文化祭、最終日。
講堂の照明が落とされ、ランタンの灯りが床に、天井に、優しい星空のように広がっていた。
ここは“星灯りのホール”。
文化祭の終幕を飾る、ダンスイベントが行われる場所。
教師公認、ペアは自由。
けれど、誰を誘うか、誰に誘われるか。
そのたった一回が、誰かの一年を決める。
「じゃあ、最後の曲が流れたら、踊っていいからねー」
アナウンスとともに、音楽が静かに流れ始める。
そして、俺の前に、順番に、ヒロインたちが現れた。
◆◆◆
最初に現れたのは、黒羽ことの。
「先輩。お願いです……」
目を合わせた瞬間、彼女の手が震えているのがわかった。
「一緒に、踊ってください。好きって、ちゃんと“言葉にした私”を、思い出にしないでほしくて」
ことのの笑顔は、少し泣きそうで、でも、ちゃんと前を向いていた。
次に来たのは、氷室しずく。
「……こういうの、苦手。でも、ずっと思ってた」
「誰かと踊るなら、ユウトくんがいいって」
ダンスの経験なんて、ない。
でも彼女は、そっと俺の手を握った。
「この手、しばらく離させてくれない?」
そのあとに現れたのは、春日井メイ。
「本来、メイドが主人と踊るなど、立場を弁えない行為です。
……けれど、今夜は、メイドではなく私として」
そう言った彼女の声は、普段の“完璧な敬語”ではなく、
どこか幼さの残る、素の少女の声だった。
「私、ユウト様が好きです。恋とか、恋愛とか、知らなかったけど。あなたと過ごして、知ってしまったんです」
講堂の隅では、九条つぐみが立っていた。
声はかけてこない。
でも、こちらをじっと見ている。
俺が近づくと、彼女は小さく首を横に振った。
「……私、ダンスとか、無理……です」
「でも、見てるだけで……胸がぎゅってなるのは、本当です」
「だから、ユウトさん。ちゃんと……幸せになってください」
彼女はそれだけ言って、小さく微笑んだ。
にぎやかに現れたのは、早乙女あかね。
「お前、選ばないとヤベーぞ、マジで」
「……でもまあ、誰選んでもうちが一番ってことで☆」
そう言って、手を振って去ろうとした。
けれどその背中が、少しだけ寂しそうだったのを、俺は見逃さなかった。
そして最後に現れたのは、鏡ヶ原つかさだった。
いつもより少し、髪が整っていて。
制服のリボンも、きっちり締めてあった。
「ユウトくん」
呼ばれて、顔を向けると、彼女は微笑んで、手を差し伸べてきた。
「ねぇ。最後の一曲くらい、付き合ってよ」
手を取ったとき、つかさはそっと囁いた。
「もし、今日、何も言ってくれなくてもいい。でも……“隣にいてほしい”って思ったら、呼んで」
◆◆◆
音楽が、静かに変わる。
最後の曲。
踊りの輪が広がっていく中で、俺は、今まで受け取ってきた“気持ちの総量”を、胸の奥で静かに並べていた。
好きと言われた日。
手を握られた日。
名前を呼ばれた声。
笑ってくれた瞳。
(……答えを出さなきゃいけない)
自分自身が、何を嬉しいと感じたのか。
誰といる時間を、いちばん大切に感じたのか。
それは……誰でもない、“俺自身だけが知っている答え”。
目を閉じて、静かに深呼吸をする。
「……よし」
目を開けて、名前を呼んだ。
「……〇〇」