屋敷に戻ったセルジュは、テバスに事情を説明しておくことにした。
チラチラとこちらを窺いつつも自分から問い詰めるようなことのないテバスは、信頼のおける執事だと判断したからだ。
「話をしよう」
セルジュがテバスに提案すると、優秀な執事は執務室へと小さな主人を連れていき、魔道具を使って遮音を施した。
立ったままのテバスの前に歩み寄ったセルジュは、彼を見上げて言う。
「ボクのことを不審に思ったのは分かっている。だからはっきり言うね。ボクは転生者だ」
一瞬、銀縁眼鏡の奥にある釣り上がった細い目が大きく見開かれた。
だが、それだけだ。
「そう……ですか」
戸惑った様子は見られたものの、テバスが取り乱すことはなかった。
「あまり驚かないんだね」
「ええ。ここはボッセオ公爵家ですから。それにこの国で転生者は珍しくありません」
今度はセルジュが驚く番だった。
「えっ⁉ ボク以外にも転生者がいるの⁉」
「ええ。わりとよくいます」
「そっかぁ~」
(あ。なんだか安心しちゃった。わりとよくいるタイプなんだ、ボク)
「ちなみに、坊ちゃまの前世は?」
「ん、勇者だったみたい」
テバスの細い目が再び大きく見開かれたが、それにセルジュが気付くことはなかった。
「だからね、戦闘能力が高いんだ。魔力量も多いみたいだし、スキルもあるみたいだけど。だからって前世と全く同じってわけでもないみたいだから、自分でもよく分からないや」
「そうですか……坊ちゃまは、ボッセオ公爵家の人間ですから普通でなくて当然です。ですが念のため、前世のことや、スキルのことは内緒にしておきましょう」
「うん。それがいいね」
セルジュはニパッと執事に笑いかけた。
「なんだかテバスに話してホッとしたらお腹すいちゃった」
「アフタヌーンティーをご用意してあります。薄いキュウリのサンドイッチも、大きなスコーンもありますよ」
「うふ。食べる」
セルジュはニコニコしながら執務室にある応接セットへ腰を下ろした。
4歳児のセルジュにとっては、椅子は半ば登るものであるし、応接用の小さなテーブルも食堂の大きな長テーブルも、大きなことに変わりない。
「さぁ、坊ちゃま。先に手を拭きましょうね」
テバスがお手拭きを差し出すと、セルジュは当たり前のように両手を差し出して執事の丁寧な仕事に身を委ねた。
その姿は普通の4歳児だ。
「ねぇ。そういえば、ボクがやっつけた奴らはどうなったの?」
「屋敷の者をやって確認させましたところ、霊廟周辺には襲撃を受けた痕跡こそ隠せてはいなかったものの、人の姿はなかったそうです」
「そっか。死体はなかったか」
セルジュはテバスが差し出した紅茶のカップを慎重に受け取ると、ふーふーと息を吹きかけた。
冷めた紅茶は美味しくないが、熱すぎると火傷する。
適温を見極めるのも、貴族としての嗜みだ。
セルジュは冷ましたカップの中の紅茶を少しだけ傾けて、そっと慎重に唇の端へあてる。
そしてまさに適温となっているのを確認すると、一口飲んでニパッと笑った。
「うむ。適温の紅茶はうまい」
「坊ちゃま。スコーンも適温ですよ」
「わかった」
テバスに促され、紅茶のカップを慎重にテーブルへと置いたセルジュは、スコーンの皿を手前に引き寄せた。
手で持っても熱くない程度のスコーンをバコッと2つに割る。
その片割れの端を剥がすように小さく取ると口に運んでパクッと食べた。
「ん、美味しい。クロテッドクリームとジャムが合いそうなお味」
「今日はイチゴジャムでございます」
「んっ」
セルジュはイチゴジャムをたっぷりのせて、それからクロテッドクリームをのせる派だ。
塗るのではない。
のせるのだ。
セルジュがパクパクと食べたり飲んだりしているのを、テバスは柔らかな笑みを浮かべて見ている。
遮音を施した部屋には外からの音も入ってこない。
静かな部屋で自分のことに集中しているセルジュの邪魔をするものはない。
だがその状態を維持することは難しいことだ。
テバスはセルジュが満足げにカップを置いたタイミングを見計らって、主人に話しかけた。
「坊ちゃま」
「なんだ? テバス」
「明日は、お屋敷に親族の方々が集まって今後のことを話し合う予定です」
セルジュは不快げに、小さな鼻の頭にクシュとしわを寄せた。
「それ初めて聞いたけど。みんな何しにくるの?」
「今後のボッセオ公爵家のことについての話し合いです」
「……それって必要? ボクがいるのに?」
(ボッセオ公爵家の地位や財産は凄いから、隙あらば狙ってくるヤツらがいるんだな)
セルジュは、まるで他人事のように思った。
「次のボッセオ公爵は坊ちゃまと決まっていますが、なにせ坊ちゃまは4歳ですからね」
「んん~。面倒だね?」
「ええ。面倒です。ですが、万が一に備えて旦那さまから指示をいただいています」
セルジュは不思議そうな顔をしてテバスを見上げた。
「指示?」
「はい。ですから坊ちゃまは何もご心配なさる必要はございません。安心していてくださいませ」
テバスは銀縁眼鏡の端を白手袋をした揃えた右手の指で軽く上げながら、主人に向かってニッコリと笑って見せた。