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第3話 「ランドセルに銃、9歳のCEO現る」

朝。獅堂まゆらはタピオカを吸いながら、爆音のアラームで目を覚ました。


いや、正確には「タピオカが喉に詰まって苦しんで起きた」と言うべきか。


「ゴッ、ゲホッ、ッッゴホ!……あっぶな……またタピオカに殺されるところだった……」


そのとき、赤ジャージのポケットに入れていた業務用スマホが震える。


新着メッセージ:

[差出人:しのぶちゃん(9)]

件名:退職代行に関するご依頼


本文:


「こんにちは。おでん屋『しのぶ庵』のCEO、しのぶです。次の依頼について至急ご相談したく、弊社にご来店ください。場所:東京都大田区×××−×−×。ランドセルの色はピンクです。お間違えなく!」

「……来たか、天使か悪魔か、ランドセルの爆弾娘」


まゆらはサングラスをかけ直し、カバンにタピオカを詰め込んで外に出た。


東京都大田区の住宅街に、ひっそりと佇む木造の小料理屋『しのぶ庵』。

のれんには「だし命」の文字と、なぜか「秘密結社」のマークのような刺繍。


中に入ると、カウンターの奥に、小さな背中が座っていた。


ランドセル。ピンク。

髪はおさげ。手にはクレヨンしんちゃんの湯のみ。

その中に入っていたのは、コーンポタージュ味のプロテインだった。


「来たわね、獅堂まゆら」


声は驚くほど大人びていた。小学生とは思えない冷静さ。表情も、完全に企業の重役。いや、帝王学を叩き込まれたおでんの女帝。


「はじめまして、獅堂まゆらさん。“ヤ退くん”の活動、楽しく拝見してます。刺青ダルマの件、鮮やかだったわ」


「9歳の言うセリフかそれ!? ていうか、誰に監視されてんのよ!?」


しのぶはピッとリモコンを操作した。


店内の壁一面に、まゆらたちの活動が記録された監視カメラ映像が映る。


「ひとつお願い。今度、わたしの“親”を辞めさせてほしいの」


「親……?」


「ええ。うちの“父親”ね。正確には、表の顔は“会社経営者”、裏の顔は“暴力団フロント企業の会長”」


まゆらの顔が一気に引き締まった。


「……なるほどね。つまり、おでん屋の看板娘からの依頼は、“反社のトップからの独立”ってわけか」


「そう。わたしの夢は、おでんと情報商材で世界を取ること。そのためには、裏のしがらみはいらない」


「すごいな……令和のマリー・アントワネットかよ」


同日夜、作戦会議。場所は、ハルの部屋(通称:引きこもり要塞)。


「……マジかよ、9歳が親を“退職”させたいって……」


ハルがポテチをこぼしながら言った。


「ターゲット、調べたけど、ヤバいよ。“紫雲会”の会長・大黒 譲二(おおぐろ・じょうじ)。警察より前に敵対組織が10以上、殺し屋に懸賞金までかけられてるレベル」


「その娘が……?」


「実の娘じゃない。養女。拾われたらしい。表向きは溺愛してるけど、実は……」


画面に映し出されたのは、児童相談所の極秘記録。

そこには、“極秘:薬物使用歴あり。児童への監視・洗脳の疑い”の文字。


「……9歳の子が、親から逃げたい理由、やっとわかった気がする」


リュウがソファの上で立ち上がる。


「任せろ、子供の味方にはなりたいんだよ。なんかこう、姪っ子がいる設定で行っていい?」


「演技がうるさいからやめて」


「ごめん」


数日後。


まゆら、リュウ、そしてハルの支援のもと、“退職代行”は開始された。


方法は、「しのぶちゃんが一時的に失踪」→「その代わりに退職通知書を本人宛に提出する」という強硬手段。


作戦コード:「愛なき親子丼を解体せよ」


場所は、組の経営する高級料亭。その中にある“VIP会議室”で、会長は今夜も重役連中を集めていた。


そこへ、突如現れた赤ジャージとスーツの二人。


「こんばんわ〜。“親”を退職させにきましたぁ!」


「……テメエ、どこの回しもんだ?」


「回しもんじゃないよ♡ こっち、娘さんからの“退職願い”で〜す」


まゆらが取り出したのは、しのぶちゃんの筆跡で書かれた書類。

内容はこうだった:


「父親という役職、心よりお疲れ様でした。これにて契約は解除とさせていただきます。

おでん屋しのぶ庵・CEO しのぶ(9)」

「ふざけるなアアアア!! 娘が俺を捨てる? ありえねえ! おい、あいつら殺――」


「その前に、これどうぞ」


リュウが差し出したタブレットに、映し出されるのは――


“児童保護の証拠映像・金融庁への告発文書・税務署の内部リークメール”


「おでんと一緒に、隠し金庫も煮込まれますけど?」


会長は沈黙した。


やがて、ふらりと立ち上がり、笑った。


「……そうか。あいつ、本気だったんだな」


翌朝。


小さな駅前の空き地で、しのぶはまゆらたちに頭を下げた。


「ありがとう。これで、あたしは自由よ」


「9歳が言うセリフかねえ……」


「これからは、わたしの夢を叶えるだけ。世界を、ダシで征服する」


「怖いよ!」


「まゆらさん。“ヤ退くん”のこと、これからも応援してるから。困ったらまた依頼するわ」


「……依頼って、何?」


しのぶは笑った。


「次は、“国”を退職したいの」



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