。

 最悪、この地で争いに発展することだって考えられる。


「村長さん、俺たちは別に、誰かに吹聴するつもりはありませんよ。いつの間にか巻き込まれていたって事態にならなければ、それでいいんです」

「……わかりました」

「それで、何が見つかったんですか?」

「ミスリル鉱山です」


 アーーーーッ。

 想像の上の上の上の上くらいのモノが出てきた。


 ミスリルは《神秘の金属》とも呼ばれ、魔力伝導率が極めて高く、魔力を留めておくことができるレアメタルだ。

 何で知っているのかって?

 それはもちろん調べたからだが、この金属には男のロマンが詰まっているのだ。

 ミスリルを使えば、魔法の効果を宿した武器防具なんかを作れてしまう。

 魔法剣とか、回復の杖とか、ああいうやつ。欲しい。

 だが、真に恐ろしいのが、そのお値段。

 グラムあたりの価値は金の1,000倍とも、2,000倍とも言われている。


「発見は偶然でした。地震によって山崩れが起きたことで一部が表出したんです。それから安全を確保しつつ、少しずつ坑道を広げていきました」

「な、なるほど……。ちなみに、予想される埋蔵量はひとまず置いておくとして、ミスリル鉱山って、他の場所にもありましたっけ? 確かアダル帝国は鉱山資源が豊富とかって話でしたけど」

「アダル帝国には無いですね。エルフの国とドワーフの国にひとつずつあります」


 世界で3カ所目の発見となるミスリル鉱山。

 こんなのが公表されたら、町同士のいざこざで終わるわけがない。

 種族間のパワーバランスにまで影響を及ぼしてしまうし、何よりアダル帝国が、直ちに侵略に踏み切ってきたとしても不思議はない。


「見てのとおり、村の者は皆高齢です。採掘を他の手に譲り、移住するのも自然な流れと考えてはいるのですが」

「テドンかウルムナの領主に報告する気はないんですか?」

「その二択であればテドンですが、テドンの領主様も我々と同じく高齢ですから、そろそろ代替わりをされるかと思います。新しい領主様が信用できる人物なのか、見極められないうちは踏み切れないでいるのです」


 その考えは正しい。

 直近でも、テドン領主の息子二人のうち、弟の方がやらかしたからな。

 兄の方はまともなのか、近々俺も見定めなければならない。


「私欲にまみれた領主が赴任してきたら、この村などあっという間に取り潰され、我々のことも邪魔者としか見ないでしょう。土地に執着するつもりはないですが、生まれ育った村をぞんざいに扱われることも避けたいのです」


 言い分はわかるし、応援もしたいが、俺の手に余る問題だ。

 なんて思っていると、なぜかライナさんが「なるほど!」と大きく頷いた。


「つまり、カザハシ村を尊重してくれつつ、それでいてミスリル鉱山も争いの種にならないよう、いい感じに管理してくれる。そんな優秀で人格者な領主にこの地を治めてもらいたいと、村長どのは言いたいんだな?」

「ああ、はい。物凄くざっくりでしたが、そういうことになります」

「それなら私に名案がある」


 どうしてこっち見るんですか? すごく嫌な予感がするんですけど。


「クロイがこの地の領主になればいい」

「そうくると思いました」

「頭の回転は速いし、常識に囚われない柔軟さも持っている。村長どの、私はこのクロイ……えーと、クロイを推したい」

「竜司です。黒井竜司」

「クロイ・リュージを推したい」


 初めて名前で呼ばれたあああああ!!


「え? クロイさんは、貴族様だったのですか?」

「いえ、まだ違います。これからなるつもりではいますが」

「なられる予定なのですね!? なれる見込みがあるのですね!?」

「なれる見込み……見込み……むしろ、見込みしかないというか」

「このとおり、お願いします! 絶対なってください! ライナさんが推薦されるクロイさんなら、村の者たちも間違いなく納得します!」


 ライナさんの信用ハンパないな。俺はついでか。

 現状、なんの旨味もないと考えられており、誰も管理したがらない土地なので、領土を持たない貴族が立候補したなら、それはおそらく通るだろう。


 でもなあ……。

 領地内にミスリル鉱山があるなんて、メリット以上にデメリットの方が大きいに決まっている。見えるぞ。次から次へと厄介事が転がり込んでくる未来が見える。


「まあ落ち着いてください。簡単に決めていい問題ではないですし、とりあえず、この件はいったん持ち帰らせていただくということで」


 そう言って、有耶無耶にしてしまおう。

 資金繰りがしたいなら現代知識チートで十分だし。うん、悪いがパスだな。


 ん? 村長? ライナさんに何を耳打ちしているんだ?

