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第20話 問題発生ってわけじゃねーんだが

「お前、あいつの何なんだ!?」

「婚約者ですが?」


 レンゲスの矛先が俺に向いたので、身の程というものを教えてやる。

 俺とお前では、立っているステージが違うのだよ。


「婚約? は? はあっ!?」

「既に同棲していますが?」

「はああああああああっ!?」


 とはいえ、状況は変わりつつある。

 ライナさんは節約家なので、今現在も《まどろみの酒蔵亭》のひと部屋を二人で使っているが、俺も騎士に就職したため、月末締めの翌月10日には給金が入る。

 そうなると、ライナさんのお世話になる理由がなくなってしまう。

 常日頃、早く自活しろと言われていることもあり、このままでは夢の同棲生活が解消されるのは明白だ。それまでにどうにかして、もうワンステップ先に進みたいところなのである。


「お前、いい気になるなよ!?」

「俺のことと、アンタがライナさんに嫌われているのは別の話だと思うぞ」

「き、嫌われてるって言うな! 俺は別に、あいつのことなんか、どうとも!」

「なんでもいいけど、仕事はきっちりやってくれよ。これは国の祭事なんだから」

「うるさい! 命令するな!」

「こんなの命令のうちに入らないだろ」

「貴族依頼じゃなければ、誰がこんなところに来るか! 竜みたいな凶暴で野蛮でおぞましい怪物に好き好んで近づこうなんて輩は、全員頭がおかしいんだよ!」


 あー。

 その発言はまずいな。地雷だと思うぞ。


「やれやれでありまするな……」

「あ? そっちの女、なんだよ? 何か言いたいことでもあるのか?」


 オイ、絡むな。相手が悪い。


「いやさー。ずいぶんと偏ったことを言う騎士様じゃわと思いましてなー」

「……ああ、なるほど。お前も頭がおかしい奴の一人か。変な仮面つけやがって」

「ガビーン。わたくし様的には、カッコ良きと思っておりますのじゃが」

「見た目だけじゃなく、喋り方まで変だな。育ちが知れるぜ」


 いや、その人、この国で一番高貴なお育ちだから。


「そちは、この祭事を何と心得ておりまするのや?」

「どうでもいいんだよ。貴族からの依頼は貢献値が高いから受けただけだ。黒竜のご機嫌取りなんざ、頭のおかしい連中だけでやっておけって思うね」


 レンゲス! レンゲェェス! もうやめておけ。


「頭がおかしい……。三回目ですじゃわのー」

「だからどうした? 俺と決闘でもしようって言うのか?」

「やー、滅相もござりません。ただ……そちの名前、何と申されましたかいの」

「レンゲス・ダルクーズだ。次からは、喧嘩を売る相手はちゃんと選ぶんだな」

「了解でありまするよ。しっっっかと覚えておくぞなー」


 レンゲス……終わったな。

 俺は両手を合わせ、虎の尾を踏んでしまった馬鹿の冥福を祈った。



          ◇◆◇



 ほとんどの者は徒歩なので、黒竜に奉納するミスリルを積んだ馬車は歩く速度に合わせ、ベイール山にある祭壇を目指してのんびり進んでいく。


「じゃあ黒竜って、もう100年近くもベイール山を巣にしているんですか」

「さよー。どこぞの大陸からふらりとやってきて、あそこに棲みついたようなのでありまする。じゃからして、いつまた気まぐれに別の地へと飛び去っていかぬとも限りませんのです」


 屋根付き馬車の室内中央には、綺麗な球体に研磨された、某菓子パンヒーローの顔面サイズのミスリル塊が陣取っている。これでも100キロ超あるそうだ。

 それを、俺、ライナさん、そしてアリベルさんの三人で、ストーブを囲むようにしながら談笑に花を咲かせている。


 アリベルさんが一緒なのは、彼女の竜知識を聞いてみたかったからだ。

 素性をわかっていて歩かせるのも、何か気が引けたし。

 女王様相手に畏れ多いとは思ったが、本人も竜について語るのは大好きらしく、竜の歴史や性質について講釈してもらっている。これがなかなかに面白い。


 竜は非常に頭が良く、黒竜もその例に漏れない。

 人間と同等以上の知能を有し、人語も理解している節があるそうな。

 ただ、種が違えば常識も違う。話が通じる相手かどうかは、また別問題だ。

 腰を据えて話し合いでもできれば、いろいろなことが解決しそうなんだがな。


「え? 食べるんですか? このミスリルを?」

「パクんちょと丸飲みよー。その豪快さたるや、亡き父の放屁に勝るとも劣らぬ」

「それは竜ではなく、アリベルさんのお父上が凄いのでは……」

「さもありなん。あれぞまさに、ドラゴンブレスと呼ぶに相応しい迫力であった。父の威光を子々孫々と語り継ぐ上で、外すことのできぬ逸話でありますぞや」


 お父さん、草葉の陰から全力で「やめてー」って叫んでいると思いますよ。


「竜はミスリルが好物ってことですか?」

「ミスリルではなく、ミスリルの中に注いだ魔力を食らっておりますのや。魔力はスープ、ミスリルは専用の皿みたいなものと考えてくださりませ」

「皿ごと食ってしまうわけですか……。でも魔力を食べるってことは、竜は魔物に分類されているんです?」

「んやんやー、魔力を糧にできるのは、何も魔物だけではないのでありまするよ。精霊や妖精たちも栄養にしておりまするな。竜が精霊や妖精の近縁種という説は、意外と濃厚じゃったりしましてからに」

