「退職代行“ヤ退くん”が社会問題に発展――厚生労働省は緊急対策本部を設置した」
テレビのニュース速報が事務所のモニターを占拠し、獅堂まゆらはタピオカを噛みながら呟いた。
「ついに国家も動き出したか」
「国家っていうか、霞ヶ関のブラックコート軍団だな」
元ホストのリュウが片手を口元にやり、ニヤリと笑う。
「どんなヤツが来ると思う?」
「…絶対、冷たい奴よ」
その時、ドアの向こうで重い足音が響いた。
「失礼します」
黒光りするスーツに身を包み、金縁のメガネが冷気を放つ男が入ってきた。
「厚生労働省・裏組織“雇用維持局”より参りました、霞ヶ関
42歳。無表情。彼の存在はまるで冬の嵐のように重苦しい。
「国家の安定は“働かせること”にある。退職など許されないのだ」
冷人はタブレットを操作しながら続ける。
「退職代行が増えれば、労働人口は減少。社会保障費の負担は増し、経済は崩壊する。私たちはそれを食い止めなければならない」
「そうですか。じゃあ、うちはあなたたちの敵ってわけね」
まゆらは赤ジャージの袖をまくり、指を鳴らす。
「戦うなら、受けて立つわ」
冷人の無表情が一瞬だけゆがんだ。
「あの……」
「ま、まゆらさん……怖いです……」
その時、しのぶがひょこっと顔を出した。
「国の人って、こういう黒いスーツ着てるの?」
冷人はビクッとし、金縁メガネの奥で青ざめる。
「な、なぜあなたがここに……?」
「私はこのおでん屋の看板娘、9歳CEOのしのぶ。怖い人が来ると怖い顔で睨むよ」
まゆらがニヤリと笑う。
「霞ヶ関さん、私たちは退職希望者の命を預かってる。無理に働かせるのは、もう古い価値観よ」
「あなたたちの存在は、国家の枠組みを壊しかねない」
「だからこそ、変えなきゃいけないのよ」
その夜、冷人は自室でタブレットに目を凝らした。
「彼女たちの“退職”が国家を揺るがす」
膨大なデータ、法の抜け穴、失業保険の凍結措置。
「だが、合法的に潰す。あらゆる手段で、奴らの希望を砕く」
その時、画面の隅に小さなメッセージが現れた。
「しのぶちゃん、また睨まれちゃったね♡」
冷人の手が震えた。
「な、なんだこれは…!」
翌日、まゆらチームは情報を共有していた。
「厚労省が動き出した。霞ヶ関冷人ってエリート官僚が私たちを潰しに来てるらしい」
リュウは眉をひそめた。
「合法の範囲内で叩いてくるってことか。面倒だな」
ハルは静かに画面をスクロールしながら言った。
「失業保険凍結とか、法の抜け穴で追い詰められる人も増える。俺たちの仕事がもっと難しくなるな」
まゆらはタピオカをすすりながら強く言った。
「だからこそ、私たちは強くならなきゃ。理不尽を跳ね返して、人生をリセットする権利を守るの」
一方、霞ヶ関冷人は思い詰めていた。
「情熱も下克上も許されない、この世界で……あの9歳に負けるわけにはいかない」
彼の背後に映るのは、霞ヶ関の高層ビル群と、冷たい夜の東京の街灯りだった。