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第13話 『星降るホールで、君と踊る夜』

 文化祭、最終日。


 講堂の照明が落とされ、ランタンの灯りが床に、天井に、優しい星空のように広がっていた。


 ここは“星灯りのホール”。

 文化祭の終幕を飾る、ダンスイベントが行われる場所。


 教師公認、ペアは自由。

 けれど、誰を誘うか、誰に誘われるか。

 そのたった一回が、誰かの一年を決める。


「じゃあ、最後の曲が流れたら、踊っていいからねー」


 アナウンスとともに、音楽が静かに流れ始める。


 そして、俺の前に、順番に、ヒロインたちが現れた。


 ◆◆◆


 最初に現れたのは、黒羽ことの。


「先輩。お願いです……」


 目を合わせた瞬間、彼女の手が震えているのがわかった。


「一緒に、踊ってください。好きって、ちゃんと“言葉にした私”を、思い出にしないでほしくて」


 ことのの笑顔は、少し泣きそうで、でも、ちゃんと前を向いていた。


 次に来たのは、氷室しずく。


「……こういうの、苦手。でも、ずっと思ってた」


「誰かと踊るなら、ユウトくんがいいって」


 ダンスの経験なんて、ない。

 でも彼女は、そっと俺の手を握った。


「この手、しばらく離させてくれない?」


 そのあとに現れたのは、春日井メイ。


「本来、メイドが主人と踊るなど、立場を弁えない行為です。

 ……けれど、今夜は、メイドではなく私として」


 そう言った彼女の声は、普段の“完璧な敬語”ではなく、

どこか幼さの残る、素の少女の声だった。


「私、ユウト様が好きです。恋とか、恋愛とか、知らなかったけど。あなたと過ごして、知ってしまったんです」


 講堂の隅では、九条つぐみが立っていた。


 声はかけてこない。

 でも、こちらをじっと見ている。


 俺が近づくと、彼女は小さく首を横に振った。


「……私、ダンスとか、無理……です」

「でも、見てるだけで……胸がぎゅってなるのは、本当です」

「だから、ユウトさん。ちゃんと……幸せになってください」


 彼女はそれだけ言って、小さく微笑んだ。


 にぎやかに現れたのは、早乙女あかね。


「お前、選ばないとヤベーぞ、マジで」


「……でもまあ、誰選んでもうちが一番ってことで☆」


 そう言って、手を振って去ろうとした。


 けれどその背中が、少しだけ寂しそうだったのを、俺は見逃さなかった。


 そして最後に現れたのは、鏡ヶ原つかさだった。


 いつもより少し、髪が整っていて。

 制服のリボンも、きっちり締めてあった。


「ユウトくん」


 呼ばれて、顔を向けると、彼女は微笑んで、手を差し伸べてきた。


「ねぇ。最後の一曲くらい、付き合ってよ」


 手を取ったとき、つかさはそっと囁いた。


「もし、今日、何も言ってくれなくてもいい。でも……“隣にいてほしい”って思ったら、呼んで」


 ◆◆◆


 音楽が、静かに変わる。


 最後の曲。


 踊りの輪が広がっていく中で、俺は、今まで受け取ってきた“気持ちの総量”を、胸の奥で静かに並べていた。


 好きと言われた日。

 手を握られた日。

 名前を呼ばれた声。

 笑ってくれた瞳。


(……答えを出さなきゃいけない)


 自分自身が、何を嬉しいと感じたのか。

 誰といる時間を、いちばん大切に感じたのか。


 それは……誰でもない、“俺自身だけが知っている答え”。


 目を閉じて、静かに深呼吸をする。


「……よし」


 目を開けて、名前を呼んだ。


「……〇〇」

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