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第18話 聞いてないんですけど

 どうしてこうなった。

 そう愚痴を零さずにはいられない。

 今、俺の眼下には、騎士と冒険者による混成部隊100名が整然と並んでいる。

 これがどういうわけか、というのだから訳がわからない。

 しかも……。


 いや、待て。

 うん、落ち着け。ひとつずつ振り返っていこう。

 何がどうしてそんなことになっているのか、どこかで説明があったはずだ。


 カザハシ村でのクエストから帰還したのが一週間前。

 ネームドの討伐証明部位である《魔眼》を提出して冒険者ギルドを軽く騒がせ、ライナさんの四ツ星冒険者への昇格があっさり認められた。

 面倒臭い試験やら条件やらは無く、能力と実績、そして人間性が一定の水準値を満たしていれば、三ツ星以降は即時階級を上げられる仕組みのようだ。


 むしろ、力ある者をいつまでも低い階級に留めておく方が問題なのだとか。

 有事の際——例えば、町を魔物が急襲してきた時など、四ツ星以上の冒険者には戦線を指揮して戦う義務が発生したりする。もちろん、義務なんて嬉しいものではないが、その分、三ツ星以下では手が届かない報酬が約束されている。

 ちなみにライナさん、冒険者登録から四ツ星になるまでの早さが、テドン支部の設立以来最速だそうな。さすがライナさんです。


 そして三日前。ここからはしっかりと思い出そう。

 ついに領主から呼び出しがかかった。

 まずないとは思うが、領主家の不祥事を知る俺とライナさんを、まとめて口封じするつもりだったら敵陣内では逃げようがないので、念のため、屋敷には俺一人で足を運ばせてもらうことにした。


 とはいえ、それは杞憂だったわけだが。

 そして、応接室に通されてすぐ「おや」と思った。

 俺の応対をするのは領主家の長男だった。

 貴族とわかる小綺麗な身なりの男に、喜劇王のようなちょびヒゲがついている。

 歳は50代半ばといったところか。薄い頭皮に苦労の様子が窺える。

 それはどうでもいいんだが、表示されている名前が……。

 パリッシュ・・テドン。

 となっていた。


 パリッシュがファーストネーム。テドンがファミリーネーム。

 そして《ビル》は王侯貴族称号の前置詞で、子爵であることを示している。

 国王を表す場合は《レル》となる。もちろん、この国に一人しかいない。

 まとめておくと、次のような感じになる。


 国王……《レル》

 公爵……《ドル》

 侯爵……《マル》

 伯爵……《コル》

 子爵……《ビル》

 男爵……《バル》


 それぞれ、

 ということは、この数日の間に、テドンの領主は代替わりしたらしい。

 ずいぶん待たせてくれましたね。と嫌みのひとつも言ってやるつもりでいたが、疲労心労薄毛諸々で顔色の悪い新領主を見ていたら、そんな気も失せた。


「よく来てくれたね。掛けてくれたまえ」

「失礼します。

「それはまだ公開していない情報なのだが……。なるほど、ラッセルが言っていたことは本当のようだね」

「ラッセル? ああ、ギルドマスターですね。彼から窺っていましたか」


 まあ、口止めなんかはしていなかったし。

 あのギルドマスターなら、能力について吹聴して回るより、俺を味方に置きつつ利用する方向で考えるだろう。


「信じていただけるなら、隠しておく気はありませんでした。領主様が俺に興味を持ってくれるきっかけになれば儲けものくらいに考えています」

「自ら手の内を明かしてくれたのか。その気持ち、ありがたく受け取ろう」

「では、掴みは上場ということで」


 ふっ、と笑みが零れて場が和んだ。


「クロイ・リュージ君……だったね。君には今さら名乗るまでもないとは思うが、私はパリッシュ・ビル・テドン。昨日付けで、正式に爵位を継いだ。老齢ながらに剛健だった父も、今回の一件は相当にこたえたようでね」

「無理もありません」

「愚弟はテドン家と絶縁。犯罪者を収容した労働施設で一生を終えることになる。過酷な場所だ。50を過ぎた身体では、数年と経たず壊れてしまうかもしれんな」


 いい気味だ。パリッシュの言葉に、そういうニュアンスはまったくなく、純粋に身内の末路を憂いているように見えた。


「本当なら、犯した罪は公にして然るべきだが、町を守るべき領主家が、その町を混乱に陥れようとした。そのような事実を発表したら、いったいどれほどの暴動が起きるのか想像もつかない。わかってもらえるだろうか」

