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第12話 『初恋展示室。君といたあの午後へ』

「この部屋、あの頃と……同じ匂いがするでしょ?」


 文化祭の特別展示棟、その一室。


 中に入った瞬間、懐かしい匂いと音が全身を包んだ。

 ほんのり木の香りがする空間には、昔の遊具、写真、手紙、そして手作りのベンチが置かれていた。


「ようこそ、“記憶の部屋”へ」

 そう言ったのは、雪村アオイだった。


 壁には、色あせた写真が並んでいる。


 小さな公園の遊具。

 花壇に並んで立つ小学生の二人。

 泥だらけの服。

 泣きながら笑ってる顔。


「これ……」


「全部、うちの引っ越しのときに持っていったやつ。……勝手に持ってったまま、返せなかったから。今日、この形で返そうと思って」


 アオイは、少し恥ずかしそうに笑った。


「覚えてる? このとき」


 指差した写真の中で、俺は転んで膝をすりむいていた。

 アオイはその横で、俺の顔を拭いていた。


「泣くなって言いながら、自分も泣いてたんだよね。あんた」


 展示室の奥には、小さな机と椅子。

 その上に、封のされた“手紙”が置かれていた。


「これ、ユウトへの手紙。転校する前日に書いたやつ。……でも、結局、渡せなかった」


 封筒には、小さな“ひまわり”のシール。


「今さらだけど……今日、読んでくれる?」


 差し出された手紙は、震えていた。


 ──ユウトへ


 あなたがどこにいても、私の初恋はきっと、あなたのままです。

 もしもいつか、また会えたら、そのときは、友達じゃなく、ちゃんと“好きな人”として名前を呼ばせてください。


 雪村アオイより──


 読んでいるうちに、心が掴まれるような感覚がした。


 懐かしくて、温かくて、でも、どこか今の自分が遠ざかっていくような感覚。


 読み終えたあと、手紙を見つめる俺に、アオイが声をかけてくる。


「……今、あのときと同じ気持ちじゃないって、分かってる」


「えっ?」


「この部屋に、誰よりも先に来てほしかった。でも、どこかで分かってたの。ユウトの目が、もう“過去”を見てないって」


 アオイの目は、まっすぐだった。

 泣いていない。

 でも、それが余計に痛かった。


「それでも、言いたかったの。ちゃんと伝えて、置いていきたかった。私の“初恋”は、ここで終わらせるから」


 アオイは、そっと手紙を俺の胸に押し当てた。


「ありがとう、ユウト。好きでいさせてくれて、ありがとう」


 そして、彼女は歩き出した。


 振り返らず、静かに、でも確かに。


 ◆◆◆


 夕暮れの展示室で、ひとり。


 封筒をもう一度胸に当てて、目を閉じた。


(……過去は、終わった)


 懐かしさじゃなく、

 今、隣にいてくれた誰かに、心が動いていたことに気づいた。


 そして、そっと呟いた。


「アオイ……ありがとう。俺も、あの頃のままでいてくれて、嬉しかった」

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