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第23話 男の一念貫き通す

「おうおう、ずいぶんとナメてくれるじゃねーか! テメエをぶっ倒して、黒竜に土下座させてやるから覚悟しやがれ!

「わたくし様も、こう見えて剣には自信がありまするぞや!」


 俺はというと、ライナさんに剣の振り方を教わった程度の素人だが、二人だけに任せるという選択肢はない。三人で来いというのなら、遠慮なく行かせてもらう。


 正面からは大槌ハンマーのラゴス、右からは鉄剣ショートソードの俺、左から細剣レイピアのアリベルさん。

 三人同時攻撃。どれかひとつでも当たれば致命傷は免れないコースだが、三人が共に踏み出し、躊躇なく攻撃を仕掛けた。


 武器を振り被ってもディーボは動かない。

 今にも攻撃が当たるという寸前でも尚微動だにしない。

 何を考えているのか読めなくて恐ろしい。

 その恐ろしさごと斬り伏せるつもりで、俺は鉄剣を振り下ろした。


「はい、無駄ぁ」


 ……なッ!?

 攻撃は————当たっていない。

 動いてかわされたわけじゃない。ディーボは指の一本さえ動かしていないのに、俺たちの攻撃は、見えない何かに阻まれていた。


「んっふっふ。風の精霊は、攻撃力こそ今ひとつではありますが、防御に関しては惚れ惚れしますねぇ」


 風? 風だと?

 精霊だかが起こした風で、俺たちの攻撃を止めたって言うのか?


 いや、可能だ。

 いかにライナさんが羽毛のように軽い女子だと言っても、人間一人を空中に張りつけていられる力を受けに回せば、同じ人間の攻撃を止めるくらいは造作もない。


「お前ら手を止めるな! この風は、野郎を風の膜で覆っているわけじゃねえ! 攻撃ひとつひとつを正確に受け止めていやがるだけだ!」

「つまり、必要なのは攻撃力ではなく、手数でありまするな!」


 一瞬で見抜く洞察力。頼りになる先輩だ。

 俺は言われたとおり、速さ重視で連撃を繰り出した。

 金属に弾かれるような感触ではなく、斬れないタオルで武器を包まれるような、気持ちの悪い手応えだ。


「やれやれ、無駄だと言っているのがわかりませんかね」

「まずい、離れろ!」


 ————ッ!!?

