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第11話 『メイドカフェ、揺れる心とおかわり自由』

 午後3時。

 文化祭の模擬店エリアでも、とりわけ目立っていたのが……。


「ご主人様、おかえりなさいませっ♡」

という甘ったるい声とともに出迎える、学園公式メイドカフェ『神代亭』。


 黒と白のフリル。

 華やかなティーセット。

 紅茶の香りと焼きたてスコーン。


 ただのカフェじゃない。

 ここは、“恋の戦場”だった。


「ユウト様、こちらの席をご用意いたしました」


 案内してくれたのは、春日井メイ。

 いつもと同じ、けれどほんの少しだけ丁寧な仕草。


 俺のために準備していたのが伝わる、気遣いと心配りが、ひしひしと伝わってくる。


「……今日のあなたは少し、疲れて見えます。甘いもの、多めにしましょうか?」


 そう言って差し出されたのは、レモンタルトとミルクティー。

 俺の好みを、ちゃんと知っている。


「ありがとう、メイ」


「……どういたしまして。ご主人様」


 その瞬間だけ、彼女の声がほんの少し震えた気がした。


 しばらくして、制服姿で駆け寄ってきたのは、九条つぐみだった。

 メイド服は着こなしているはずなのに、どこか“借り物”のように見える。


「ユウトさん……お水、持ってきました」


「ありがとう。……つぐみ先輩、似合ってるよ、その格好」


「……えっ」


 耳まで真っ赤になって、うつむくつぐみ。


「……がんばって、選んだんです。ユウトさん、こっち見てくれたら、いいなって……」


 彼女の小さな声は、紅茶に混じる湯気のように、儚く揺れていた。


 店の奥では、鏡ヶ原つかさがコーヒーを淹れていた。


 制服姿のまま、エプロンを軽く巻きつけただけ。

 飾らず、けれど美しい所作が、逆に店の雰囲気を引き締めていた。


「ユウトくん、ちょっと来て」


「え? なにか手伝いでも?」


「違う。……ただ、顔が見たかった」


 小さなカウンター越しに、彼女は俺だけに見える笑顔を見せる。


「ことのちゃんのこと、見てたよ。舞台、すごく綺麗だった」


「……ああ、俺も、そう思ったよ」


「でもね。メイド服だって、負けてないでしょ?」

 そう言って彼女は、くるりと回ってスカートをひらりと揺らしてみせた。


 ほんの少しだけ、子どもみたいな笑顔。

 けれどその裏に、“選ばれることのないかもしれない不安”が透けて見える。


「……今はただのメイドだけど、いつか、“隣に立つ女の子”になれたらって、思ってる」


 彼女はそう言って、カップに砂糖をひとさじ、落とした。


 そこへ、金髪を揺らしながら、元気な声が飛び込んできた。


「はいはーい、お待たせっ☆ 一番人気、あかねちゃんの焼きそば風スコーンだよー!」


「焼きそば……スコーン……?」


「細けぇことは気にすんなって! うちの愛情たっぷりだからな?」


 あかねはどこまでも明るくて、でも、ほんの一瞬だけ見せた視線の隙に、寂しそうなものが混じっていた。


「……なぁ、ユウト。どいつ選ぶにしても、さ。変に優しくすんなよ?」


「……え?」


「全部拾うような顔してっと、誰か本気で泣くぞ」


 それは、あかねのことじゃなく、誰か、別の“誰か”のことを、言っていたのかもしれない。


 夕暮れ。

 客足が落ち着いた頃。

 店の外で、メイがそっと俺のそばに立った。


「……今日のご主人様は、たくさんの笑顔を受け取っていましたね」


「……そう、かもな」


「その中で、どれが一番嬉しかったか、覚えていてください。想いは、比較できるものじゃありません。でも、“どれだけ心が動いたか”は、自分だけが知ってるはずです」


 静かな、だけど真っ直ぐな言葉。


 俺は、うなずくことしかできなかった。

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