「おうおう、ずいぶんとナメてくれるじゃねーか! テメエをぶっ倒して、黒竜に土下座させてやるから覚悟しやがれ!
「わたくし様も、こう見えて剣には自信がありまするぞや!」
俺はというと、ライナさんに剣の振り方を教わった程度の素人だが、二人だけに任せるという選択肢はない。三人で来いというのなら、遠慮なく行かせてもらう。
正面からは
三人同時攻撃。どれかひとつでも当たれば致命傷は免れないコースだが、三人が共に踏み出し、躊躇なく攻撃を仕掛けた。
武器を振り被ってもディーボは動かない。
今にも攻撃が当たるという寸前でも尚微動だにしない。
何を考えているのか読めなくて恐ろしい。
その恐ろしさごと斬り伏せるつもりで、俺は鉄剣を振り下ろした。
「はい、無駄ぁ」
……なッ!?
攻撃は————当たっていない。
動いてかわされたわけじゃない。ディーボは指の一本さえ動かしていないのに、俺たちの攻撃は、見えない何かに阻まれていた。
「んっふっふ。風の精霊は、攻撃力こそ今ひとつではありますが、防御に関しては惚れ惚れしますねぇ」
風? 風だと?
精霊だかが起こした風で、俺たちの攻撃を止めたって言うのか?
いや、可能だ。
いかにライナさんが羽毛のように軽い女子だと言っても、人間一人を空中に張りつけていられる力を受けに回せば、同じ人間の攻撃を止めるくらいは造作もない。
「お前ら手を止めるな! この風は、野郎を風の膜で覆っているわけじゃねえ! 攻撃ひとつひとつを正確に受け止めていやがるだけだ!」
「つまり、必要なのは攻撃力ではなく、手数でありまするな!」
一瞬で見抜く洞察力。頼りになる先輩だ。
俺は言われたとおり、速さ重視で連撃を繰り出した。
金属に弾かれるような感触ではなく、斬れないタオルで武器を包まれるような、気持ちの悪い手応えだ。
「やれやれ、無駄だと言っているのがわかりませんかね」
「まずい、離れろ!」
————ッ!!?
ラゴスが注意を呼び掛けた直後、これまた見えない砲弾に鳩尾を強打された。
プロサッカー選手のシュートをまともに腹で受け止めたような衝撃。
後方に激しく吹っ飛ばされ、胃液を吐いた。
「げほっ、えほっ……ラゴ、ス……アリベル、さん……」
「俺は……ぐっ、大丈夫だ……」
肩を撃たれたのか、膝をついてはいるが、ラゴスは心配ない。
「くそ、アリベルのねーちゃんは、打ち所が悪かったか……」
「アリベルさん!」
俺以上に弾き飛ばされたアリベルさんが、仰向けに倒れまま動かなくなった。
息はあるようだが、頭からは血が流れている。
「うーん、一人も殺せませんでしたか。やはり攻撃力はイマイチですね。それに、撃つよりも、斬った方が殺傷力は高そうです」
トドメとばかりに、ディーボの手が薄緑の霧を纏い始めた。
脅しでライナさんの防具を刻んだ、あの攻撃だ。
俺もラゴスも、足にきていて素早くは動けそうにない。
このままでは——。
頼む……誰か——。
「——ライナを放しやがれッ!!」
俺の心の呼びかけが届いたのか。
いや、そんなワケはないが、ディーボの背後を大振りの一太刀が急襲した。
現れたのは、意外も意外。
レンゲスだった。
「くっ、他にもいたんですか!? させませんよ!」
「な、なんだ!? 剣が、止められ……!?」
突然後ろから攻撃されたことで集中力を乱されたせいか、ディーボの手にあった霧は消え、空中に留められていたライナさんの身体がぐらついた。
「ライナさん……危ないッ!」
すんでのところで、落下したライナさんを受け止める。
こんな時だってのに「空から女の子が」のシチュエーションを叶えてしまった。
「ええい、鬱陶しいですよ!」
「んごあああっ!!」
瞬発的には風の斬撃を使えないのか、レンゲスは俺たちのように、砲弾によって吹き飛ばされた。転がった先で「……痛いだろうが!」と叫んでいる。
