「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
オレは思わず叫んだ。
窓はボロボロに砕け散り、背中に羽の生えた真っ黒でデカい魔獣が室内に飛び込んできたからだ。
一匹だけじゃない。
大小入り混じっているが、背中に羽の生えた魔獣が部屋の壁や天井に張り付いている。
「落ち着け、ジャービットっ。旦那さまが防御壁を魔法で作っているから、すぐには攻撃されないっ」
オレには見ることもできないし感じとることすら出来ないが、窓の外にかけていた魔法の防御壁を破られた瞬間、ファウスト辺境伯が内側に防御壁を張り直したらしい。
「私は今、お嬢さまの鑑定をしている。鑑定には、経験が必要だ。だが結果を読むだけなら、家令室にある魔法道具を使えばできる」
「え?」
「ちゃんと聞いて欲しい、ジャービット。鑑定結果はとても大切な情報だ。コレを他人に知られてはならない。秘密を守れるようになるまで、お嬢さま本人にも黙っていろ」
「父さん?」
父さんの表情は冷静なままだが、額には汗が浮いている。
銀縁眼鏡の奥にある黒い瞳は真剣そのものだ。
「ジャービット。私たちに何かあったら、お前がお嬢さまをお守りするのだ」
「何言って……父さん?」
ただならぬことは既に起きている。
オレはその真っただ中にいて、何か深刻なことを依頼されているのだ。
だがオレの中はグチャグチャで、ちっとも集中することができない。
壊れた窓がたてるガタガタという音と、魔獣の声や背筋が寒くなる気配。
現実のこととは思えない。
「家令の部屋の使い方は覚えてるな? いざとなったら、お前1人で使えるよう認証は済ませてある」
「いざとなったらって、どういうことだよ、父さんっ!」
「家令の部屋についたら、内側からしっかり鍵をかけて助けを待つんだ」
背後でイリーナさまの悲鳴があがった。
「きゃあ、来ないでっ!」
同時にピンクかがった淡い白の力の発動する気配がした。
「いけない! イリーナ!」
「奥さまっ! いま聖力を使っては……」
ファウスト辺境伯の声と父さんの声が重なるように響く。
イリーナさまの悲鳴と興奮した魔獣の叫び声が室内に轟いて。
オレの視界が赤で染まった。
「イリーナさまーっ!!!」
自分のものとは思えない叫び声を聞きながら、オレはガタガタと震えた。
産後で体の弱っていたイリーナさまが聖女の力を発動しようとして、興奮した魔獣に殺されたのだ。
さっきまでリリアーナさまが生まれた喜びに輝いていたイリーナさまは、血まみれでベッドの上に転がっている。
魔獣はその口にイリーナさまのどの部分か分からない体の一部を咥えて、クルリと首だけ動かしてこちらを見ていた。
「くそっ! よくもイリーナを!」
剣に魔力をまとわせてファウスト辺境伯が魔獣に飛び掛かる。
血の臭いに興奮した魔獣たちが、その体へと群がるように次から次へと飛び掛かっていくのが見えた。
「早くっ! お前は逃げろ!」
父さんが叫ぶ。
カゴの中で子猫はプルプルと震えている。
「ね……ねこ……子猫を連れていかなきゃ……」
「猫はいいっ! それよりも、お嬢さまを早くっ!」
ガタガタと震えてまともに動けないオレに、父さんは指示を出した。
ファウスト辺境伯に比べたら、父さんの魔力量は少ない。
「父さん?」
動きを止めた父さんの顔から視線を下にずらす。
そこには腹を貫いてこちら側に出てしまっている魔獣の鋭い爪が見えた。
爪の先に赤い血が滴っている。
この血は……父さんの?
「ジャービット……お嬢さまを連れて逃げろっ……はやくっ!」
怖い顔をした父さんが、オレに向かって指示を出す。
「行け……早く行けっ! ジャービット!!!」
銀縁眼鏡の奥にある黒い瞳には、力強いはっきりとした意志があった。
オレは跳ねるようにリリアーナさまをベビーベッドから抱き上げると、しっかりと抱きしめて駆けだす。
腕の中の温かな温もりだけを感じながら、家令の部屋を目指した。
扉を開け放ったままの奥さまの部屋からは、もう絶叫すら聞こえてはこなかった。