霞ヶ関ビルの最上階、夜も深まる頃。
黒のスーツに身を包んだ男がタブレットを睨みつけていた。金縁のメガネが室内灯の反射でぎらりと光る。
「霞ヶ関 冷人」──厚生労働省の裏組織「雇用維持局」のエリート官僚だ。今夜も国家の秩序を守るべく、冷徹な決断を下す使命に身を捧げていた。
「…まゆらたちの動きは目立ちすぎる。退職代行の不正利用を防ぐ名目で、資格法案は必ず成立させる」
彼はタブレットに映るニュース記事をなぞる。
「退職代行急増が労働市場に及ぼす影響」「若者の労働意欲低下懸念」――すべては数字であり、数字は裏切らない。
だがその背後には、誰にも知られていない影があった。
冷人の脳裏に浮かぶ幼い日の記憶。霞ヶ関官僚家系に生まれ、完璧なエリート道を歩むはずだった少年。しかし父親の異常な期待は彼を追い詰めた。
「お前が国家の柱になるんだ。感情なんて捨てろ」
父の言葉は、冷人の心に氷を張った。
だが、そんな父は突然の病で倒れた。
「俺は…俺は、こんな生き方で本当にいいのか?」
葛藤にさいなまれながらも、冷人は冷静に国家のための戦いを選んだ。
その夜、冷人の部屋のドアが軽くノックされる。
部下の杉本が入ってきた。
「冷人さん、先ほどの件です…」
「話せ」
「まゆらの元ホスト、リュウの動きが活発化しています。彼、意外な情報網を持っているらしい」
冷人は薄く唇を引き結んだ。
「リュウか…彼の過去は知られていないが、使えるなら使え。だが足元をすくわれるな」
杉本は一瞬ためらったが、
「それと…冷人さん、ご自身の健康面も無理はなさらぬよう」
そう言って去っていった。冷人の額に小さな汗が滲む。
同時刻、秘密基地のリュウはスマホの画面をじっと見つめていた。
過去のホストクラブの仲間から送られてきたメッセージには、知られざる情報が記されていた。
「霞ヶ関は俺たちの足元を見ている。監視も始まった」
リュウは苦笑いを浮かべ、
「ほら、こういう緊張感こそ俺の燃料だ。もっと燃やしてやるぜ」
彼の目はかつての煌めきを取り戻していた。
リュウにとって、闘いはただのビジネスではない。
「言葉」で世界を変えるための、命懸けのステージだ。
その頃、まゆらはしのぶちゃんと共に新たな作戦会議をしていた。
「まゆらちゃん…霞ヶ関冷人、あの人って…本当はとても複雑な人なのかな?」
しのぶちゃんがスマホを操作しながらつぶやく。
「ええ。彼の冷酷さは、強い理想の裏返しよ。だけど、その理想は家族の呪縛でもある。わたし、彼の弱さを知ってる。だからこそ止めたい」
まゆらは目を閉じ、決意を固めた。
「じゃあ、私たちも“人間の弱さ”を武器にしよう。彼が触れられない“感情”をぶつけて、彼のロボットみたいな心を揺さぶるのよ」
ハルはカフェの片隅でコードを叩きながら言った。
「霞ヶ関は統計と制度の中に生きている。だが俺たちは“生身”の声を持ってる。彼が見落としているものを突くんだ」
ハルの指がキーボードを滑る。画面に浮かぶのは、霞ヶ関の過去の公文書と異常な健康診断記録。
「病気……。彼だって完璧じゃない」
そして、ジョン田中はスーツの胸ポケットから小さな写真を取り出した。
そこには若き日の冷人が映っていた。笑顔はわずかに硬いが、確かに“人間らしい輝き”があった。
「冷人さん、君の心にもう一度火を灯してやる」
そうつぶやき、彼は次の作戦の準備に取り掛かるのだった。
夜の闇が深まる中、それぞれの想いと過去が絡み合い、戦いの舞台は静かに熱を帯びていく。
霞ヶ関冷人の冷たい仮面の下に隠された「人間らしさ」と、まゆらたちの熱い感情がぶつかり合う──。