オレはとっさにベビーベッドの上に覆いかぶさると、父さんを見上げた。
「父さん……」
「大丈夫だ、ジャービット。旦那さま。室内に防護の強化魔法をかけてください」
「あ、ああ」
青い顔をしたファウスト辺境伯が部屋を魔法で強化した。
冷静な表情の父さんは、逆に怖い。
何かとてつもなく悪いことが起きているのだ。
オレは不安な気持ちでいっぱいになった。
リリアーナさまは何も分かっていない様子で、ふにゃふにゃと体をくねらせている。
「心配するな、ジャービット。お前とリリアーナは絶対に守る」
窓に向かって魔法をかけるファウスト辺境伯の力強い声に、オレはコクリと頷いた。
イリーナさまが心配そうに聞く。
「それで、リリアーナは……」
「お嬢さま……リリアーナさまの魔力量は、桁違いです。膨大すぎる。しかも死者使いなど、闇の魔法に関するスキルもあります」
「ええっ⁉」
跳ねるように振り返るファウスト辺境伯の声に重なるように、イリーナさまが落胆と絶望の入り混じった声で言う。
「ではリリアーナは闇使い……」
「いえ、違います」
父さんは食い気味に若い夫婦の心配を否定した。
「リリアーナさまは髪の色が示す通り、聖女の性質もお持ちです。闇使いなどではありません。闇魔法も使えるスキルをお持ちです。持ち過ぎなのです。こんなに魔力量が多くて、様々なスキルをお持ちの方を、私は初めて見ました」
「そんな……」
イリーナさまが絶句した。
持ちすぎていることの何が悪いんだろうか?
オレには分からない。
色々と出来ることがあるのなら、可能性が広がっていいことだらけのような気がするのに。
桁違いの魔力量もあって、聖なる力も闇の力も使えるのなら、リリアーナさまはヒーローになれるんじゃないのか?
オレは不思議に思いながら父さんを見つめていた。
父さんが気づかわしげな視線を外に向けて言う。
窓は開いたままだが、そこにはファウスト辺境伯のかけた魔法で壁が出来ている。
よほどのモノでなければ、入っては来られない。
実際、窓の外では鳥たちがパニックを起こしているようにドンドンとぶつかってくるばかりで、危なそうなモノは見えなかった。
でも心がざわつくような獣の遠吠えが聞こえる。
「月の森にいる魔獣たちが騒いでいます。何らかの対処をしないと。ここは襲われるでしょう」
月の森は、ファウスト辺境伯領に隣接している魔の森だ。
魔獣に瘴気、魔石や薬草など、脅威となる物と、危険を冒しても手に入れたい役立つ物が混在している。
その森を侵略者から守り、その森から王国を守るのが、ファウスト辺境伯家の役割だ。
だから代々、ファウスト辺境伯は優れた力を持った者が継いでいる。
赤い髪を持つ現在のファウスト辺境伯は魔力量が多い。
そして妻であるイリーナさまは、聖女としての力を持っている。
だからお嬢さまの持っている力が優れていても不思議はない。
「お嬢さまの魔力量は膨大で桁が違う。おそらく、先祖返りなのでしょう。しかも様々なスキルをお持ちだ。その気配は魔獣たちも感じていることでしょう。そして今ならば、幼く奪うのは簡単だと感じている」
室内の空気がグンッと重くなった。
「自分で自分の身を守ることができない赤子からなら、魔力であれ、スキルであれ、奪うことが出来る。そのことを、奴らは本能的に知っているのです」
「そんな……」
オレは父さんを見上げて絶句した。
ファウスト辺境伯夫妻は押し黙っている。
父さんの説明に、納得してしまったのだろう。
だからって、リリアーナさまを殺されてなるものか。
オレは両手を固く握って拳を作る。
グルグルと怒りは自分の中を回るが、対策は全く浮かばない。
知識も、知恵も、力もないオレに出来ることなど、あるだろうか?
「どうすれば……」
オレが父さんから指示をもらおうとしたその時。
防護の魔法が破られて、窓から魔獣たちが飛び込んできた。