「くっ、離せ!」
「んっふふ。押し倒されても抵抗をやめない。実にわたくし好みです。でも無駄。両手両足を風錠で拘束していますから、貴女はもう逃げられません」
「クロイたちをどうした!?」
「さあ? トドメまでは刺していませんが、動ける状態ではないので、今頃黒竜のエサになっているんじゃないですかねぇ。生きたまま、バリボリと。んふふ」
「この、人でなしめ……!」
「ああー。いい! いいですよ! 気の強い女性は大好物です! 屈服させがいがありますからねぇ! その気丈さを、なるべく長く保ってくださいよぉ!」
「何をするつもりだ!?」
「屋外というのも、案外乙なものですよ」
「だから、何をするつもりだと聞いているんだ! 拷問か!? 私は重要な情報など何も持っていない! 話すようなことはないぞ!」
「え? 本気で言っているんですか?」
————『いたぞ!』
「……なっ……あれは……!?」
「んん~? なんですか? 気を逸らそうとしてもダメですよぉ」
「GAAAAAAAOOOOOOOOOOO!!!!!!!!!!」
ライナさんたちを空高くから発見したアグニ―ルが、十数トンはあろうかという超重量でもって、二人まとめて床ドンをした。
ビキビキと地面に亀裂が走り、所々がめちゃくちゃに隆起する。
「こ、こ、こ、ここ、ここ……」
驚愕に目を見開いたディーボがニワトリと化した。
黒竜と言いたいんだろうが、言葉にならないほど顎が震えている。
身を屈めたアグニ―ルの背中から飛び降り、ライナさんに無事な姿を見せる。
「ライナさん、お迎えに上がりました」
「クロイ! 生きて……いたのか!」
ああああ、俺の無事を、あんなに喜んでくれている。
数分の別れだったはずなのに、愛しさが濁流のように溢れ出てくる。
あ、それと、そこからでは見えないと思いますが、ラゴスとレンゲスもいます。気絶しているので、アグニ―ルの背中に括りつけて連れてきました。
ていうか。
「ちょ~~っとお尋ねしますけど、お前それ、
「い、いや、その……え、なんで……黒竜と……」
「意外と気が合っちゃってねえ。黒竜とは友達になったんだわ」
「そ、そんな……」
「お前、腰を抜かしたのか? ご自慢の精霊術はどうした?」
『そやつの使役していた精霊なら、先程の我の咆哮で逃げていったぞ』
へえ、それは耳寄りな情報だ。
じゃあ、こいつは今、ただの一般人と変わらないわけか。
「ゆ、許して……」
「……まあ、いいだろう。今回だけは許す。未遂だったみたいだしな」
「あ、ありがとうござい……」
「死刑一回で許してやる」
「いやそれ許してなぎゃああああああああ――ッ!!」
10分後。
ぼっこぼこにして白目をむいたディーボをパンツ一枚残してひん剥き、着ていた衣服で手足を縛ってやった。まだまだ殴り足りないが、だいぶスッキリはした。
あとは、去勢までしておきたいところだけど、ライナさんに汚い物をお見せするわけにはいかないし、とりあえずここまでにしておく。
「ライナさん、アリベルさんはどこに?」
「埋めた」
「…………惜しい人を亡くして」
「いや、死んでいない。彼女を背負ったままで逃げ切るのは難しいと思ったから、途中で隠したんだ。野晒しにしたままだと、魔物に襲われるかもしれないからな。今から掘り起こしに行く」
「なるほど……手伝います」
埋めたのが女王様だって知ったら、どうするだろう。
ライナさんなら、切腹するとか言い出しかねないな。何が何でも隠し通さねば。
◇◆◇
ベイール山を下りると、麓では結構な人数が待機してくれていたので、怪我人を彼らに託し、ライナさんには野暮用があると言って別れた。
すぐに帰ってくるので、ご心配なく。
そうして、再びアグニ―ルに輸送を頼む。半殺しにしたディーボを牙に引っかけ吊るしてある。途中で落っことしたら、まあ、その時はその時だ。
目的地は、ベイール山を越えた先にある、アダル帝国。
「最高の眺めだな。かなり寒いけど」
『竜が人間を背に乗せて飛ぶなど、史上初かもしれんぞ』
「そりゃ光栄だ。できれば、ライナさんも乗せてあげたい」
『ライナとは、クロイの
「いかにも」
番か。やや動物的だけど、こう、グッとくる響きだな。
ライナさんがここにいたら、高度千メートルから蹴り落とされていたかもだが。
『まあ、よかろう』
「あと、できればラゴスと、アリベル……ルベリア女王も」
『ラゴス?』
「ハゲ」
『ああ』
「ラゴスは一回乗ったと言えば乗ったけど、気絶していたし、ノーカンかなって」
『そのあたりまでだな。それ以上は許可できん。誰彼構わず乗せるほど、我の背は安くない』
「ん、了解」
他愛無い会話をしているうちに、国境を越え、アダル帝国の領土へと侵入した。
とんでもなく速いな。
日帰りどころか、お遣い気分で国を行き来できてしまう。
『見えてきたぞ。あれが帝都だ』
「コーリン王国の王都もまだ見たことないっていうのに、先によその国の都に来ることになるなんてな。お偉いさんがいそうな建物を探してくれ」
『探すまでもない。そういうものは、都市の中心にあると決まっている』
ハンググライダーのように滑空し、徐々に高度を下げていく。
そろそろ向こうからも、アグニ―ルの巨影をはっきり目視できるだろう。
華美た外観ではないが、無骨ながらもひと際存在感のある建物を発見。
