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第9話 「冷人の影──裏切りと覚醒の序曲」

霞ヶ関ビルの最上階、夜も深まる頃。

黒のスーツに身を包んだ男がタブレットを睨みつけていた。金縁のメガネが室内灯の反射でぎらりと光る。

「霞ヶ関 冷人」──厚生労働省の裏組織「雇用維持局」のエリート官僚だ。今夜も国家の秩序を守るべく、冷徹な決断を下す使命に身を捧げていた。


「…まゆらたちの動きは目立ちすぎる。退職代行の不正利用を防ぐ名目で、資格法案は必ず成立させる」


彼はタブレットに映るニュース記事をなぞる。

「退職代行急増が労働市場に及ぼす影響」「若者の労働意欲低下懸念」――すべては数字であり、数字は裏切らない。


だがその背後には、誰にも知られていない影があった。

冷人の脳裏に浮かぶ幼い日の記憶。霞ヶ関官僚家系に生まれ、完璧なエリート道を歩むはずだった少年。しかし父親の異常な期待は彼を追い詰めた。


「お前が国家の柱になるんだ。感情なんて捨てろ」

父の言葉は、冷人の心に氷を張った。


だが、そんな父は突然の病で倒れた。

「俺は…俺は、こんな生き方で本当にいいのか?」

葛藤にさいなまれながらも、冷人は冷静に国家のための戦いを選んだ。


その夜、冷人の部屋のドアが軽くノックされる。

部下の杉本が入ってきた。


「冷人さん、先ほどの件です…」


「話せ」


「まゆらの元ホスト、リュウの動きが活発化しています。彼、意外な情報網を持っているらしい」


冷人は薄く唇を引き結んだ。


「リュウか…彼の過去は知られていないが、使えるなら使え。だが足元をすくわれるな」


杉本は一瞬ためらったが、


「それと…冷人さん、ご自身の健康面も無理はなさらぬよう」


そう言って去っていった。冷人の額に小さな汗が滲む。


同時刻、秘密基地のリュウはスマホの画面をじっと見つめていた。

過去のホストクラブの仲間から送られてきたメッセージには、知られざる情報が記されていた。


「霞ヶ関は俺たちの足元を見ている。監視も始まった」


リュウは苦笑いを浮かべ、


「ほら、こういう緊張感こそ俺の燃料だ。もっと燃やしてやるぜ」


彼の目はかつての煌めきを取り戻していた。

リュウにとって、闘いはただのビジネスではない。

「言葉」で世界を変えるための、命懸けのステージだ。


その頃、まゆらはしのぶちゃんと共に新たな作戦会議をしていた。


「まゆらちゃん…霞ヶ関冷人、あの人って…本当はとても複雑な人なのかな?」


しのぶちゃんがスマホを操作しながらつぶやく。


「ええ。彼の冷酷さは、強い理想の裏返しよ。だけど、その理想は家族の呪縛でもある。わたし、彼の弱さを知ってる。だからこそ止めたい」


まゆらは目を閉じ、決意を固めた。


「じゃあ、私たちも“人間の弱さ”を武器にしよう。彼が触れられない“感情”をぶつけて、彼のロボットみたいな心を揺さぶるのよ」


ハルはカフェの片隅でコードを叩きながら言った。


「霞ヶ関は統計と制度の中に生きている。だが俺たちは“生身”の声を持ってる。彼が見落としているものを突くんだ」


ハルの指がキーボードを滑る。画面に浮かぶのは、霞ヶ関の過去の公文書と異常な健康診断記録。


「病気……。彼だって完璧じゃない」


そして、ジョン田中はスーツの胸ポケットから小さな写真を取り出した。

そこには若き日の冷人が映っていた。笑顔はわずかに硬いが、確かに“人間らしい輝き”があった。


「冷人さん、君の心にもう一度火を灯してやる」


そうつぶやき、彼は次の作戦の準備に取り掛かるのだった。


夜の闇が深まる中、それぞれの想いと過去が絡み合い、戦いの舞台は静かに熱を帯びていく。

霞ヶ関冷人の冷たい仮面の下に隠された「人間らしさ」と、まゆらたちの熱い感情がぶつかり合う──。



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