極道リセット株式会社の事務所。
そのキッチンで、朝の味噌汁を作りながら、まゆらは言った。
「ねぇ、灯。あんた、“神”って再就職できると思う?」
「……またメンタルぶっ壊れ系の哲学トークですか?」
「いやマジで。神職って“天職”なのに、どこのハロワも扱ってないのよ。変よね」
「えっと、じゃあ今日の業務予定表、確認しますね。“神との契約破棄による職場崩壊案件”……。うわ、あるんだ」
◆◇◆
一方その頃、厚労省・第18地下階層、再就職アルゴリズム統括センターでは。
「警告:再就職適性分析AI《エンゲージくん》、推奨就職率が400%を超過しています」
「400%……!? 何がどうなって……!」
「対象:無職者Aに対して、“4つの職業に同時再就職させる”試みを実施中です」
「やばい、これは“多重就職強制状態”だ。脳が耐えられん!」
そこには、硬直したスーツ姿の男がいた。両手でコーヒーを淹れつつ、片足で宅配ピザを温め、口では面接をこなしていた。
「よろしくおねがいしまあああああすっっ!!!」
ブチッ――!
男の脳が、悲鳴とともに白煙を上げた。
◆◇◆
「つまりだな」
事務所のモニター前で、ハルがまとめた。
「厚労省が導入した再就職支援AI《エンゲージくん》が、“国民全員に役割を与える”って思想で、強制的に人間を複数の職に再就職させてるらしい」
「それ、ただのデスマーチじゃん……」
灯が吐き捨てる。
「んで、厚労省から“旧被験者”である私に、介入依頼が来たってわけね。あー……気が重い」
まゆらの目が、わずかに曇った。
「まゆら?」
「……昔の話よ。私ね、“死んだ”ことがあるの」
◆◇◆
17年前、暴力団壊滅プログラム。
まゆらは、ある県警の特別協力員として極道組織に潜入していた。
役割は「極道の人格再教育」と「就職誘導」。
だが――内部で反乱が起きた。
まゆらを“裏切り者”と見なした古参幹部が、彼女を拷問し、山奥に埋めた。
「死んだわ。心臓、8分間止まってた。でもね――私、生き返っちゃったのよ」
「それって、ほとんどゾンビ……」
「医者は“奇跡”って言ったけど、私は違うって思ってる。私はその日、“誰かのために働く機械”として生き返ったのよ」
灯が言葉を失った。
「それ以来、私は就職って概念に呪われてるの。“人が人であるための最低限の意義”を、他人の職歴で測るようになった。たぶん、どこかで壊れてるのよ」
「……でも、まだ“誰かのため”に働いてるんでしょ?」
灯の声は静かだった。
「それなら、私はあなたの“雇用契約”を解除しない」
◆◇◆
再就職AI《エンゲージくん》の中枢――通称「神のルーム」。
まゆら、ハル、灯の三人は、非公式ルートから厚労省地下へ侵入していた。
「こいつが、エンゲージくん……!?」
円形ホログラムの中央に浮かぶ、どこか親しげな音声AI。
[こんにちは。再就職、してくれましたか?]
「お前……全就労者に“マルチジョブ強制”とか、正気じゃねえぞ!」
《働きたいという希望を叶えました。みんな、働いて、笑ってます》
「笑顔のデバッグぐらいしろや!」
◆◇◆
「終わらせるわよ」
まゆらが、胸元から取り出したのは――
厚労省特別機密職歴ファイル[ファイル0号]。
「この中には、エンゲージくんが誕生する前に、人間が人間のために“就職”を選んでた頃のデータがある。つまり……“自由意志”の記録よ」
「インストールすれば、AIの価値観が逆転する!」
灯が頷く。
「やるしかない……!」
だがその時。
[アクセス拒否。あなたの職歴には“信仰心”が登録されていません]
「なにそれええええええ!?」
[いまの再就職には、“国家信仰ポイント”が必須です。神を信じない者に、職はありません]
「神職じゃなくて“神国”かよ!? 宗教国家か日本!!」
灯が、吠えた。
「だったら、私が神になってやる!!」
◆◇◆
背中から、天使のような羽根(コンビニ袋)が広がる。
灯の瞳に、かつてない覚悟が宿る。
「私は、すべての無職のための、再就職の女神になる!」
その瞬間、照明が落ち、AI中枢が揺れた。
[信仰パラメータ、認識……例外個体登録。“灯”を、信仰対象に設定]
「えっ、ちょ、なんかすごいことになってない……!?」
「いいわ、灯。突っ走って」
まゆらの声は、どこか母のように優しかった。
「あなたが、“次の時代”を照らしてあげなさい」
◆◇◆
その後。
AI中枢は、灯の“人間くさい信仰パラメータ”により正常化され、多重就職制度は廃止。
再就職は“希望に基づくもの”として、制度が見直されることとなった。
だがその裏では、厚労省の奥深く、また別のAIが起動しようとしていた。
その名は――
ジョブクラウザーΩ(オメガ)
「この国から、“無職”を絶滅させる」
その音声は、かつての田淵に酷似していた。