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第24話 話し合うって大事

「あっはっはっはっは! ほぉら、やっぱり無駄でしたねぇ。んー、3分くらいは頑張れましたか? よくできましたと言ってさしあげたいところですが、これではせっかく逃がした彼女に、すぐ追いついてしまいますねぇ」


 俺、ラゴス、レンゲスの三人が、仲良く地べたに倒れている。

 二人は、もう意識がない。

 俺も気を失っていないだけで、ディーボの高笑いに反論する力も残っていない。


「ライナ、という名でしたか。彼女は、わたくしを散々刻んでくれましたからね。どんな仕置きをしてやろうか、くふふ、想像するだけで興奮してしまいますよ。《妖精の鱗粉》の元は、彼女で取らせてもらいましょう」


 行かせない。


「もしかして、貴方たちのうちの誰かが彼女の恋人だったりするんでしょうか? そうだったら、なおのこと嬉しいですね。他の男から女を奪う。これに勝る悦びはありませんから」


 そう思っているのに、体がぴくりとも動いてくれない。


「完全に息の根を止めてやろうかとも思いましたが、やめておきましょう。余計な力は使いたくありませんし、放っておいても、どのみち黒竜に殺されるでしょう。食われるのか、踏みつぶされるのか、楽しみですねぇ」


 傷が粗方癒えたのか、黒竜が旋回を小さくし始めた。


「さて、名残惜しいですが、そろそろ行かなければ、わたくしも巻き添えを食ってしまいます。では皆様、ごきげんよう。あと数秒の命をご堪能くださいませ」


 ディーボの気配があっという間に遠ざかっていった。

 ライナさんを追いかけたんだろう。


「……ちく、しょう」


 俺は……無力だ……。

 何が、絶対に後悔はさせないだ。

 何が、必ず幸せにしてみせるだ。

 偉そうなことを言っておいて、愛する女性一人守れない。

 女神からもらった力だって、結局、肝心なところで何の役にも立たない。


 黒竜が羽ばたきをやめて降りてくる。

 怒りは収まっていないのか、遠くなった耳でも唸り声を拾うことができた。


 そんなに怒るなよ。誤解なんだ。

 悪いのはアダル帝国で、俺たちは何もしていない。

 それどころか、お前とは仲良くしたいと思っているんだよ。

 ちゃんと話をすれば、わかり合えるはずなんだ。


 なあ、黒竜……。


 いや……。


「……アグニール・メラ・ド・キュラスオブガルム」



          ◇◆◇



 そういえば。


 アリベルさんが言っていた。

 竜は精霊や妖精の近縁種だと。


 ディーボも、こんなことを言っていた。

 精霊から真名を教えてもらい、対話が可能になると。


 じゃあ、もしかして、俺が今、なんとなしに言った名前って……。


『……貴様、どうして我が真名しんめいを知っている?』


 声が、直接頭に響いてくる。

 ラゴスの声でも、レンゲスの声でもない。


「…………黒竜か?」

『そうだ。答えよ。なぜ我が真名を知っている?』

「……女神にもらった力のおかげだ」

『貴様、異界から来た者か?』

「そうなる」

『最初に言っておくが、我が真名を、いたずらに他の者に明かせばどうなるか』

「そんな、ことは……どうでもいいッ!!」

『な、何だと……?』

「会話ができるなら、そこに座って俺の話を聞け!」


 俺は要点だけ搔い摘み、アダル帝国の謀略が今の状況を作ったのだということを説明する。黒竜は言われたとおり、大人しく話を聞いていた。


『それを信じるに足る証拠はあるのか?』

「毎年、祭事に顔を出しているハゲと、変な仮面をつけた女がいるだろ?」

『ハゲはそこに転がっているな。仮面の女も覚えているぞ。我を見て、いつも童のようにハシャいでいたからな。元より、この二人は捨て置くつもりだった』

「仮面をつけた女の方。あれがこの国の女王だ」

