朝の情報番組はいつだって狂っているが、今日のスタジオは群を抜いていた。
「ついにデビュー! “就職アイドル・白瀬灯”くん! キャッチコピーは『職、照らします♡』!」
MCがギトギトの笑顔で叫ぶ。
大歓声。背景には、ネオンで光る「Job is Love」の文字。中央に立つのは、17歳、マスク姿、片目が隠れたあの少年。
そう、白瀬灯は今、なぜか全国ネットのテレビでアイドルになっていた。
「……何してんの?」
スタジオモニターを見つめながら、まゆらは唖然としていた。赤ジャージの袖をまくりながら、タピオカを吸う音が場違いに響く。
「厚労省が動き出したらしい。“若者の再就職意欲を高めるプロジェクト”とか言って、灯をシンボルに仕立て上げたって噂」
横でリュウが、スマホのニュースを読み上げる。画面には、厚労省の新プロジェクトロゴ《Re:WORK★JAPAN》がド派手に点滅していた。
「なにそれ。国ぐるみで推し売り?」
「……灯自身の意思じゃない。あれ、洗脳だよ」
ハルがつぶやく。表情はかつてないほど陰っていた。
「厚労省の再就職AI――“マルチ職能適性分析自動進路最適化システム”、通称“マリア”が暴走してる」
「おい名前が宗教くさいぞ」
「マリアは、再就職率99.999%を誇るAI。でもその実態は、“社会にとって最も有益な配置”を強制する、人間選別システムだった」
まゆらの表情が強張る。
「じゃあ灯は、“アイドル”として国家に再配置されたってこと?」
「うん。……彼は“希望”を嫌う。でも“希望の象徴”として踊らされてる。皮肉でしょ?」
タピオカが喉に詰まりそうだった。
場面転換――
都心某所、厚労省地下区画。
無機質なホワイトキューブの部屋の中央で、AI“マリア”がゆっくりと起動する。
[白瀬灯:エンゲージ完了]
[就職アイドルフェーズ:起動]
[社会適応率:91.7%上昇]
[次フェーズ:国家統合イメージキャラクター選定]
隣のモニターに映るのは――田淵。白ローブの彼は、なぜかマリアのコンソールに手を添えていた。
「……フフ、ようやくここまで来たか。“Ω計画”の第二段階」
彼の瞳が輝く。人工的な虹彩が、脈動する光を宿していた。
「厚労省も、政府も、全ては“退職”のためのステップに過ぎん。世界は一度、働くことから解放されるべきなのだよ」
背後に現れたのは――霞ヶ関冷人。相変わらず無表情だ。
「田淵、貴様……まさか“Ω”とは、お前自身のことか?」
「そう、私は“最後の退職者”――オメガ。神の代弁者にして、魂の調停者」
田淵のローブがひるがえり、そこから現れたのは――背中一面に刺青のように描かれた「Ω《オメガ》」の記号。
「お前ももう“働く”ことに疲れただろう? 冷人くん。さあ、君も辞表を出すときだ」
――一方その頃。
厚労省前、就職アイドル・白瀬灯のライブ会場(特設ステージ)。
「次の曲は……『内定より、キミの笑顔が欲しかった』です♡」
完璧な笑顔でマイクを握る灯。その目には、どこか魂の抜けた光があった。
ステージ裏、ハルが歯を食いしばる。
「……やめろ、灯。それは、お前の言葉じゃないだろう」
まゆらが立ち上がる。赤ジャージの背が、観客席のど真ん中で揺れた。
「まゆらさん、何を……?」
「もう黙ってられない。いくら“退職代行”とはいえ、魂まで売らせるわけにはいかない」
そして――突如、上空にヘリの影。
「こちら厚労省再就職機動部隊! 全員、国家機能妨害の容疑で拘束します!」
「待ってましたよ……国との全面戦争、始めようじゃない!」
まゆらの目が、かつてないほど燃えていた。
爆発音。
ガスマスク部隊が会場に雪崩れ込む。
信者(バイト)たちが混乱し、スモークが辺りを包む。
「リュウ! ハル! 連携お願い!」
「派手にやるぜ!」
「これが……再就職戦争の現場か……!」
厚労省vs退職代行――
国家vs個人、再就職vs自由。
カオスの中で、アイドル・灯はマイクを落とした。
まゆらの声が、彼の耳に届く。
「働くことを選ぶのも、辞めることを選ぶのも、お前自身の意思だろうが!」
その言葉に――灯の目がわずかに潤んだ。
――そして地下。
「ヨハネ田淵、お前の正体、ついに分かったわ」
まゆらが降り立つ。
田淵は振り返り、静かに笑った。
「久しぶりだね……“教団解体の日”以来かな、まゆら」
「……あのとき、私が壊したはずの詐欺宗教の教祖が、なぜまだ立ってるの?」
「君が“獅堂まゆら”として生きている限り、私は何度でも甦るよ。だって君は、僕の“最初の信者”だったから」
まゆらの目が見開かれる。
「――え?」