「もちろんです。一番に考えるべきは、民の安全と安心ですから」


 パリッシュが、ホッとしたように「ありがとう」と言った。

 心証を良くするために少々言葉を綺麗にしたが、実際そうだろう。

 後の迷惑を一切考えず、とにかく犯罪者の住所と、その周囲を暴くことに情熱を傾けるネット民が、この世界にはいなくてよかったと思う。


「シェイプシフターの犠牲になったカルロという男は、どうも新人冒険者を相手に裏でかなりの悪事を働いていたようだ。依頼者とグルになって、クエストをわざと失敗させて損害を請求したり、犯罪まがいの片棒を担がせたりね。生きていれば、仲良く労働施設送りになっていただろう」

「新人冒険者を騙すなんて、許せませんね」


 生きていたら、間違いなくライナさんに近づいてきただろう。

 そんなクズは死んでよし。


「弟を庇うつもりはないが、罪の無い者を利用しなかったところに、最後の良心が残っていたと思わせてほしい」

「心中お察しします」


 幸薄そうな面構えだが、気苦労とも逃げずにちゃんと向き合っているようだし、貴族でもない俺に対しても、しっかり客人対応をしてくれている。

 俺の中でパリッシュに対する印象は悪くない。懇意にしてもよさそうだ。


「シェイプシフターのテイマーだった男は何者です? アダル帝国の間者とかだと一気に話が複雑になってしまいますが」

「怖いことを言わないでくれ。アダル帝国と内通していたなんてことになったら、たとえ弟を処刑したとしても、テドン家の取り潰しは免れない」


 それは俺も困る。

 テドン家には、俺が成り上がるための後ろ盾になってもらわないと。


「冒険者崩れとか、そんなところです?」

「傭兵だな。国々を渡り歩いては、似たようなことをやっていたらしい」

「結構な悪者ですね。懸賞金とかかかっていなかったんですか?」

「奴の悪事が発覚したのは今回が初めてだったからね。現在も余罪を追及しているところだが、事実確認が終わるのはまだまだ先になるだろう」

「ですが、それだけ広く悪さしていた輩を捕えたとなると、テドンは被害に遭った他国から感謝されるでしょうね」


 言いたいことはわかりますね? という意味を込めた間を作る。


「もちろん、ひいては君と、君の相方のおかげだ。礼は尽くしたいと思っている」

「いえいえ、そんなつもりでは」


 そんなつもりでした。

 それにしても、ふふ……相方か。悪くない響きだ。

 ここで、メイドが運んできた紅茶を互いに取り、話にひと段落をつける。


「君にとっては、こちらが本題だろう。騎士への推薦を望んでいるとか?」

「もしくは、テドン家の養子にしてもらい、爵位を譲り受けるでも構いません」

「え?」

「その場合は、なる早で」


 礼を尽くしてくれると言うのなら、ぜひここで。


「え、と……あ、冗談か。真顔で言うから、一瞬本気にしてしまったよ、はは」

「あはは、驚かせてしまいましたか。ええ、推薦の件をお願いできましたら」


 俺も同調して笑っておいたが、たぶん目は笑っていなかったと思う。


「結論から言うと、推薦することは可能だ。君には恩があるし、この程度のことで返せるなら安いものだ」

「ありがたく」

「うむ、ただね……」

「何か問題が?」

「問題というほどのことじゃない。推薦という形を取った場合、一般騎士と違い、騎士団預かりにはならないのだ。一年間は、推薦した貴族のお抱えになる」

「推薦した以上、一年間は面倒事を起こさないように見張るということですか?」

「まあ、そういう意味合いもある」


 その一年間で、責任もって騎士として使い物になるようにしろ。

 できなければ、一年後に騎士団預かりとなった時、恥をかくのはそっちだぞ。

 ということか。


「騎士団からあれしろこれしろと仕事を課されたりは?」

「しない。仕事もすべてこちらで用意することになる」

「最高じゃないですか」

「そうなのかね? その間、半人前という扱いをされてしまうんだが」

「実績さえ出せば、周りは勝手に黙りますよ」

「つ、強いなぁ、君は」

「それで、テドン家のお抱えになった後は、どんな仕事を振られるんでしょうか。無いなら無いで構いません。これまでどおり、相方の冒険者業を手伝いますので。実績ならそっちでも作れるでしょうし」