 ラゴスが注意を呼び掛けた直後、これまた見えない砲弾に鳩尾を強打された。

 プロサッカー選手のシュートをまともに腹で受け止めたような衝撃。

 後方に激しく吹っ飛ばされ、胃液を吐いた。


「げほっ、えほっ……ラゴ、ス……アリベル、さん……」

「俺は……ぐっ、大丈夫だ……」


 肩を撃たれたのか、膝をついてはいるが、ラゴスは心配ない。


「くそ、アリベルのねーちゃんは、打ち所が悪かったか……」

「アリベルさん!」


 俺以上に弾き飛ばされたアリベルさんが、仰向けに倒れまま動かなくなった。

 息はあるようだが、頭からは血が流れている。


「うーん、一人も殺せませんでしたか。やはり攻撃力はイマイチですね。それに、撃つよりも、斬った方が殺傷力は高そうです」


 トドメとばかりに、ディーボの手が薄緑の霧を纏い始めた。

 脅しでライナさんの防具を刻んだ、あの攻撃だ。

 俺もラゴスも、足にきていて素早くは動けそうにない。


 このままでは——。


 頼む……誰か——。



「——ライナを放しやがれッ!!」



 俺の心の呼びかけが届いたのか。

 いや、そんなワケはないが、ディーボの背後を大振りの一太刀が急襲した。


 現れたのは、意外も意外。 

 レンゲスだった。


「くっ、他にもいたんですか!? させませんよ!」

「な、なんだ!? 剣が、止められ……!?」


 突然後ろから攻撃されたことで集中力を乱されたせいか、ディーボの手にあった霧は消え、空中に留められていたライナさんの身体がぐらついた。


「ライナさん……危ないッ!」


 すんでのところで、落下したライナさんを受け止める。

 こんな時だってのに「空から女の子が」のシチュエーションを叶えてしまった。


「ええい、鬱陶しいですよ!」

「んごあああっ!!」


 瞬発的には風の斬撃を使えないのか、レンゲスは俺たちのように、砲弾によって吹き飛ばされた。転がった先で「……痛いだろうが!」と叫んでいる。

 重装備なだけあって、ダメージはほとんど無さそうだ。


「…………っ……クロ、イ……?」

「ライナさん! 目を覚ましましたか!?」


 腕の中の眠り姫が、目覚めのキスを待たずに薄くまぶたを持ち上げた。

 が、それはすぐに、狩人のように、カッと見開かれる。


「こ、これは……!?」

「見てのとおり、あの男と交戦中。俺とラゴスは軽傷。アリベルさんが危険です」


 端的に状況を伝える。


「すまない。甘い香りがしたと思ったら、急に凄まじい眠気に襲われて……」

「そういった薬品を、風に乗せて嗅がされたんでしょう」

「風?」

「気をつけてください。あいつは風の精霊術という厄介なものを使います」

「対応策は?」

「反撃の隙を与えず、攻撃あるのみです」

「了解した」


 わずかなやり取りで引継ぎを済ませ、選手交代。

 俺の剣を拾ったライナさんが、雷が横に走ったかと思う速度で距離を詰める。


「誰が来ても同じことです!」

「仲間を傷つけた報い、受けてもらうぞ」


 俺の指示に従い、ライナさんは息つく間も無く剣を振って払って薙いで突いた。

 さらに斬って斬って斬って斬って斬斬斬斬斬斬斬斬斬りまくる。

 縦横無尽の連撃が、嵐のよう打ち込まれていく。

 これ、もしかしなくても……。


「ふははは! 無駄だと言っているのが……ぬっ、ぐっ……だから、無駄って……言って……くっ、う、うあああああああああああっ!」


 三人がかりの時より、断然迅い。

 目にも留まらぬ攻撃というのは、比喩などではないと初めて知った。

 いける。

 剣が止まる位置とディーボの体にあった間隔が徐々に狭まってきている。

 ご自慢の防御では対応しきれなくなっているのだ。


「——ぐあっ!?」


 やった!

 ついに風の防御を超え、ライナさんの剣が生身に届いた。

 ディーボが斬られた右肩を押さえて苦悶に顔を歪める。

 その間も連撃は止まらない。


「ひっ! ぐっ! くうぅぅ……」


 無数の裂傷を刻まれていくディーボが、自身の身を抱くように体を丸めた。

 怯え……じゃない。それはどこか、内に力を溜めているような——。


「い、ぃぃぃいいい加減にしろおおおおおおおおおッ!!」

「……ッ!?」


 ディーボの腕の中に、濃い緑のモヤが凝縮されたかと思った次の瞬間。

 モヤを中心に、大気が爆発的に膨張した。

 自身を脅かすモノ一切を寄せつけまいとするような全方位攻撃。


 あいつ、こんな奥の手を——!?


 がッ!


 ぎぐッ!


 ……くっ、今日だけで、いったい何度転がされたら気が済むのか。


 もうもうと舞い上がる砂塵の中、まだ自分が生きていることを確かめる。

 精霊とは関係のない自然な風が、ゆっくりと景色をクリアにしていった。

 思わず息を呑む。

 辺り一面が、更地になってしまっている。


「ライナさん……ライナさん! どこですか!?」

「……こっちだ! クロイは……無事か!?」

「ライナさん、よかった……」


 あの一瞬で至近距離からの直撃はまずいと思ったのか、ライナさんは剣を捨て、最短でアリベルさんの元へ走っていた。そして、気を失った彼女を庇うようにして覆い被さったようだ。判断力が神すぎる。

