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第2話 「畑か、地獄か。」

「……畑を耕したいって、マジの話だったんすね。」


リュウがスーツの裾を整えながら、にやけ顔で健ちゃんを見た。


「俺、最初、メルヘン系の比喩かと思ったっすよ。“畑”=“再起の土壌”とかそういう感じかと」


健ちゃん――もとい刺青ダルマの健ちゃんは、胡坐をかいたまま、涙目でうなずいた。


「マジなんだ……もう、血を見るのも、ケジメつけるのも嫌だ……。トマト育ててえんだよ……!」


「なら、やるしかないっすね」


リュウが笑う。


「でも、こっからが本番っす。畑は平和だけど、そこに辿り着くまでの道は地獄すよ」


夜。


組の事務所の近くに停められたワゴン車の中には、パソコン数台とカップラーメンの匂い。


その中心に、完全に椅子と融合しているような男――ハルがいた。


「……ファイアウォール、紙かよ。侵入5秒」


彼の白い指が滑らかにキーボードを叩く。ヤクザ組織の内情、資金フロー、組長の愛人情報に至るまで、次々とモニターに表示されていく。


「ハルくん、さすがね。今日もお肌青白くて最高よ」


後部座席からまゆらがタピオカを吸いながら顔を出した。


「やめろ……そのテンション、CPU温度上がる……」


「でも、どう? 健ちゃんの退職、いけそう?」


「理論上は可能。ただし、組長は“抜けた奴は、顔写真を燃やした後に手配する”主義。あいつ、未だにファックス使ってるけど、やる時はガチだよ」


「ファックスか……レトロな殺意ね」


まゆらはくるりとサングラスを外し、ワゴン車の中で宣言した。


「健ちゃんを、明日の朝日と一緒に農地に立たせる。そのために、今夜が勝負よ」


23時。組事務所、裏口。


「おい、誰だテメエ!」


組員2人が飛び出してくる。


「ども〜! ヤクザの再就職をサポートする、“ヤ退くん”です♪」


まゆらが赤ジャージの裾をなびかせながら登場。


「テメエふざけてんのか!」


「ふざけてませんよぉ。ほら、これ。雇用契約の解除届、社労士印もバッチリ。もちろん、弁護士ドットコム監修♡」


そこに、リュウがスッと現れた。


「オッス。水嶋リュウです。元ナンバーワン、今は言葉のスペシャリストっす。で、今日は交渉に来ました。まずこの動画、ご覧ください」


タブレットを差し出すと、そこには組長の不倫旅行中の密会映像が。


「これ、奥さんに渡したくないでしょ? だったら健ちゃんの退職、快く受け入れてくれると嬉しいっす」


「てめえら、どこまで知ってやが――」


「あと、これもあります」


さらにタブレットを差し出す。そこには資金洗浄のルートが赤裸々に。


「続けます?」


「……ちっ、わかったよ……!」


早朝5時。


健ちゃんは、レンタル農地の前に立っていた。


「……俺、抜けられたのか……?」


「おめでとう、健ちゃん。これからは、トマトの世話だけすればいいんだよ」


まゆらがそっと手を握った。


「俺……ほんとに畑、耕していいんだな……?」


「うん、耕しな」


健ちゃんは泣いた。


派手な刺青の入った腕で、スコップを握りしめながら。


その背中を、赤ジャージのまゆらと、スーツ姿のリュウ、そして車内からひょっこり顔だけ出したハルが、静かに見送っていた。


「次は、どんな地獄の依頼が来るかなぁ♪」


その瞬間、スマホが鳴る。


「……新しい依頼よ。“この世界から退職したい”って」


「また面倒なやつ来たな」


まゆらがにやりと笑う。


「でも大好きよ、そういうの♡」

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