午後3時。
文化祭の模擬店エリアでも、とりわけ目立っていたのが……。
「ご主人様、おかえりなさいませっ♡」
という甘ったるい声とともに出迎える、学園公式メイドカフェ『神代亭』。
黒と白のフリル。
華やかなティーセット。
紅茶の香りと焼きたてスコーン。
ただのカフェじゃない。
ここは、“恋の戦場”だった。
「ユウト様、こちらの席をご用意いたしました」
案内してくれたのは、春日井メイ。
いつもと同じ、けれどほんの少しだけ丁寧な仕草。
俺のために準備していたのが伝わる、気遣いと心配りが、ひしひしと伝わってくる。
「……今日のあなたは少し、疲れて見えます。甘いもの、多めにしましょうか?」
そう言って差し出されたのは、レモンタルトとミルクティー。
俺の好みを、ちゃんと知っている。
「ありがとう、メイ」
「……どういたしまして。ご主人様」
その瞬間だけ、彼女の声がほんの少し震えた気がした。
しばらくして、制服姿で駆け寄ってきたのは、九条つぐみだった。
メイド服は着こなしているはずなのに、どこか“借り物”のように見える。
「ユウトさん……お水、持ってきました」
「ありがとう。……つぐみ先輩、似合ってるよ、その格好」
「……えっ」
耳まで真っ赤になって、うつむくつぐみ。
「……がんばって、選んだんです。ユウトさん、こっち見てくれたら、いいなって……」
彼女の小さな声は、紅茶に混じる湯気のように、儚く揺れていた。
店の奥では、鏡ヶ原つかさがコーヒーを淹れていた。
制服姿のまま、エプロンを軽く巻きつけただけ。
飾らず、けれど美しい所作が、逆に店の雰囲気を引き締めていた。
「ユウトくん、ちょっと来て」
「え? なにか手伝いでも?」
「違う。……ただ、顔が見たかった」
小さなカウンター越しに、彼女は俺だけに見える笑顔を見せる。
「ことのちゃんのこと、見てたよ。舞台、すごく綺麗だった」
「……ああ、俺も、そう思ったよ」
「でもね。メイド服だって、負けてないでしょ?」
そう言って彼女は、くるりと回ってスカートをひらりと揺らしてみせた。
ほんの少しだけ、子どもみたいな笑顔。
けれどその裏に、“選ばれることのないかもしれない不安”が透けて見える。
「……今はただのメイドだけど、いつか、“隣に立つ女の子”になれたらって、思ってる」
彼女はそう言って、カップに砂糖をひとさじ、落とした。
そこへ、金髪を揺らしながら、元気な声が飛び込んできた。
「はいはーい、お待たせっ☆ 一番人気、あかねちゃんの焼きそば風スコーンだよー!」
「焼きそば……スコーン……?」
「細けぇことは気にすんなって! うちの愛情たっぷりだからな?」
あかねはどこまでも明るくて、でも、ほんの一瞬だけ見せた視線の隙に、寂しそうなものが混じっていた。
「……なぁ、ユウト。どいつ選ぶにしても、さ。変に優しくすんなよ?」
「……え?」
「全部拾うような顔してっと、誰か本気で泣くぞ」
それは、あかねのことじゃなく、誰か、別の“誰か”のことを、言っていたのかもしれない。
夕暮れ。
客足が落ち着いた頃。
店の外で、メイがそっと俺のそばに立った。
「……今日のご主人様は、たくさんの笑顔を受け取っていましたね」
「……そう、かもな」
「その中で、どれが一番嬉しかったか、覚えていてください。想いは、比較できるものじゃありません。でも、“どれだけ心が動いたか”は、自分だけが知ってるはずです」
静かな、だけど真っ直ぐな言葉。
俺は、うなずくことしかできなかった。