二人で裸で抱き合って結局朝まで眠った。
シュバルツは先に目覚め、腕の中のリルを見つめて色々と思索する。
(やっちまったなぁ…。クロエにバレたら殺されんだろうなぁ…)
そもそも。リルがクロエに嘘をつけるのだろうか?もうその時点で望みが薄い。
どんなに何を考えても、自分が助かるコースが見つけられない。
更にそもそも。自分はリルを殺そうとした時点でクロエから許される筈がないのだ。
本来ならそこで殺されてるべきだった訳だが、恐らく長期で家を空ける為、世話係が必要だっただけだろう。
その用が済んだら殺されるってだけだったのだろうから、
生かされてる期間が短くなっただけだ。
…それに、何より清々しい程に後悔がない。
ならば自分の命の使い所は正しかったのだろう。
自分でも情けない位、クロエに対する復讐心も何もかも、スッキリ洗い流せた。
…何故なら…自分は…
胸に収める柔らかく温かいリルがむにゃむにゃと起き出した。
目を擦って、シュバルツを見上げてにこりと笑い、名を呼ぶ。
「しゅうちゃん…。おはよ…」
「ああ。おはよう。起きたか?」
「うん、リルおなかすいたの…」
「そろそろ…」
ガチャガチャと玄関の鍵が開く音がする。
リルはその音に反応してムクッと起き上がった。
「くぅちゃんだ!」
顔を輝かせて立ち上がり、リルはシュバルツの部屋から出ていった。
え?リルさん⁈と思う。
裸のまま出迎えるなよとか、お前速攻クロエの方行くのかよとか、色んな思いが駆け巡ったが一切体は動かなかった。
「ただいま〜リルリル〜♪」
「くぅちゃんおかえりなさい!」
「今日も可愛いね〜。逢いたかったよ〜リル〜。
…リルは、しゅうちゃんとえっちしたぁ〜?」
「うん!したよぉ〜!」
「そっかぁ〜。朝ご飯まだ?」
「うん。リルおなかすいたぁ〜」
「じゃあ、ご飯作るね〜」
「やったぁ〜!」
重要な情報が途中、普通にブッ込まれていたが、彼らの会話はやはり普通に続く。
シュバルツは青ざめ、状況が掴めないままその場に佇んだ。
やがてリルが部屋に入ってくる。
「しゅうちゃん!くぅちゃんがね、ごはんするから、しゅうちゃんにおきがえさせてもらっておいでって」
はぁ⁇と混乱しながらもリルの服を着せてやる。
その間もクロエの調理は続いているらしく、ベーコンの焼く香りが漂ってくる。
どうにもこの場は平穏に過ぎていくらしい。
自分の着替えも終えて、ダイニングに行くと、普通に自分の分も用意されていた。
これは生殺しか、もしくはリルのいない所で…という事なのだろう。
「じゃあ、食べよっか」
クロエが良い笑顔でリルに言う。
「はぁい。いただきまぁす」
クロエが帰ってきたので世話係はクロエに代わる。
クロエはシュバルツよりも世話を焼きたがるので、食べさせてやるレベルだ。
「はい、リル、あ〜ん」
「あ〜ん…んぐんぐ…」
馬鹿な新婚カップルより酷いいちゃつき具合で見てるだけで馬鹿馬鹿しくなる。
「くぅちゃんのごはん、おいしいね」
リルが朗らかに笑ってクロエに言う。
シュバルツはそれを見て、自分に対してよりもやはり警戒心も屈託もない事に気がつくと、少しチクリと胸が痛む。
そんな想いに何の意味があるんだ
と思い直す。
どうせ時期にクロエに殺されるんだから、その想いは無駄だ。
それに自分がリルにした事を数え上げれば、リルが屈託のない笑顔を向けてくれなくて当然でもあるのだ。
こんな想いは無意味だ。
さっさと食事を済ませ、自室に戻る。
「あ、俺、また夜出るから」
シュバルツの背中にクロエが投げる様に声をかけた。
シュバルツは振り返る。
こいつは馬鹿なのか?
自分の女と寝た男とまた二人きりにするのかとクロエを驚愕の目で見つめる。
クロエはそんなシュバルツを無視して、リルとのイチャイチャ新婚モドキの食事を続ける。
その様子から今何を言っても無駄なのだろうと悟り、一言わかったと伝えて部屋に戻る。
部屋に戻ってシュバルツは独りごちる。
「…何考えてんのか、全くわからん…」
やはりクロエもリルもシュバルツにとっては全く奇妙な連中だった。
二人の会話がひとしきりあって、笑い合っている間に、どうやらリルが眠りこけた様なので、そのタイミングでリビングに出る。
リルはソファの上でクロエに膝枕をしてもらって眠っていた。
日のよく当たるソファの上で気持ちよさそうだ。
「どういうつもりだ」
クロエに投げる様に言った。
「何が?」
「…俺がリルと寝たって知ってんだろ…」
「ああ、なんだ。で?それが?」
「それがって…、普通キレるだろう⁈自分の女に手ェ出されたんだぞ⁈」
クロエはリルの耳をふわりと塞ぐ。
「煩い。リルが起きる」
シュバルツはハッと気がつき口を紡ぐ。
問いかけに対する返事を待った。
クロエは溜息を吐く。
「お前は先ず、前提が間違ってる。リルが俺の女なんじゃない。俺がリルの男なんだよ」
「はぁ?何言ってんだ⁇こんな弱っちい女…」
「弱いからなんだ?リルの能力ちからがどんなに弱かろうが、俺がリルに惚れたんだよ。そりゃもう捨てないで下さいって縋り付くくらいには惚れた。それ以上でも以下でもない」
「は…はぁ⁈意味がわからん!」
「だから、声がでかい」
クロエは更に深い溜息を吐く。
「リルに俺の感情を押し付ける気なんかないんだよ。
リルは自由だ。何かに縛られて泣かせたい訳じゃないし笑顔を奪いたくもない。
リルがお前とヤってもいいと思ったんならそれでいいんだよ。無理矢理ヤったなら殺すけど。」
シュバルツはじっとクロエを睨む様に見据える。
クロエは句を更に重ねる。
「…魔界の能力主義なんてのは俺にとっちゃクソ喰らえだ。
強いからなんだ。お前、それで俺が偉く見えるか?見えないだろ?俺は俺より強いバラクダを偉いとは尊敬出来ない。切り倒せばいいと位は思ってる。
現魔王を偉いとも俺は思えないし、好色アスモデウスなんかは変態の極みだ。そんな奴らの仲間になりたくない。こいつらは俺より強いかもしれんが、従うなんてごめんだな」
クロエはリルを見下ろし、その髪を優しく撫ぜる。
「魔界の布いてるルールなんぞその程度のもんだ。そんなもんに俺もリルも縛られない」
シュバルツはそのクロエの言葉に固まる。
「…俺にはお前が何言ってんのか、わからん…」
そして背中を向けて、自分の部屋に戻っていった。
シュバルツは部屋で考える。
自分は、そのクロエのいう魔界の布いてるルールに従ってきた。
そもそも自分より強いやつはそうそういなかった。
だからこのルールで自分が虐げられる事はクロエが現れるまではなかった。
このルール上で集団を率いたし、このルールを前提にして生きてきた。
クロエも、そしてリルもそのルールからはみ出すと言う。
少なくともそう生きるらしい。
自分はどうなのだろう…
想像した事もなかったので考えが上手くまとまらない。
シュバルツはクロエが出て行く寸前まで一人グルグルと今までの事やこれからの自分の事を考えて出口のない思索に迷い込んでいた。