 だが一番近くで攻撃を受けたことには違いなく、相当なダメージを受けている。

 利き腕も負傷したのか、肘を伝って、つぅ、と赤い血が垂れていくのが見えた。


「俺は大丈夫です。ラゴスは?」

「どこもかしこも痛ぇが、問題ねぇ!」

「レン……はどうでもいい」

「言いかけたんなら最後まで心配しろよ! うぎッ……叫ぶと、骨に響きやがる」


 全員まだ生きている。

 ガクガクと笑う膝を黙らせ、俺は立ち上がって相手を睨みつけた。

 敵も爆心地で膝に手を置き、肩で息をしている。さすがに、今みたいな力はもう出せないはずだ。


「ディーボ・バル・フェルト、観念しろ」

「はぁ、はぁ……。わたくしに、ここまでやらせるとは……」


 この場に万全な者などひとりもいない。

 黒竜を鎮めるためにも、こいつは絶対にここで倒す。


「はぁ…………。ところで、精霊と契約を結ぶ際、力を借りる代償に、術者は何を精霊に提供するか、ご存じですか?」


 ディーボからの唐突な問いかけに、俺たちは軽く面食らった。


「体力の回復を狙っているのなら——」

「端的に言えば、です」


 俺の言葉を遮ってディーボは続けた。

 聞いているフリをしながら、俺は仲間に視線で攻撃が可能かの確認を取った。


「術者は、最初に数年分の生命力を捧げることで、精霊から真名を教えてもらい、対話が可能になります。それをもって、契約は成立。以降は、精霊術を使うたびに少しずつ寿命が削られていくわけですね」


 寿命を……。そんなにヤバいものだったのか。

 伝わってきたとしても、コーリン王国では禁止されるだろうな。


「補足するなら、使う際には体力も必要なんですよね。どういうことかと言うと、精霊術は、とにかく疲れるんです。今みたいに極度の疲労に見舞われてしまうと、何もできくなるんですよ」

「……弱点を教えて何のつもりだ? 降参して、大人しく捕虜になるのか?」

「あっはっは! 馬鹿を言わないでください。そんなワケがないでしょう」


 ディーボが何を言いたいのかわからない。

 それなのに、あの余裕は何だ?


「いやはや。本当に、何と言うか……くく、油断大敵ですねぇ」


 ディーボの肩の辺りに何か、小さな物が浮いている。

 それが何かわかった瞬間、俺は全身から血の気が引いた。


「は!? え!? それ、え!? 無い! ちょ、いつの間に!?」


 特に、ラゴスの動揺が激しい。

 ディーボの傍に浮いている物……。

 それは紛れもなく、《妖精の鱗粉》が入った小瓶だった。


「くくっ、わたくしが風を自在に操れることはわかっていたのに、不用心ですよ。隙だらけだったので、抜き取らせてもらいました」


 止める間もなく、ディーボは小瓶の口を開けて、それを一息に飲み干した。


「んっ、んんっ、んんんん~~~~~~~~!! これは、効きますねえええ!!」

「やられた……」


 毒づく間にも、ライナさんの攻撃でついた傷がみるみる塞がっていく。

 前情報に偽りなし。本物の万能薬エリクサーかよ。


「ライナさん、聞いてください!」

「クロイ?」

「アリベルさんを背負って今すぐ逃げてください! 麓まで行けば、他にも味方が残っているはずです!」

「逃げろだと? そんなこと、できるはず――」

「いいから言うことを聞けッ!!」


 ライナさんに、こんな乱暴な口を叩くのは初めてのことだ。

 申し訳なく思うが、それよりも、今がどれだけ緊急かをわかってほしい。


 アリベルさんだけは、絶対に死なせてはならない。

 この国の為だからじゃない。

 誰よりも、女王を守る為に剣を取ったという、ライナさんの為に。


 都合良く、ライナさんが落とした鉄剣が近くまで飛んできている。

 それを拾い上げ、戦闘を続行する意思を示す。


「懲りない男ですねぇ」


 敵は完全回復。こっちは満身創痍。はたして何秒持つか。

 今度は冗談抜きで、命懸けの時間稼ぎだ。


「懲りねー男なら、もう一人いるぜ」

「二人だ」


 ラゴス。

 レンゲス。


 感謝する。

 ふらふらな男三人で、ディーボとライナさんの間に割って立った。


「お前たち、死んでしまうぞ……」

「男の一念です。貫かせてください」

「言っただろ。後輩の面倒を見るのは、先輩の務めってな」

「今更と思われるだろうが、元上司としてのケジメをここでつけさせてもらう」


 ライナさんは、欠けそうなほど強く奥歯を噛み締めた後、「すまない」と言ってアリベルさんを背負った。

 走り出す音を背中で聞き、ホッと安堵する。


 ふと、顔を上げれば、晴天を黒竜が雄々しく羽ばたいているのが見えた。

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