「無い、と言った方が、君は喜びそうだな」

「正直に言うと、そうですね。できるだけ相方の傍を離れたくありません」

「ふむ、そういう仲なのかね?」

「婚約者です」


 言ってやったぜ。


「なんと、そうだったのか。であれば、こちらから仕事を頼む時は、君の婚約者も一緒に冒険者として指名依頼をしよう。貴族からの指名ということにしておけば、それなりに箔がつく。彼女にも礼をしたかったし、悪い話ではないと思う」

「願ってもないことです」


 冷静にそう答えるが、内心では「おっしゃあああああッ!!」と狂喜している。


「相方は四ツ星になったばかりですが、実力的には五ツ星でも遜色がありません。近いうちに昇格するでしょうし、今から贔屓にしておいて損はないですよ」

「頼もしいな。そこまで言うからには、相当な実力の持ち主なのだろう」


 ちなみに、ラゴスも同じく四ツ星らしく、ギルド内でも実力者で通っているが、ネームド討伐の報告をした際、「敵わねえ……」と漏らしていたのを俺は聞いた。


「話を戻そう。実は、さっそく頼みたい仕事があるのだ」

「いろいろと便宜を図っていただいていますし、俺にできることでしたら」

「二日後に迫った竜鎮祭なのだが、今年の奉納をテドンの町が担当するというのは聞いているかね?」

「ええ、話だけは」


 竜鎮祭では、西のベイール山を巣にしている黒竜に、魔力を溜めたミスリル塊を毎年奉納するのが習わしとなっている。

 一年間、コーリン王国を守ってくれてありがとう。

 これからの一年間もよろしくお願いします。

 という意味が込められている。

 黒竜からしたら、別に守っていたつもりはないだろうが。

 全国民が感謝の意を示していると伝えるために、奉納に向かう担当は、町単位で順繰りになっているらしい。で、今年はテドンの番ということだ。


「クロイ君には、これの陣頭指揮を執ってもらいたいのだ」

「俺がですか?」

「町によっては領主が自ら行う場合もあるのだが……すまない、今は本当に多忙で如何ともしがたいのだ。ここ一週間は、毎日二時間ほどしか睡眠を取れていない。心なしか、髪の毛も寂しさが増した気がする……」

「ご自愛ください」


 髪の毛の説得力がすごいな。


「君の実力は未知数だが、心強い相方もいるし、何よりよくわからん威厳もある。同行する者は、既に町の騎士と冒険者から数名を募っているから、あとは当日に、現地へと向かうだけだ。だから頼む! このとおり!」


 行程としては、テドンの町から日帰りで往復できる。

 ベイール山の頂上まで登る必要もなく、2合目くらいにある祭壇が目的地だ。

 カザハシ村へ行く方が、労力的には大きいくらいだろう。

 パリッシュに過労で倒れられては、せっかくのコネも失われてしまう。

 断る理由はないか。


「じゃあ、まあ……やります」


 ………………。

 …………。

 ……。


 そして竜鎮祭の当日。これより出発という今に至る。

 右半分が騎士、左半分が冒険者という感じで綺麗に別れている。

 記憶を辿ってみたが、やっぱりここまでの規模とは聞いていない。

 数名って言ったよな?

 100人って、数名のうちに含めていいのか?


 これはおさらいだが、魔物は魔力を糧にして生きている。

 人間が魔物に襲われるのは、体内に微量ながら魔力を宿しているからだ。

 そして、今回のポイント。

 奉納するミスリル塊には大量の魔力が込められているため、道中で魔物の襲撃に遭う可能性はそれなりに高い。だからこそ、戦闘経験者による護衛が必要になる。

 でもまさか、こんな大名行列レベルになるとは予想していなかった。


 しかし、そんなことは些事でしかない。

 リーダーとして出発前の挨拶を求められたので、一段高い台座に登ってこれらの視線を一身に浴びているわけだが、さっきから気になって仕方ないことがある。


 正体を隠しているんだろう。俺以外、誰も気づいていない。

 仮面舞踏会や闇オークション等、怪しいイベントに参加する時につけるような、蝶っぽいアイマスクをしている女性が一人、冒険者側に交じっている。

 女性の参加者は少ないので、なんとなく珍しさで見ていて、ギョッとした。

 本当にね、何がどういうわけなのか、ぜひとも説明求む。

 その仮面女性の頭上にね、あってはならない名前が視えているわけですよ。


 ルベリア・レル・コーリン。


 ってね。

 いやほんと、マジでなんで? 聞いてないんですけど?

 なんで女王様が、こんな所にいて何食わぬ顔で参加しているんですか?

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