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第7話 『恋の帰り道、そして答えを探す日々』

 旅館を出たバスは、午後の陽光のなかを静かに走っていた。


 修学旅行、最終日。


 車内には、朝から遊び疲れた空気が漂っている。

 あちこちでうたた寝する声。スマホをいじる音。窓の外を見つめる静かな横顔。


 俺はひとり、バスの最後尾でうつむいていた。


(……あの夜)


 つかさの言葉。

 彼女の目。

 そして、何も返せなかった自分。


(“ありがとう”だけじゃ、足りなかった)


 心のどこかに引っかかったまま、ずっと残っている。

 たった一晩の出来事だったはずなのに、俺の心の奥に、その記憶だけが焼きついていた。


 ◆◆◆


 神代学園に戻った翌日。

 久々の教室は、騒がしくもどこか“けじめ”のような空気をまとっていた。


「修学旅行楽しかったねー!」

「次は文化祭だよな!」

「うち、まだ現実戻れない……」


 その中で、彼女たちの空気だけは、違っていた。


◆黒羽ことの

→今までと同じように笑ってる。でも、視線が少しだけ揺れてる。


◆氷室しずく

→本を読むふりをして、ページをめくる指がずっと止まったまま。


◆鏡ヶ原つかさ

→朝の挨拶も変わらない。でも、笑顔に少しだけ力が入っていた。


 彼女たちは“待ってる”。

 それぞれの形で、俺が何かに気づくのを、黙って待っている。


 ……だけど、俺にはまだ、答えが出せなかった。


 昼休み。

 屋上のベンチに座っていた俺の隣に、しずくがやってきた。


「……ユウトくん」


「ん?」


「……ちょっとだけ、触れていい?」


「……えっ?」


 言葉の意味を理解する間もなく、

 しずくはそっと俺の肩に、頭を預けてきた。


「……こうすると、心が静かになるんだ」

「うるさいの、苦手で……でも、ユウトくんは、うるさくないから……」


 その声は、小さくて、かすれていて。

 けれど、しっかりとした想いが宿っていた。


「……しずく」


「ねぇ、知ってる? 修学旅行のとき、ユウトくんが誰かと楽しそうにしてるの、見てたの」

「胸が苦しくて、ちょっとだけ泣いた」

「でも、それでも、嫌いになれなくて……」


 肩に触れる重みが、やけにリアルだった。


「だから、もう一度、勇気出して言うね。

好きだよ、ユウトくん。ちゃんと、“恋”として、好き」


 そして、彼女は何も言わずに立ち上がり、去っていった。


 俺はその背中を、言葉もなく見送るしかなかった。


 放課後。

 帰り道の角で、ことのが待っていた。


「ユウト先輩、やっぱり私、我慢できませんでした」


 彼女はぎゅっと両手を握りしめて、泣きそうな顔で、でも、まっすぐに立っていた。


「先輩のこと、大好きです。ずっと……ずっと、誰にも負けないって思ってた」


「でも、私が何もしなかったら、誰かに取られちゃう気がして。それが怖くて、今日も、明日も、きっと不安で……」


 彼女は一歩、俺に近づいてきた。


「だから、約束して。私のこと、忘れないって」


 ことのの手が、そっと俺のシャツの裾を握る。


「それだけでも、今はいいから」


 ……胸が、締めつけられた。


 誰かを選ぶことは、誰かを傷つけるってことなんだ。


 そう思った瞬間、自分の心が一歩も進んでいないことに、初めて気づいた。


 ◆◆◆


 その夜。

 机にノートを開いていた俺は、ふと顔を上げる。


 ふすまの向こうに、人の気配。

 音もなく、ドアがノックされた。


「……ユウト様。よろしいですか?」


 ドアの向こうから聞こえてきたのは、春日井メイの声だった。


「ご主人様に、今夜、お伝えすべきことがございます」

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