「どんな感じだ?」
ディーボの拘束を頼んだラゴスが戻ってきたので、様子を尋ねてみた。
負傷した感じもない。上手く隙をつけたのか、手間取ることはなかったようだ。
「訴えてやるとか、こんなことは許されないとか、ずっと喚き散らしていやがる」
「だろうな。証拠と言えるようなものは何も提示できないし」
「縛ったまま馬車にでも放り込んでおくか。外は魔物が出るし、捨てていくわけにいかねーからな。それと《妖精の鱗粉》は没収しといたぞ」
ほれ、と言って小瓶に入った光る粉を見せてくる。
緊急を要するので、急ぎラゴスとアリベルさんに、俺の能力のことを話した。
奇天烈な話だが、ライナさんが強く後押ししてくれたので、ひとまず俺の指示に従ってくれている。
これがもし誤認逮捕だったら、本当に訴えられても文句は言えないな。
「クロイ、心配するな」
「ライナさん……」
「これがただの勘違いだった場合、ラゴスどのや子爵には迷惑がかからないよう、クロイが一人でやりましたと、ちゃんと口裏を合わせてやるからな」
「アザース」
ライナさんのお心遣いが嬉しすぎて、とても渇いた声が出た。
「しかし、見ただけで名前がわかる……ねえ。なるほどなあ」
「ラゴスは信じられるのか?」
「まあ、ギルドで俺の名前を出してきた時も、正直、身に覚えがなかったしなあ。シェイプシフターの件やら、出発前の演説やら、そういう能力があるっていうなら合点がいくしよ」
「すまない。騙すようなことをして」
「へっ、別に構わねーさ」
気持ちいいくらいサバサバしている。
男として、こういうところは見習っていきたい。
「つーか、いきなりタメ口になりやがったな」
「猫を被る必要がなくなったし、ラゴスとは良き友人になりたいからな」
「わっはは! 嬉しいこと言ってくれるじゃねーか。俺もお前は嫌いじゃねーよ。けどまあ、俺の勇名が町の外にまで広まってるって話は、ちと盛りすぎだったぜ。自分でも、さすがに信じられなかったからな」
「そんなことはない。ラゴスの名前は、この国の女王様にだって届いているさ」
「ふはは! んなわけねーだろ」
これは嘘じゃないんだけどな。
ラゴスとの会話を弾ませる一方で、チラリと後ろを窺う。
この国の女王様であらせられまするアリベルさんが、あわあわと可哀想なくらいうろたえていた。
「ク、クロイ殿……もしや、わたくし様のことも……」
俺は人差し指を立てて口に当て、しぃ、とやった。
大丈夫、誰にも言いませんよ。
「ふぐうぅ、クロイ殿は話のわかる男子じゃわなぁ……」
「ん? アリベルのねーちゃんも信じたのか?」
「無論。目を見れば、その者が嘘を言っているかくらいはわかるものですじゃし。もっとも、正解率は半々くらいでありまするがの」
「それ完全に当てずっぽうじゃねーか」
場の空気が緩みそうになったのを、俺はゴホンと咳払いをして諫めた。
気は抜けない。ディーボが何か企んでいたのは間違いないんだから。
「安全を第一に考えるなら、行軍はここまでにして、今すぐ町に引き返すべきだと俺は思います。ライナさんは、どう思いますか?」
「それも一案とは思うが、黒竜は、今日この時間にミスリルが奉納されると思って待っているんじゃないのか? 勝手に予定を変えると怒りを買わないだろうか」
黒竜側の事情か。この意見は完全に頭から抜けていたな。
竜オタのお二人、実際どうなんでしょう。
「お預けを食らわせて、黒竜の機嫌を損ねる可能性ってあると思いますか?」
「「ある」」
ラゴスとアリベルさんの声が重なった。
「一昨年だよな。天気が崩れたせいで、奉納が予定より半日遅れたのって」
「じゃったー。待ちきれんくなった黒竜が、空に向かって魔力弾を吐いて、雨雲を消し飛ばしましてのー。あれには心胆寒からしめられましたぞなー」
「到着した時、めっちゃくちゃ不機嫌だったしな。俺ですら漏らしかけたぜ」
「…………続行ですね」
◇◆◇
途中、何度か魔物が襲ってきはしたが、この人数が相手では、道端に落ちている粗大ゴミをどかすくらいの簡単作業で進行の妨げにはならなかった。
山を一時間ほど登り、目的地にも難なく到着。
祭壇は、何本もの白い石柱で囲んだだけで、屋根の無い広い空間になっていた。
その中央にある台座に、持ってきたミスリルを数人がかりで安置する。
あとは、黒竜が勝手にやって来て食いつくだろう。
「これで任務完了だな。さて、帰るか」
「馬鹿、何言ってやがんだ! こっからが一番の見所だろうが!」
「そのとおりでありまするよ! 竜を見ずして帰るなぞ、半年前から予約していた高級料理屋で水だけ飲んでお帰りくだされと言われるにも等しい仕打ちぞな!」
帰還指示を出そうとしたら、竜オタたちから凄い剣幕でダメ出しを食らった。