ちょうど開けた場所もあるので、そこを着陸地点に決める。建物の周囲を太くて頑丈そうな塀で囲んでいるが、竜の飛来には、あまりにも無防備だ。
「何人か兵士がいるな。あそこは練兵場か。踏み潰さないようにな」
『知らん。潰されたくなければ、向こうが勝手に逃げるだろうよ』
「それもそうか」
ゆっくりとではなく、黒竜の威容を知らしめる意味を込め、派手に、帝都全域に地震を起こすつもりで着地させた。
まるで隕石だ。もしかしたら、コーリン王国にまで伝わっているんじゃないかと思うほどの震動が周囲に波紋していった。
アダル帝国の兵士も、コーリン王国の物とデザインは異なるが、フルプレートの鎧を着けていた。気持ち鋭角で、こっちのフォルムの方が俺は好きかもしれない。
とはいえ、せっかくのイカした造形も、今の着地でみっともなく尻もちをつき、カタカタと震えているようでは宝の持ち腐れだが。
さて、威嚇は充分。やるべきことを済ませよう。
すぅ、と大きく息を吸い込み、声帯が切れる限界ぎりぎりで叫ぶ。
「俺はコーリン王国の使者だ! こうして黒竜を駆って馳せ参じた用件は、土産に持ってきた男を見ればわかるだろう! 直ちに責任者を出してもらおう!!」
大変イラついていますよ。
待たせたら、何をするかわかりませんよ。
そんなニュアンスを言葉に乗せた。
一応、狙撃を警戒しつつ、時折アグニ―ルに唸ってもらいながら待つ。
しばらくすると、相当慌てたのか、衣服が所々着崩れた若い男が出てきた。
「お、お待たせしました。私がここを統括している——」
「チェンジ」
すげなく言ってやる。
嘘つくなよ。貴族称号の付いていない奴が、責任者のはずないだろう。
「お前じゃ話にならない。もっと上の奴を出せ」
「し、しかし……」
「二度言わすなよ。早くしろ」
「は、はひぃ!」
足をもつれさせながら、おそらくは上官っぽく見える恰好をさせられただけの、一般兵士でしかない男は建物の中に逃げ帰って行った。
しばらくすると、今度は幾分貫禄が伴った中年の男が出てきた。
名前は、ガディスン・コル・マークス。
《コル》……伯爵か。
まあ、ここらが落としどころだろう。
こっちも
ガディスン伯爵は、額に汗を浮かばせながら、今も意識の無い半裸のディーボを一瞥だけした。名前を口にすることも、心配する様子も表には出さない。
「……このような突然の訪問、貴君の気は確かか?」
「アダル帝国に釘を刺しに来た」
「な、何を……」
「この男が誰か、わかっているよな? ずいぶんなヤンチャをしてくれたんだが」
「し、知らぬ。いったい何の話をされているのか、こちらは皆目——」
「あれれー? おかしいぞー?」
一度リアルに言ってみたかったセリフだ。
「
「ぬぐっ、名を……」
「一般兵ならいざ知らず、ディーボ男爵のことを知らない? 伯爵ともあろう者がそんなわけないよなー?」
トカゲの尻尾切りなんてさせるかよ。
「見逃すのは一回だ。次はぐらかそうとしたら、今すぐ帝国ごと潰す。いいな?」
「………失礼……しました」
虎の威を借る狐ならぬ、竜の威を借る人間か。
ここからのやり取りはトントン拍子で進んだ。
黒竜は、今回の件でアダル帝国に対し、いたく立腹している。
それをなだめ制止したのが、黒竜と友誼を結んでいるコーリン王国である。
よって、アダル帝国はコーリン王国に、莫大な恩がある。
賠償を求めることはしないが、以降はコーリン王国が望む形で国交を密にする。
二度目は容赦しない(←最重要)
「後日、会議の場を設けるので、沙汰を待ってもらおう。どうか、これ以上黒竜の機嫌を損ねることのないよう、細心の注意を払ってほしい」
「委細……承知いたしました……」
交渉というには物騒だったけど、これで悪いようにはならないだろう。
……とは思うが、やっぱり念には念を入れておきたい。
いきなりだったんで、黒竜の登場を見ていなかったお偉方もいるだろうし。
「アグニ―ル、喉の調子はどうだ?」
『フッ、とうに完治している』
内側から爆発していたっていうのに、竜、すごいな。
でも、それなら心配いらないか。
「お前、魔力弾だかで雨雲を消し飛ばしたことあるんだって?」
『ああ、こんな雨の日に、どうして黒竜の所へなんか……といった愚痴が遠くからネチネチと聞こえてきたのでな』
豆知識。竜はとっても耳が良い。
「景気づけに、一発頼めるか?」
『面白い。ここにいる奴らの度肝を抜いてやろう』
既に半分以上は抜かれていますが。
快く了承してくれたアグニ―ルが、長い吸気を始めた。
腹回りだけでなく、背中に乗っている俺の目線もぐんぐん上がっていく。
落ちないよう、しっかり掴まっていよう。あと、耳を塞ぐのも忘れない。
『GUAAAAAAAAAAO!!!!!!』
空を仰いだアグニ―ルが、特大魔力の塊を天上に向けて撃ち吐いた。
ビリビリと鼓膜を震わし、大気が痺れるように激震する。
近くにいたガディスン伯爵が、泡を吹いて卒倒した。
魔力弾によって貫かれた白雲が、その余波で大きく円心状に散っていく。
「はは、こいつは爽快だ」
帝都上空から、空の青を遮る一切が消失した。
キラキラと眩しい陽光が降り注ぎ、漆黒の竜鱗を神々しく輝かせる。
文字どおりの晴れやかな気分ではあるが、語彙力が足りないせいで、この絶景を十全に表現できる上手い言葉が見つからない。
仕方ない。ありきたりだが、使い古されたセリフを口にしておこう。
「本日は晴天なり、だな」