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第8話 「灯火の中で紡がれる想い」

夜の秘密基地──薄明かりに照らされたコンクリート壁には、かつての依頼者たちの笑顔と涙が貼られている。獅堂まゆらは、その前に立ち尽くしていた。


「──みんな、ここで救われたはずなのに、私自身は何を守れているんだろう」


彼女の胸に浮かぶのは、かつて地下アイドルとしてステージに立った日のこと。客席に飛んできた水玉模様のタオル、ひとつずつ増えていった推しマーク。それがいつの間にか、ヤクザや国家の闇に変わっていった。歌うことをやめてからも、「声」は消えず、アウトローの交渉人となった。だが今、タピオカを呑み込むたびに、胸の奥がぎりぎりと痛む。


リュウ(本名:水嶋隆之)は、隅のソファで煙のように漂う電子タバコの白い雲を眺めていた。


「まゆら、あんた、最近弱ってるね」


彼はかつて六本木でナンバーワンホストだった。声ひとつで女たちの涙と笑顔を自在に操った。《言葉の魔術師》と呼ばれた男。しかし、その裏では、自分の「本当の言葉」を見失っていた。真実より演技、感情よりパフォーマンス──それに気づいたとき、ホストクラブを飛び出し、ここにたどり着いた。


「俺も……やっと言葉の意味を取り戻しつつあるところだよ」


リュウはタバコを消し、まゆらの隣に腰を下ろした。仕事の合間にも、いつか本気の恋愛をして、自分の声で愛を伝えたいと思っている。


ハル(本名:八代春人)は、壁一面のモニタに向かって無言で指を動かす。彼の周囲には、カップ麺の山、高カロリー菓子、そしてもう一本の予備パーカーが。現実世界に疲れ、「電脳の抜け道」でしか生きられない天才ハッカー。しかしその目には、救われた依頼者たちの幸せな写真も映っている。


「俺は……あの頃の自分を、少しずつ許せる気がしてる」


かつていじめられ、学校にも会社にも居場所がなかった。ネットの中でしか――「俺」を肯定してくれる場所はなかった。だが今、ここにいる仲間と、未来を取り戻す戦いをしている自分を、彼は少しだけ誇らしく思い始めていた。


しのぶちゃん──9歳の看板娘CEO。無垢な顔の奥に眠るのは、怖ろしい知性と覚悟だ。


「わたし……本当は、友達と駆け回りたい。お絵かきも、おしゃべりも、普通の“子ども”として過ごしたかった」


その胸の内を、誰も知らない。おでん屋の裏でデータを操り、国家の監視すら震え上がらせる「小さな黒幕」。だが、彼女の瞳に浮かぶのは“普通の幸せ”への渇望。養女としての過去、児童相談所の記録、薬物の痕跡──すべてを乗り越えて「自分の人生を取り戻す」ための、冷徹な作戦だった。


そのとき、扉が静かに開き、元CIAスパイのジョン田中が入ってきた。下駄の音が響く。


「皆、集まってくれ。重大な情報だ」


ジョンはかつて日本の温泉を愛し、策略の限りを尽くした男。今は「退職代行界の参謀」を自認し、証拠映像と法的資料を抱えている。


「霞ヶ関冷人が、合法圧力の次に仕掛けるのは――“退職代理人資格法”だ。つまり、登録されていない者は一切退職代行ができなくなる」


チーム全員の表情が凍りつく。公式資格とは名ばかりの「天下り先利権」を生み出す法案。成立すれば、ヤ退くんは“違法業者”にされ、全員逮捕の危険すらある。


まゆらは瞳を閉じ、深く息をついた。


「でも……でも、私たちの声が届く場所は、ここだけじゃない。現場で泣いている人たちの声を、誰が代弁するの?」


手をギュッと握りしめる。皮の質感と、かすかな震え。そこに、かつてステージに立った自分の決意がある。


「立ち上がるわよ、皆で。私たちの声を、法律の声に変えて見せる」


夜更け。秘密基地の一角で行われた小さな集会。まゆらは箸を握りしめ、


「霞ヶ関には、私たちの“データ”と“物語”をぶつける。失業保険を凍結された人のリアル、合法圧力に泣かされた家族の叫び。あれが“社会の声”よ」


しのぶちゃんがスマホを取り出し、にっこり笑った。


「わたしが、世界中のおでん屋に映像を流す。みんなの声、全部つなげるの。楽しいおでんパーティみたいに♡」


ジョン田中がうなずく。


「SNSもテレビも新聞も巻き込める。政府の情報統制をくぐり抜ける方法、俺が知ってる」


リュウはグラスを掲げた。


「言葉の力で、政令をねじ伏せてやるぜ」


ハルは静かに笑い、


「俺はシステムの裏口を開ける。資格法が来ても、回避ルートは必ずある」


それぞれの想いがひとつに結ばれ、秘密基地には静かな熱気が漂った。


翌朝。霞ヶ関ビルの地下、巨大ディスプレイの前。冷人が部下に詰め寄る。


「奴らの動きが激しすぎる……なぜ、あんなに結束できるんだ!」


部下のひとりが震えながら答える。


「まさか、9歳のCEOが……?」


冷人の表情が鋭く歪む。心臓の奥で、かすかな動揺が走る。


「…くそっ、次の手を打つ!」

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