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第19話 この言葉を貴方に

「あーあー。んんっ……。えー……本日はお忙しい中お集まりいただき、まことにありがとうございます。これよりベイール山へと向かうわけですが」


 顔を隠しているってことは、素性には触れないでほしいんだろう。

 面倒事には近寄らない。女王様の存在は見なかったことにして、俺は町内会長が地域ボランティアにするようなテンションで挨拶を始めた。


 ライナさんは現在、テドン家の使用人を手伝って、奉納するミスリル塊を馬車に積み込んでくれている。

 憧れの女王様がいるって、後で教えてあげた方がいいか悩むな。アイドルの前で感激失神するファンみたいになってしまわないだろうか。


「基本的に、冒険者は冒険者、騎士は騎士で何個かグループを作ってもらいます。冒険者は四ツ星。騎士は分隊長以上の方がいれば、グループリーダーを買って出ていただけると助かります」


 五ツ星以上の冒険者がここにいないことは、事前に確認済みだ。

 いたら即行で丸投げする。

 また、自己申告になるが、戦闘経験の無い者は募集の時点で除外されている。

 戦闘中にパニックを起こされでもしたらたまらないからな。真に恐れるべきは、有能な敵ではなく、無能な味方であると言ったのはナポレオンだったか。


「ゴブリンやウルフあたりの小物は毎回。中にはオーク数体が同時に出現した年もあったようです。道中で一番難所になりそうな地点は——」


 これが安全なコースなら、事前に下見くらいはしておくべきなんだが。

 ま、それができるなら、100人も集めないか。


 あとは、行軍の配置についての説明をしていく。

 ミスリル塊を積んだ馬車を守るのは、機動性の面から主に騎士に任せる。

 俺も一応騎士にはなったが、まだ見習いで特別枠みたいなものなので、騎士団のユニフォームでもあるクソ重いフルプレート鎧は勘弁してもらった。

 というか、あれを着て山を登るとか、山をナメているとしか思えない。

 比較的軽装の冒険者には、索敵や魔物の撃退等、ある程度自由に動いてもらう。

 俺の素人意見ではなく、過去の傾向とライナさんの意見を取り入れての判断だ。


「——という感じで進みたいと思います。何か質問はありますか?」

「あるぜぇ!」


 冒険者サイドからの発言だ。

 声音から伝わってくる印象は、あまり好意的とは思えない。


「いきなり出てきて仕切ってくれてるがよー。お前さんはどこの誰なんだー?」


 俺よりひと回りは上に見える男だ。

 お貴族様ならまだしも、自分よりもずいぶん若く、名が知れているわけでもない俺が上から喋っているのが気に食わないってところか。社会人失格だな。


「今回領主代行で指揮を任されている、テドン家お抱え騎士の黒井といいます」

「ぷぷぅ! オイオイ、みんな聞いたか? お抱え騎士だってよ!」


 このわざとらしい反応からするに、俺がそうだと予想していたようだな。

 コネで騎士になったら後ろ指をさされるというのは本当らしい。

 もっとも、今は後ろからではなく、正面切って難癖をつけられているが。


「それって、正規の手段じゃ採用される自信の無い奴が貴族に取り入って、実力が足りてないくせに肩書きだけ手に入れた出来損ない騎士のことだろ? そんな裏口野郎に命令されたくないんだがー?」


 じゃあ、アンタは帰っていいよ。

 と言える権限はもらっているけれど、出発前に余計な不和を残したくない。


「図星突かれて涙目か? だいたい、騎士なんてのは——」

「ドルンド・ズルワーンさん、貴方の言いたいことはもっともです」


 俺への中傷を越えて、冒険者と騎士の確執にまで踏み込みそうになっていたが、それは言わせない。


「なんで、オレの名前……」

「ドルンドさんだけじゃありません。そのお隣は、フリッグ・スポキンスさん」

「今日飛び入りで参加した僕の名前まで……」

「さらにそのお隣は、ウディ・グモーリンさん」


 冒険者の並びを過ぎ、騎士の側も順にそらんじていく。

 名前を呼ばれた者が一様に「え?」「え?」と目を丸くしていくのが面白い。


 名前を知っている。

 それは、貴方に関心があると言っているようなものだ。

 有象無象ではなく、個人として認識されて好感度を下げる奴はいないだろう。

 もちろん、俺は視えている名前を読み上げているだけだが。


 前列に立っている20人ほどの名前を適当に出してから、再度ドルンドに視線を戻した。呆気に取られていたのか、途中で一度も野次を飛ばすことなく、大人しく待っていたようだ。


「俺は確かに若僧で、経験も浅い。だからこそ、ドルンドさんのようなベテランに頼るしかありません」


 ベテランかどうかは知らんが、野次っておいて、自分はベテランじゃありませんなんて主張してくるわけもないだろう。


「このクエストで活躍するのも報酬を得るのも、貴方たちであって、俺じゃない。主役は貴方たちだ。俺の仕事は、皆さんが最大限に活躍できるよう徹底して裏方に務めることです」


