「国……辞めたいんスけど」
廊下の突き当たり、学年主任が咳き込む教室の奥に、黒いパーカーの少年が突如立っていた。
「え、君、なに言ってんの?」
クラスメイトがざわつく中、本人はお構いなしで、
「いや、マジで。俺、国民辞めて自由になりたいっす」
一同が無言になる。
ここは東京都心の私立高校、
だが、どうやら今、ただの高校ではないらしい。
獅堂まゆらは、仕事の合間にSNSを覗いていた。
“ヤ退くん”の依頼は増える一方、9歳のしのぶCEOからも「次は国を退職したい」と連絡があったばかり。
そんな時、事務所に突如、激しいノック音。
「獅堂さん、助けてください! 新しい依頼人がヤバすぎて…」
電話の向こうは、リュウだった。
「詳細を教えてくれ」
「とにかく、国民を辞めたい高校生が現れました。かなりヤバイです。CIA時代のスパイ活動で培った危険察知レベルでヤバイ」
「わかった。ハル、準備して!」
翌日。学校の屋上。
そこに立つのは、田島
彼の口から漏れたのは、意味不明かつ壮大すぎる「退職理由」だった。
「この国、マジでブラック企業すぎる。朝から晩まで洗脳教育、意味のないテスト、誰も幸せにならないシステム。俺、こんなの続けたくない」
「おい翔、やめろって」
教員が必死に説得するが、翔の瞳は燃えていた。
「国はさ、自分の人生の契約者じゃねえ。俺たちは奴隷だ」
まゆらは、かつてCIAで極秘工作をしていた経験を思い出した。
「国家」という巨大組織を相手にするのは、ヤクザ以上に危険。だが、依頼は依頼。
「翔くん、君の人生は君のものだ。ヤ退くん、出動!」
作戦会議では、リュウが厳しい表情で言った。
「この子、完全に洗脳から抜け出してる。でもな、国を辞めるなんて、革命レベルだ。危険なだけじゃ済まない。政治家、公安、あらゆる組織が動くぞ」
「でも、黙って見過ごせない。誰かが動かないと」
ハルがPC画面を指し示す。
「この子、ネットで“国民辞めたい”ムーブメントを拡散し始めてる。今や拡散力は国家の兵器と変わらない」
学校内では、翔の影響がじわじわと広がっていた。
「国民辞めたい」ステッカーが配布され、SNSでは「#国民辞めたい」がトレンド入り。
教師たちは必死に抑え込もうとするが、逆効果。
まゆらは翔と直接対話するため、学校へ潜入。
屋上で待つ彼に近づき、
「翔くん、なぜそこまで国を辞めたいの?」
「だって、国が俺たちの自由を奪ってる。法律、ルール、義務…全部強制でさ。俺はもっと自由になりたいんだよ」
まゆらは静かに頷いた。
「その気持ち、わかるよ。でも、自由ってのは単にルールを破ることじゃない。自分で選ぶこと。ヤ退くんは、“選べる自由”を守りたい」
翔の目に、一瞬の迷い。
「でも、どうやって?」
「一緒に戦おう。君の意思を形にするために」
そこへ突然、教員たちが突入。
「翔、連れて行くぞ!」
まゆらはすかさずリュウに合図。
「行くぞ、援護!」
屋上は一気に緊迫した空気に包まれる。
リュウの一言で場が変わる。
「この少年を止める理由は何だ? 法律か? 常識か? それとも、上からの命令か?」
教師たちは答えられずに黙った。
「自由は奪うものじゃなく、与えるものだ。俺たちは、君が自分で選ぶための道を作るだけだ」
まゆらが後ろからタピオカを取り出して、くいっと吸う。
「ほら、まずは一杯どう?」
緊張の瞬間に、場が少し和んだ。
数日後。
「国民辞めたい」運動は、あっという間にメディアに取り上げられた。
政治家は「少年の思想は危険」と批判するが、国民の心は揺れていた。
夜の事務所。
まゆらは窓の外を見ながら呟いた。
「国家だろうがヤクザだろうが、結局は“人間の鎖”を解きたいだけなんだよな」
リュウが頷く。
「この国がブラックなら、俺らがホワイトな道を作るしかない。たとえ火の中、水の中、血の海の中でもな」
ハルが静かに言った。
「……もう、引きこもりに戻りたい」
まゆらは笑った。
「ハル、それ言うなよ」