「見た目は全然違うのに、興味深いですね」

「補足しますなら、竜たちは、生きていくだけなら魔力以外でも糧にできまする。一方で、魔力しか糧にできないのが魔物ということになりますぞな」


 竜たちにとって、芳醇な魔力はご馳走扱いなわけか。

 だから、この奉納にも意味があるんだろうな。


「人間では魔力の量が足らんですし、扱いにも長けておりませんで、毎年エルフを招聘して注いでもらっておりますのじゃが、これが結構な出費でありましてなー。このミスリルと合わせて、年間国家予算の5分の1ほどを割かれていますんよ」

「凄まじいですね」


 だが、黒竜の存在がアダル帝国への牽制として機能している以上、防衛費として削れない必要経費だろう。黒竜には、何が何でもこの地に留まってもらわなくてはならないのだから。


「とても為になるお話でした。アリベルさんの竜好きは相当ですね」

「いやはや、それほどではー。まー、ミスリルと一緒に丸飲みされて、排泄までを体感したいと思うほどには好きかもしれませんなー」

「途中で消化されますよ」

「今日この日のために、何ヵ月も前から仕事を前倒しで片付け、臣下……ではなく同僚の小言にも文句を言わず、それでも後でグチグチ言われることを覚悟してでも黒竜を見たいという飽くなき思いが、わたくし様を突き動かすのでありまする!」

「ほどほどに……」


 気さくな人だ。思わず警戒心を解いてしまう。

 国のトップで一番大事なのは政治の手腕かもしれないが、国民に愛される人柄もまた立派な武器になるんだろうなと、そんなことを考えさせられる。

 それはそうと……。


「ライナさん、さっきから一言も喋っていないですけど、馬車に酔いましたか?」

「いや、そんなことはないんだが、何故だろう……。アリベルどのを見ていると、妙にそわそわというか……ドキドキするんだ」

「ふ、ふおおおおおぉ!? ライナ殿のようなカワカワな女子からそのようなことを言われましたら、わたくし様も少々ドキリんこなのじゃりまするが!?」

「カワカワ? すまない、変なことを言った。気にしないでほしい……」


 そうは言っても、チラ、チラ、とアリベルさんに熱のこもった視線を何度も。

 これはもしかすると、目の前にいる女性の正体が、敬愛してやまない女王様だと本能で感じ取っているのもしれないな。

 言ったら冗談抜きで卒倒しそうなので、やっぱり黙っていよう。



          ◇◆◇



 出発から数時間かけて、ようやくベイール山の麓に到着。

 ここからは山を登っていくので、その前に全体で小休止を入れる。

 俺も外の空気を吸っておこうとするが、先にコンコンと馬車の扉が叩かれた。


「クロイ、ちょっといいか?」

「ラゴスさん、どうしました?」

「問題発生ってわけじゃねーんだが、指示が欲しい」


 俺よりずっとベテランで、この奉納行脚だって何度も経験しているはずなのに、こうして依頼者側を立ててくれる。俺の中でのラゴス株が急上昇中だ。

 扉を半分ほど開けると、ラゴスの後ろに大きな荷物を背負った男が一人見えた。

 この顔、どこかで見た気が。


「お呼び止めして申し訳ありません。わたくし、行商で薬を売っている者でして」

「行商……あ、思い出した」

「え? どこかでお会いしたことがありましたか?」


 俺が初めてテドンの町に来た時、他人の名前がわかる能力の真偽をライナさんに確かめてもらうため、適当に選んだ人物だ。

 確か、ディーボ・バルフェルトとかって…………あれ?