 出しゃばるつもりはないんで、危ないことは全部お任せしますねー。

 と言い換えてもよし。


「一人一人の顔と名前を把握しておくのもその一環であり、依頼する側として……いいえ、命を預ける仲間に対する最低限の礼儀だと考えているからです」


 今日も舌がよく回るぜ。


「俺を立てていただく必要なんて、まったくありません。ですが、このクエストはコーリン王国の平和に関わる重要なものです。冒険者と騎士の関係が、お世辞にも良好とは言えないことも承知していますが、どうか、今だけは飲み込んでほしい。皆さんのお力を、この国のためにお貸しください」


 ここで、腰を90度折って深く頭を下げる。

 この空気の中で、さらに野次ってこられるなら逆に感心するな。


 ややあって、ゆっくりとだが、パチパチと手を叩く音がちらほら聞こえ始めた。

 顔を上げる前と後で、俺に向けられている視線の種類が変わっている。

 不満の色は綺麗さっぱり消えて無くなっているのがわかった。

 ドルンドまでもが「負けたぜ」みたいな、やれやれ顔で拍手していた。


 せっかく生まれた団結ムードに水を差すわけにはいかないので、俺は感極まったように「ありがとうございます」と言って喝采を受け入れた。

 しかし、内心では「やれやれだぜ」と、ひと仕事終えたような気分だった。



          ◇◆◇



「先ほどの言葉、わたくし様の胸に大層グッときましたんじゃよ」


 さて、ぼちぼち出発だ。

 と軽く伸びをし、演説台からライナさんの待つ馬車に移動しようとしたところでフレンドリーに話しかけられた。蝶仮面をつけた女性冒険者風女王様だ。

 真っ直ぐに伸びた鼻梁が高貴さを醸しつつも、長く艶のある髪はポニーテールにしてまとめられ、活発な印象を与えてくる。目は隠していても、美人だろうということまでは隠しきれていない。

 突然の接触に対する驚きもさることながら……待って、何その口調。


「えっと……どうも……」

「うむうむ。そちのように、この国のことをあそこまで真剣に憂いてくれる若者がおりまするとは、これ感激の至り。クロイ殿、本日限りの短い間じゃが、よろしくお頼み申すぞなもし」


 さっき、全員の名前を把握しているのは最低限の礼儀、みたいに偉そうなことを言った手前、ここでも名前を呼び返すのが自然だと思うが、確実に女王様は偽名を使っているだろう。そのまま「ルベリア様」なんて呼べるはずもなし。


「——お? 仮面のねーちゃん、今年も参加だな」

「おお、そこなムキムキは、タコス・ボンバイエ殿ではありませんか」

「ラゴス・サンバルボだ」


 どうしたものかと考えていると、四ツ星冒険者のラゴスが会話に入ってきた。

 参加していたのか。

 まだ親しいってほどでもないが、顔見知りがいると安心するな。


「失敬失敬。相変わらず、昇り竜の刺青がイケイケでありますのう」

「ありがとよ。ねーちゃんなら、絶対来てると思ったぜ」

「当然ですぞやー。間近で雄々しい黒竜を拝める年に一度の機会故、三度の飯より竜を愛するわたくし様が参加せぬわけありますまいよ」

「好きだねえ。まあ、俺も人のことは言えねーが」


 報酬よりも、そういう目的で参加している奴もいるのか。

 というか女王様、常連?


「お二人は知り合いなんですか?」

「まーな。竜鎮祭の奉納で、毎年顔を合わせているって程度だが」


 どうやら、ラゴスは女王様の正体には気づいていないようだな。


「あー……今さらだがよ、ねーちゃんの名前はなんていうんだ?」

「おや、竜友のラゴス殿に名乗っておりませなんだか。これはしたり」


 ラゴス、ナイスだ。


「わたくし様は、アリベル・コリーンと申しまする。よしなにー」

「おう、よろしくな」


 もじっただけ……。

 うっかり本名で読んでしまわないよう、気をつけないと。


「しかし、クロイはマジで騎士になっちまったのか」

「有言実行。俺はやる男ですよ」

「かはは! 冒険者をやるなら、あれこれ連れ回してやろうかと思っていたが、ま、お前の人生だ。好きにやりゃーいいさ」


 気分を害した風もなく、ラゴスは快活に笑って離れていった。

 外見に反して面倒見がいい。今にして思えば、冒険者ギルドで絡んできたのも、単に新人を心配してのことだったのかもしれない。

 騎士とか冒険者とかに関係なく、今後も交友を持ち続けたいと思わせてくれる。

 そんな男がいる一方で——


「よお、久しぶりじゃないか」


 こっちは願い下げだな。


「ん? 俺のことを覚えていないのか?」

「レンゲス・ダルクーズだろ。アンタも参加していたのか」


 ライナさんが騎士をしていた頃、分隊長だった男だ。

 性別を隠していて、強く出られない彼女をコキ使っていたゲス野郎でもある。

 当然、俺はこいつが大嫌いだ。


「お前、あの後、ライナがどこで何してるか知らないか?」

「ライナさんに何か用か?」

「文句を言ってやるに決まってるだろ。あいつが勝手に隊を抜けやがったせいで、任務は失敗続きなんだぞ。おかげで、今じゃ俺は分隊長から平騎士に降格だ……。この責任を取らせないと、腹の虫が治まらないだろうが」


 責任転嫁って言葉、知ってる?

