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第6話 「冷徹官僚、霞ヶ関の影」

「退職代行“ヤ退くん”が社会問題に発展――厚生労働省は緊急対策本部を設置した」


テレビのニュース速報が事務所のモニターを占拠し、獅堂まゆらはタピオカを噛みながら呟いた。


「ついに国家も動き出したか」


「国家っていうか、霞ヶ関のブラックコート軍団だな」


元ホストのリュウが片手を口元にやり、ニヤリと笑う。


「どんなヤツが来ると思う?」


「…絶対、冷たい奴よ」


その時、ドアの向こうで重い足音が響いた。


「失礼します」


黒光りするスーツに身を包み、金縁のメガネが冷気を放つ男が入ってきた。


「厚生労働省・裏組織“雇用維持局”より参りました、霞ヶ関 冷人かすみがせき れいじんです」


42歳。無表情。彼の存在はまるで冬の嵐のように重苦しい。


「国家の安定は“働かせること”にある。退職など許されないのだ」


冷人はタブレットを操作しながら続ける。


「退職代行が増えれば、労働人口は減少。社会保障費の負担は増し、経済は崩壊する。私たちはそれを食い止めなければならない」


「そうですか。じゃあ、うちはあなたたちの敵ってわけね」


まゆらは赤ジャージの袖をまくり、指を鳴らす。


「戦うなら、受けて立つわ」


冷人の無表情が一瞬だけゆがんだ。


「あの……」


「ま、まゆらさん……怖いです……」


その時、しのぶがひょこっと顔を出した。


「国の人って、こういう黒いスーツ着てるの?」


冷人はビクッとし、金縁メガネの奥で青ざめる。


「な、なぜあなたがここに……?」


「私はこのおでん屋の看板娘、9歳CEOのしのぶ。怖い人が来ると怖い顔で睨むよ」


まゆらがニヤリと笑う。


「霞ヶ関さん、私たちは退職希望者の命を預かってる。無理に働かせるのは、もう古い価値観よ」


「あなたたちの存在は、国家の枠組みを壊しかねない」


「だからこそ、変えなきゃいけないのよ」


その夜、冷人は自室でタブレットに目を凝らした。


「彼女たちの“退職”が国家を揺るがす」


膨大なデータ、法の抜け穴、失業保険の凍結措置。


「だが、合法的に潰す。あらゆる手段で、奴らの希望を砕く」


その時、画面の隅に小さなメッセージが現れた。


「しのぶちゃん、また睨まれちゃったね♡」


冷人の手が震えた。


「な、なんだこれは…!」


翌日、まゆらチームは情報を共有していた。


「厚労省が動き出した。霞ヶ関冷人ってエリート官僚が私たちを潰しに来てるらしい」


リュウは眉をひそめた。


「合法の範囲内で叩いてくるってことか。面倒だな」


ハルは静かに画面をスクロールしながら言った。


「失業保険凍結とか、法の抜け穴で追い詰められる人も増える。俺たちの仕事がもっと難しくなるな」


まゆらはタピオカをすすりながら強く言った。


「だからこそ、私たちは強くならなきゃ。理不尽を跳ね返して、人生をリセットする権利を守るの」


一方、霞ヶ関冷人は思い詰めていた。


「情熱も下克上も許されない、この世界で……あの9歳に負けるわけにはいかない」


彼の背後に映るのは、霞ヶ関の高層ビル群と、冷たい夜の東京の街灯りだった。



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