「ん? 貴方は……」

「ああああっ! 貴女は、あの時の!」


 ライナさんがひょっこり顔を覗かせ、気づいたディーボが声を荒らげた。

 そういえば、こいつもライナさんに一目惚れしたクチだったか。


「今日はなんと素晴らしい日でしょう。こんな所で再会できたのも、何かの——」

「はいはいはい。それで、何の御用です?」


 ライナさんを隠すように、体ごと割って入る。このやり取りも二度目だな。

 ディーボは残念そうに唇を尖らせたが、そこは商人を名乗るだけあり、雰囲気がすぐ仕事仕様に切り替わった。


「失礼いたしました。先ほど言いかけましたが、わたくし、薬を商いにして各地を回っております。皆様これより山に入っていかれると思うのですが、ベイール山は魔物の活動も活発な難所。もちろん、道中の備えは十分されていると存じますが、何事も完璧ということはございません」


 まくし立てるような早口に、思わず気圧されそうになる。


「ここで何か買っていってほしいということですか?」

「いえいえ。それですと、買ったはいいが、不要に終わるということもあり得ると思います。必要に迫られた時、必要な分だけ、お買い上げいただければと」

「それはつまり、貴方も山を登ると言っているんです?」

「はい、勝手について行くことを許可していただけましたら! 自分の身は自分で守りますので!」


 勝手について行く。雇用するわけではないので、他の冒険者や騎士とは違って、行軍自体に報酬を払わなくてもいい。だけど、それだったら商品を丸ごと預かり、使った分だけ後で支払うでもいいのではないだろうか。

 そんな考えが顔に出ていたのか、ディーボがアピールを続けた。


「実はわたくし、《妖精の鱗粉》を溜めた回復薬を所有しております」

「《妖精の鱗粉》だって!? すげーモン持ってるな!」


 価値を知らないので反応できないでいると、代わりにラゴスが食いついた。


「《妖精の鱗粉》と言やあ、骨折しようが、大火傷を負おうが、振りかけるだけで立ち所に治しちまう特級回復薬だぜ」

「加えて、滋養強壮にも効き、どれだけ疲労困憊でも瞬く間に元気溌剌をお約束。虎の子の一点モノですので、それなりのお値段となってしまうのですが、有るのと無いのとでは、安心感がまったく違うのではないでしょうか」

「だとは思うがなあ。それなりのお値段って、小瓶に半分の量でも金貨100枚はするって話だろう?」

「多少は勉強させていただくつもりですが、預ける方も、預かる方も、気が気ではないと思いますので、やはり同行させていただくのが最善ではないかと」


 雇用主に追加で請求書を回すことになるのは避けたいところだが、別に俺の懐が痛むわけではないし、パリッシュの髪の毛が数本抜けるくらいなら安いものか。

 などと我ながら酷いことを考えていると、アリベルさんが袖クイしてきた。


「どうしました?」

「これは国祭でありまするし、必要な事態だったと認められましたら、後で国から経費は落とせると思いますぞえ」

「あ、そうなんですね」


 女王様のお言葉なら間違いない。

 労災がちゃんとおりるなんて、コーリン王国はホワイトだな。


「じゃあ、まあ……。ディーボさん、よろしくお願いいたします」

「ありがとうございます。商人が稼げないのは問題ですが、わたくしの出番は無く終わることを祈っておりますよ」


 人のいい笑みでぺこりと会釈をし、ディーボは列の最後尾へと移動していった。

 それをしっかり見送り、俺は「ふう……」と、ひと呼吸置いて頭を冷やす。


「ライナさん、ラゴスさん、アリベルさん、質問なんですが」


 問題発生……ではないことを願うが、嫌な予感ってのは当たるからな。


「《フェルト》という男爵家をご存じですか?」

「フェルト……。すまない、私は知らない」

「俺も知らねーな」


 知っていてほしかった。

 コーリン王国の、どこどこの領地を治めている貴族だと言ってほしかった。


「アリベルさんは、どうですか?」

「…………」

「アリベルさん?」

「クロイ殿が、どういう意図で、その名を出したのかはわかりかねまするが」


 ああ、この重い口ぶり。


「戦に自身が主力として出てくる貴族はそう多くありませんで、どこぞで耳にする機会があったのかと思うのですじゃが、わたくし様の知る限りでは、にひとつだけ、そんな名の男爵がいたと記憶しておりまする」


 はあぁ~~~~~~。悪い予感的中。


「クロイ、どうした? また何かのか?」


 こんな所で待ち伏せしていたのは、百歩譲って行商という設定で通してもいい。

 でも、貴族が家名を名乗り忘れるなんてことはあり得ない。

 名のならなかったのは、何らかの理由で隠しているからだ。


 貴族名なんて見慣れていないからな。最初に見た時は遠目だったこともあって、読み違えていたことに今の今まで気づかなかった。

 あいつの名前は、ディーボ・バルフェルトじゃない。


 ディーボ・バル・フェルト。


 男爵位の称号バルを名に持つ貴族だ。しかも、アダル帝国の。

 敵対している国が、素性を偽って接触してきた理由はなんだ?

 どこぞの女王様みたいに、竜を間近で見たかったから?


 そんな好意的に考えられるはずがない。


「ラゴスさん、あのディーボという男を拘束してください」

「は? 急に何を言ってやがるんだ?」

「……あいつはおそらく、アダル帝国の間者です」

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