 ライナさんを仲間ではなく、駒としか見ていなかったとよくわかるセリフだな。


「それがアンタの実力ってことだろ。今までは優秀なライナさんがいたからこそ、楽に任務をこなせていたんじゃないのか?」

「ふんっ、やけにライナの肩を持つじゃないか。お前も知らないワケないよな? あいつが、実は女だったって話を」

「それが?」

「これで確定したようなものだろ。あんな厳ついマスクをつけていやがったのは、やっぱり不細工面を隠していたからなんだよ」

「どうしてそうなる。女性騎士が認められていないからだろ」

「それはそれ、これはこれ。不細工なのは絶対。次会って顔を拝んだら、指差して思いっきり笑ってやる」


 ここまでゲスだと、いっそ清々しいな。

 女王様、もといアリベルさんも眉をひそめている。


「なんぞこやつは。不快な男でありますな。ここは苦言のひとつでも——」


 苛立たしげにレンゲスの前に出ようとしたアリベルさんを、腕で遮る。

 その必要はない。どうせ、すぐ黙ることになるから。

 ほら、来た。


「——クロイ、ミスリルを積み終わったぞ。御者は誰がするんだ?」


 話の渦中にあるライナさんのご登場だ。

 今さら言うまでもないことではあるが、年齢的に美少女から美女へと変わろうとしているライナさんは、べらぼうに可憐だ。冒険者としては四ツ星だが、可愛さで言うなら最高位の七ツ星……いや、前人未到の八ツ星クラスと言ってもいい。


 はたせる哉。

 現れたのがライナさんだと知らないレンゲスが、呆けた顔で見惚れている。

 が、すぐにハッとして、名前を呼ばれた俺に詰め寄ってきた。

 気持ち悪いので、顔を近づけないでいただきたい。


「オイ、誰だ、あの子! この町に、あんな可愛い子がいたのか!?」


 俺はこれを無視する。


「ご苦労さまです。御者は子爵が用意してくれていますから、も馬車に乗っておいてください。ミスリルの警護は任せました」

「了解した。この命に代えても守ってみせよう」


 いえ、危なくなったらミスリルなんか放り捨ててください。

 ライナさんの命は、この世のどんな宝石よりも尊いので。

 とは、女王様も聞いているので言えないが。

 さて、レンゲスの反応は。


「ラ……え? え!?」


 俺の顔と現れた美人の間を、視線が何度も行き来している。

 その滑稽極まるアホ面だけでも多少の溜飲が下がる。

 そしてここで、ライナさんの方もレンゲスがいることに気づいた。


「ん、分隊長? 来ていたのか」

「あぇ、と……ライナ……なのか?」

「今は冒険者をしている」

「うええええええええええっ!?」

「私が冒険者をしているのが、そんなに驚くことか?」


 そいつが驚いているのは、そこじゃありませんね。

 ライナさんが、すっと目を細めた。

 意外だな。あの視線に込められているのは嫌悪感だ。天使であり、聖人でもある彼女(※個人の感想です)が、レンゲスへの悪感情を隠しきれていない。


「どうせ、町のドブさらいでもしているのがお似合いだと言いたいんだろう」

「や、そんなことは」

「挨拶のひとつもできなかったのは申し訳ないと思うが、事情を説明する暇もなく追い出されてしまったんだ。小言は勘弁してほしい」

「そ、そうか。あー、うん、お前も大変だったよな……」


 レンゲスがしどろもどろで顔が真っ赤になっている。

 わかりやすい奴だ。


「つ、積もる話もあると思うし、この任務が終わったら、酒でも飲みながら……」

「すまないが、同じ隊の部下と上司という関係でなくなった今、貴方とは積極的に言葉を交わしたいとは思わない。遠慮させてもらおう」


 うわ、バッサリ。

 レンゲスが作り笑いをしたまま凍りついた。


「それではクロイ、先に行っているぞ」

「はい、俺もすぐ行きます」


 それだけ言って、ライナさんは元同僚に一瞥することさえなく去っていった。

 がくりと、糸が切れたようにレンゲスが膝から崩れ落ちる。

 憐れだが、自業自得だ。

 そんなフラれ男に、この言葉を贈ろう。


「ザマァww」

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