「いや、言いたいことはわかるぜ! 得体の知れない不安もある! だがしかし、よく考えてみてくれ。ここで帰ってしまうことが、本当に正しいのかを!」
「然り然り! 黒竜がちゃんとミスリルを食し、ご満足していただきましたるのを確認しなければ、民に本当の安心は訪れないと思うのじゃがります!」
じゃがりますか……。
まあ、二人が言っていることも、確かに一理ある。
こういう事態を想定しているからこその100人体制なわけだし。
「わかった。だったら今すぐ人員を周囲に散開させよう。
俺も興味がないわけじゃないしな。
せっかくだし、竜の姿くらいは拝んでいくか。
とはいえ、大半の者は黒竜への好奇心よりも、恐ろしさが勝るらしい。
結局、竜オタの二人と俺以外は、祭壇から離れた場所の警備についた。
俺たちは石柱の物陰に身を潜め、黒竜が現れるのを待つ。
「このまま何事もなければいいが」
「心配いらねーよ。今はライナの嬢ちゃんが、ディーボの野郎を見張ってるしな」
「ライナさんを、あいつの近くに置いておきたくないんだが。俺もあっちに……」
「お前は責任者として、最後まで奉納を見届けろって言われただろ?」
「言われたけど……」
「悔しいが、あの子はここにいる誰よりも手練れだぜ。美人だしな」
「俺も婚約者として、そう、婚約者として鼻が高い」
「お前、あっちこっちで余計な敵を作りそうだな」
忠告痛み入るが、ライナさんのような素晴らしい女性を独り占めできるのなら、もれなく恨み嫉みくらいついてくるだろう。甘んじて受け入れる所存だ。
「それにしても、急に静かになったのが、逆に不気味だ」
「観念したんだと思いてーがな。ミスリルを馬車から運び出す時、ずっとニヤニヤ気味悪く笑っていやがったぜ」
「あんな縛られた状態で、何かできるはずもないだろうに」
……できるのか?
それともまさか、既に何かした?
その時、辺り一面が、ふっと陰になった。
「雲?」
いや、違う。
次いで頭上からスコールのように降ってくる、とてつもないプレッシャー。
これは……!!
「キ、キタキタキタキタキタキタ!!」
「キましたぞな――――――――!!」
空を仰いでそれを見た瞬間、心臓を鷲掴みにされるかと思った。
黒竜だ。
巨大な二枚の翼をいっぱいに広げ、大空を悠々と旋回している。
「あんなにでかいのか……」
翼を広げた幅ではなく、純粋な体長で20、いや、30メートルはある。
あそこまで巨大な翼竜、地球の歴史を何千万年遡ってもいやしない。
いや、翼と腕は完全に別モノだから、翼竜にはカテゴライズされないのか。
が、そんなことは、この感動の前ではどうでもいい。
はは……凄い。
あれが実在している生物だなんて、信じられない。
黒竜は翼の角度で着陸ポイントを調整し、パラシュートのように風を受け止めて地上に降りてきた。近づくにつれ、その色、光沢、鱗の目まではっきりしていく。離着陸する航空機を間近で見ているみたいなド迫力だ。
「やべえええええっ!! やっべええええっ!!」
「カッコよ――――!! カッコよ――――!!」
檻を隔ててエサを前にした動物園のお猿のように、目をキラキラさせた二人から語彙力が消失した。だけど、これは確かにカッコイイ。
感動と、恐ろしさと、高揚感。
いろんな感情がない交ぜになった、一大スペクタルを見ているかのようだ。
羽ばたいていたわけでもないのに荒々しすぎる突風を巻き起こしながら着地した黒竜が、祭壇の台座に置かれたミスリル塊に顔を近づけた。
しゅふー。しゅふー。と鼻息を鳴らしている様子はどこか、気になる物の匂いを嗅ぐ犬のようで愛嬌がある。
「あぅあああぁぁあぁ……尻尾ぉ、揺れておるぅ……硬くて大きくて黒光りして、なんと立派な……はぁ、はぁ……はふうぅ、先っぽだけでいいから、頬ずりさせてほしかでございまするよぉおぉ……」
オイ、女王様、もう少し考えて発言しようか。
それにしても、黒竜の前だと100キロを超えるミスリル塊が飴玉に見えるな。
「お、食うぞ! 食うぞ! それ一気! 一気!」
「ンッキャアアアア豪快! 踊り食いじゃわー!」
周りに異様なテンションの人間がいると、反対にこっちは冷静になるな。
おかげで黒竜への興奮も落ち着き、用意しておいたエサを野生動物が食べる様をウォッチングするくらいの気持ちで…………
「……え?」
————ッッゴォォ……ォオン!!
…………。
…………。
「…………は?」
爆発、した?
「オイ、オイオイオイオイッ! 何だよこりゃあ!」
「こ、黒竜が……黒竜があああ!」
二人のリアクションを見るに、これは毎年の恒例ではないらしい。
当たり前だ。黒竜がミスリルをごくりと飲み込んだかと思えば、いきなり体内で爆発が起こり、血と煙を吐いて倒れていくのだから……。