『………………………………は?』


 竜が目を丸くする。

 あり得ないことに対しての驚きを意味する最上級として、格言にできそうだな。


「そういう反応をしてしまう気持ちはよくわかる。だが、事実だ」

『我が言うのもなんだが、この国、大丈夫なのか?』

「いい国だよ。女王もいい人だ。当然だろう。俺が愛している女性が、人生かけて守りたいと思うくらいなんだからな」

『……何か怒っているのか?』

「保留中だ。お前は、まだこの国に何かしようと考えているのか?」

『貴様の話が本当なら、怒りの矛先は変わる』

「事実確認は後でもできる。今は、やらなきゃいけないことがある」


 黒竜との会話で、ほんのわずかだが、回復の時間に当てられた。

 俺は悲鳴を上げる全身を気合いで黙らせ、無理矢理立ち上がらせる。


「黒竜、いや、アグニール・メラ・ド・キュラスオブガルム、俺に力を貸せ!」


 フルネームは長い。ここからは、アグニ―ルとだけ呼ばせてもらおう。

 俺が切羽詰まりながら頼んでいるというのに、アグニ―ルは「はぁ」と超巨大なため息を吐いた。何気ない吐息だけで体が浮き上がりそうになる。


『貴様、自分が何をしでかしているのか、まるでわかっておらんな』

「竜に頼み事なんて、そりゃあとんでもないことだろうさ」

『それどころの話ではない。我と貴様の間では、既に契約が成立している』

「契約?」


 印鑑を押した覚えはないぞ?


『本来であれば、我が見合った対価をもらい、命令の鍵となる真名を教えることで成り立つ契約だ。だが、人間ごときが竜の力に見合う対価など払えるはずもない。それを貴様は、対価を支払うことなく、真名だけ持っていきよったのだ』


 それって、例えばだけど、店で金を払わず商品だけ持ち去ったにもかかわらず、咎められることなくまかり通っちゃう、みたいな?

 ヤバいな、無敵じゃないか。


「じゃあ、俺はアグニ―ルに、一方的に命令できる立場になったわけか」

『不本意だが、そういうことになる』


 竜を使役する。大変魅力的なフレーズではあるが。

 たとえ主従関係であったとしても、普通は仕事に対して報酬が発生する。

 それを一方的に命令し、何も支払わないなんて、まるで奴隷だ。

 この国は奴隷制を認めていないと、ライナさんは言っていた。


「郷に入っては、郷に従うべきだよな」

『何をぶつぶつ言っている?』

「俺の名前は黒井竜司だ」

『?? 貴様の名を聞いたところで、命令の強制力など働かんぞ?』

「一応な。言葉の上だけでも、俺は対等な関係を望む」

『対等? それは、我と友になることを望むと言っているのか?』

「いいね。この世界では、まだ友人が少ないし、カッコイイ竜なら大歓迎だ」

『…………変わった奴だ』


 ライナさんからは、狂気の沙汰との評価をいただいたことがあります。

 それに比べたら、アグニ―ルからの感想は、だいぶマイルドだ。


『竜である我が、人間を友に持つか。長い竜生……それも一興やもしれん』

「そうだぞ。友人は大事にしろ」

『クロイ・リュージ。貴様は、己が名に黒竜を持っているのだな』

「それは完全に偶然だ」

『縁があったのだろうよ。我はそう思う』


 やっぱりな。話し合うって大事だ。

 こうして言葉を交わすまで、黒竜は好戦的で我がまま放題、みたいなイメージが先走っていたけど、全然そんなことはない。理性的で、話のわかる奴じゃないか。


くか』

「ああ。それじゃ、改めて」


 人間と竜。

 サイズが違いすぎて、握手できないのが残念だ。代わりと言ってはなんだけど、俺はアグニ―ルの前脚の爪に手を添え、高らかに言い放つ。


「我が友アグニ―ル、俺に力を貸してくれ!」

『我が友クロイよ、その願い承った』

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