重装備なだけあって、ダメージはほとんど無さそうだ。
「…………っ……クロ、イ……?」
「ライナさん! 目を覚ましましたか!?」
腕の中の眠り姫が、目覚めのキスを待たずに薄くまぶたを持ち上げた。
が、それはすぐに、狩人のように、カッと見開かれる。
「こ、これは……!?」
「見てのとおり、あの男と交戦中。俺とラゴスは軽傷。アリベルさんが危険です」
端的に状況を伝える。
「すまない。甘い香りがしたと思ったら、急に凄まじい眠気に襲われて……」
「そういった薬品を、風に乗せて嗅がされたんでしょう」
「風?」
「気をつけてください。あいつは風の精霊術という厄介なものを使います」
「対応策は?」
「反撃の隙を与えず、攻撃あるのみです」
「了解した」
わずかなやり取りで引継ぎを済ませ、選手交代。
俺の剣を拾ったライナさんが、雷が横に走ったかと思う速度で距離を詰める。
「誰が来ても同じことです!」
「仲間を傷つけた報い、受けてもらうぞ」
俺の指示に従い、ライナさんは息つく間も無く剣を振って払って薙いで突いた。
さらに斬って斬って斬って斬って斬斬斬斬斬斬斬斬斬りまくる。
縦横無尽の連撃が、嵐のよう打ち込まれていく。
これ、もしかしなくても……。
「ふははは! 無駄だと言っているのが……ぬっ、ぐっ……だから、無駄って……言って……くっ、う、うあああああああああああっ!」
三人がかりの時より、断然迅い。
目にも留まらぬ攻撃というのは、比喩などではないと初めて知った。
いける。
剣が止まる位置とディーボの体にあった間隔が徐々に狭まってきている。
ご自慢の防御では対応しきれなくなっているのだ。
「——ぐあっ!?」
やった!
ついに風の防御を超え、ライナさんの剣が生身に届いた。
ディーボが斬られた右肩を押さえて苦悶に顔を歪める。
その間も連撃は止まらない。
「ひっ! ぐっ! くうぅぅ……」
無数の裂傷を刻まれていくディーボが、自身の身を抱くように体を丸めた。
怯え……じゃない。それはどこか、内に力を溜めているような——。
「い、ぃぃぃいいい加減にしろおおおおおおおおおッ!!」
「……ッ!?」
ディーボの腕の中に、濃い緑のモヤが凝縮されたかと思った次の瞬間。
モヤを中心に、大気が爆発的に膨張した。
自身を脅かすモノ一切を寄せつけまいとするような全方位攻撃。
あいつ、こんな奥の手を——!?
がッ!
ぎぐッ!
……くっ、今日だけで、いったい何度転がされたら気が済むのか。
もうもうと舞い上がる砂塵の中、まだ自分が生きていることを確かめる。
精霊とは関係のない自然な風が、ゆっくりと景色をクリアにしていった。
思わず息を呑む。
辺り一面が、更地になってしまっている。
「ライナさん……ライナさん! どこですか!?」
「……こっちだ! クロイは……無事か!?」
「ライナさん、よかった……」
あの一瞬で至近距離からの直撃はまずいと思ったのか、ライナさんは剣を捨て、最短でアリベルさんの元へ走っていた。そして、気を失った彼女を庇うようにして覆い被さったようだ。判断力が神すぎる。
だが一番近くで攻撃を受けたことには違いなく、相当なダメージを受けている。
利き腕も負傷したのか、肘を伝って、つぅ、と赤い血が垂れていくのが見えた。
「俺は大丈夫です。ラゴスは?」
「どこもかしこも痛ぇが、問題ねぇ!」
「レン……はどうでもいい」
「言いかけたんなら最後まで心配しろよ! うぎッ……叫ぶと、骨に響きやがる」
全員まだ生きている。
ガクガクと笑う膝を黙らせ、俺は立ち上がって相手を睨みつけた。
敵も爆心地で膝に手を置き、肩で息をしている。さすがに、今みたいな力はもう出せないはずだ。
「ディーボ・バル・フェルト、観念しろ」