 オイ、近いぞ。離れなさい。


「ちょっと、そこ何してるんで——」

に領主をやってほしいな。私からのお願いだ」

「ぃやってやりますよッ!!」


 ふたつ返事で俺は了承した。

 まずは貴族になるところから? んなもん、来月にはなってやんよ。


 我ながら安い男だと思わなくもないが……これが惚れた弱みか。

 恨むなら、可愛すぎるライナさんを恨むしかない。



          ◇◆◇



「クロイさん、本当にありがとうございました。そして例のお話を、どうか何卒。次にお越しくださる日を、カザハシ村一同、心よりお待ちしております」

「村長さんも、それまでご壮健に」


 次に会うのは、俺が爵位をもらって貴族になった報告をする時かな。

 俺は村長と口頭のみで挨拶を済ませたが、ライナさんは一人一人と時間をかけて握手し、感謝の言葉を受け取っていた。人気者すぎる。


 30分後。


 まだかな、と思っていたら、二週目に突入していた。

 さすがにストップをかけさせていただく。


「ライナさん、それじゃ出発する前に日が暮れてしまいますよ」

「すまない。なんだか嬉しくなってしまって」

「嬉しい、ですか?」

「こんな風に誰かから感謝されるなんて、実は初めてで」

「初めてって……あっ」


 そうか。

 ライナさんは騎士だった頃、他者を威圧するようなマスクを被っていたから。


「依頼をこなしても、隊で一番働いたとしても、怯えられこそすれ、面と向かって礼を言われたことなんてなかったな」

「もしかして、このクエストを受けた理由って」

「うん……まあ……。私的な理由ですまない」


 同じような討伐クエストでも、直接現場に赴いて討伐、ギルドに直帰して報告。事務的に「お疲れさまでした」と労われ、報酬を受け取り終了という流れも多い。

 だから今回は、あえて依頼者と接触するものを選んだのか。


「自分の働きで誰かを助けることができる。助けた者から、こうして笑顔と一緒に感謝の言葉をもらえる。それが、これほどまでに嬉しいとは」


 村人たちから寄せられた想いを、ひとつも零すまいと胸に抱きしめるようにしてライナさんが顔を伏せた。向けられた言葉を噛み締め、笑顔を焼きつけ、温かさを反芻しているんだろう。

 報酬の金貨が何枚だとかはどうでもよかったんだ。

 これこそ、ライナさんが求めていた本当の報酬だったのだから。


「クロイ、心配をかけたな」

「え? 心配?」

「これで、騎士への未練を完全に断ち切ることができた」

「……そう、ですか」

「知らなかったよ。ちゃんと目と目を合わせれば、ふふ、こんなにも素敵な報酬がもらえるんだな」


 俯いていた顔が上げられる。

 現れたのは、月のように美しく、太陽のように眩し——


「冒険者になってよかった」


 ——可ッッッ愛ッッッ!!!!!!!!!!!

 なん、その、顔……やっば……天使かッ!!!!!!!!!!!


 俺だけでなく、幾人かの村人たちも不意にライナさんから放たれた致死レベルのエンジェルスマイルにやられ、膝をつきそうになっている。


「それでは、私たちはこれでお暇する。また会おう」

「「「ライナ・レオブランカ、バンザイ!! バンザーイ!!」」」


 絶対絶対絶対また来てくださいね、と涙ながらのお見送り。

 俺はもしかすると、ライナ教誕生の瞬間に立ち会っているのかもしれない。

「また来てくださいね」が「また降臨なさってくださいね」に聞こえる。

 ライナさんを称える信徒たちの声は、俺たちがカザハシ村を発った後もしばらく山々にこだましていた。

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