港の倉庫街、午後9時23分。夜風が倉庫の隙間から冷たく吹き込む中、春日ハルはスーツの男と睨み合っていた。
「……よお。ハル坊」
七三分けの男、高堂。元厚労省キャリア官僚。かつての上司。今や国家の“再就職市場管理委員会(JREMC)”の刺客。
「お前は厚労省の言いなりになる気か?」ハルの声は硬い。
「選択肢は二つ。まゆらを裏切るか、死ぬか」
その言葉が、脳内で何度も反響する。
◆◇◆
「再就職代行屋は国家の敵だ。彼らは制度の隙間を埋め、自立を謳う――だが国はそれを許さない」
高堂の言葉は、まるで冷徹な宣告だった。
ハルは思い出す。自分が“ねじ込んだ”60代の男が初日過労死したこと。家族が首を吊ったこと。社会的合理性という名の暴力。
そして今、かつての同期であった田淵と、元ヤクザのまゆら。
二人は同じ“極道再社会化プログラム”の生き残りだが、片や信仰に逃げ、片や制度に従い再起を誓った。
「感情を持った瞬間にプログラムは破綻する。お前もそうだ、ハル」
「……俺はもう戻らない」
◆◇◆
夜の事務所。
まゆらは灯と湯豆腐を囲みながら言った。
「“再就職”はもう古いのよ。私たちは制度に頼らずに“仕事”を作る側になる――それが新しい時代の流れ」
灯が目を輝かせる。
「どういうこと?」
「名前は“プロメテウスJob”。これはただの“職業マッチング”じゃない。完全自立社会への第一歩よ」
「自立?」
「そう。国も企業も介在しない。働く者が直接、価値を交換し合う――それは“職”を超えた新たな『再就職』の形」
ハルは黙って聞いていた。まゆらの決意は本物だった。
◆◇◆
翌日、まゆらと灯は密かにプロメテウスJobの立ち上げを宣言した。
SNS上での告知は瞬く間に広がり、既成の労働市場を揺るがす波紋となる。
「国が管理する再就職なんて、もう終わりよ」
「私たちは誰の命令も受けない。選ぶのは、自分自身」
まゆらの言葉には、かつてのヤクザ時代の凄みも、社会を突き破る覚悟も宿っていた。
◆◇◆
しかし、その裏では田淵が教団の地下室で密かに動いていた。
「次に再就職するのは――“まゆら”だ」
謎の“神託”が告げられ、田淵は冷笑する。
「お前を迎えに行く……我々の最後の就職先に」
教団は国家の再就職政策を利用し、支配と信仰の網をさらに広げようとしていた。
◆◇◆
その頃、高堂はハルに特別任用通知書を手渡した。
「これはただの復帰命令じゃない。“プロメテウスJob”を潰すための最前線だ」
「潰す……?」
「そうだ。国は、制度の外にある全ての“外道”を排除する」
ハルは拳を握りしめる。
「俺はもう一度、戦う。制度の内側でも外側でもなく、新しい居場所のために」
◆◇◆
事務所の窓から見上げる夜空。
まゆらは灯に告げる。
「“再就職”はただの始まりに過ぎない。私たちは“職業”の枠を超えて、新たな社会を創る。プロメテウスJobは、それを予告しているの」
灯は真剣な目で頷いた。
「完全自立社会……働く自由も、選ぶ自由もある。でも、それは簡単じゃない」
「だからこそ、闘いが必要なのよ」
まゆらは再び湯豆腐の鍋を見つめながら、かすかに微笑んだ。
「闇の中に光を灯すために、私たちは立ち上がった――さあ、始めましょう」
◆◇◆
果たして、プロメテウスJobが描く“完全自立社会”とは何か?
国家の監視網、再就職代行の暗闘、極道と信仰、そして制度を超えた「仕事」の再定義。
「再就職」とは、単なる“職”への再出発ではなく、自由か管理か、選択か支配かをかけた生存の戦いなのだから――。