「はぁ、はぁ……。わたくしに、ここまでやらせるとは……」
この場に万全な者などひとりもいない。
黒竜を鎮めるためにも、こいつは絶対にここで倒す。
「はぁ…………。ところで、精霊と契約を結ぶ際、力を借りる代償に、術者は何を精霊に提供するか、ご存じですか?」
ディーボからの唐突な問いかけに、俺たちは軽く面食らった。
「体力の回復を狙っているのなら——」
「端的に言えば、
俺の言葉を遮ってディーボは続けた。
聞いているフリをしながら、俺は仲間に視線で攻撃が可能かの確認を取った。
「術者は、最初に数年分の生命力を捧げることで、精霊から真名を教えてもらい、対話が可能になります。それをもって、契約は成立。以降は、精霊術を使うたびに少しずつ寿命が削られていくわけですね」
寿命を……。そんなにヤバいものだったのか。
伝わってきたとしても、コーリン王国では禁止されるだろうな。
「補足するなら、使う際には体力も必要なんですよね。どういうことかと言うと、精霊術は、とにかく疲れるんです。今みたいに極度の疲労に見舞われてしまうと、何もできくなるんですよ」
「……弱点を教えて何のつもりだ? 降参して、大人しく捕虜になるのか?」
「あっはっは! 馬鹿を言わないでください。そんなワケがないでしょう」
ディーボが何を言いたいのかわからない。
それなのに、あの余裕は何だ?
「いやはや。本当に、何と言うか……くく、油断大敵ですねぇ」
ディーボの肩の辺りに何か、小さな物が浮いている。
それが何かわかった瞬間、俺は全身から血の気が引いた。
「は!? え!? それ、え!? 無い! ちょ、いつの間に!?」
特に、ラゴスの動揺が激しい。
ディーボの傍に浮いている物……。
それは紛れもなく、《妖精の鱗粉》が入った小瓶だった。
「くくっ、わたくしが風を自在に操れることはわかっていたのに、不用心ですよ。隙だらけだったので、抜き取らせてもらいました」
止める間もなく、ディーボは小瓶の口を開けて、それを一息に飲み干した。
「んっ、んんっ、んんんん~~~~~~~~!! これは、効きますねえええ!!」
「やられた……」
毒づく間にも、ライナさんの攻撃でついた傷がみるみる塞がっていく。
前情報に偽りなし。本物の
「ライナさん、聞いてください!」
「クロイ?」
「アリベルさんを背負って今すぐ逃げてください! 麓まで行けば、他にも味方が残っているはずです!」
「逃げろだと? そんなこと、できるはず――」
「いいから言うことを聞けッ!!」
ライナさんに、こんな乱暴な口を叩くのは初めてのことだ。
申し訳なく思うが、それよりも、今がどれだけ緊急かをわかってほしい。
アリベルさんだけは、絶対に死なせてはならない。
この国の為だからじゃない。
誰よりも、女王を守る為に剣を取ったという、ライナさんの為に。
都合良く、ライナさんが落とした鉄剣が近くまで飛んできている。
それを拾い上げ、戦闘を続行する意思を示す。
「懲りない男ですねぇ」
敵は完全回復。こっちは満身創痍。はたして何秒持つか。
今度は冗談抜きで、命懸けの時間稼ぎだ。
「懲りねー男なら、もう一人いるぜ」
「二人だ」
ラゴス。
レンゲス。
感謝する。
ふらふらな男三人で、ディーボとライナさんの間に割って立った。
「お前たち、死んでしまうぞ……」
「男の一念です。貫かせてください」
「言っただろ。後輩の面倒を見るのは、先輩の務めってな」
「今更と思われるだろうが、元上司としてのケジメをここでつけさせてもらう」
ライナさんは、欠けそうなほど強く奥歯を噛み締めた後、「すまない」と言ってアリベルさんを背負った。
走り出す音を背中で聞き、ホッと安堵する。
ふと、顔を上げれば、晴天を黒竜が雄々しく羽ばたいているのが見えた。