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第19話「田淵、信仰と就労の狭間でブチギレる」

「……俺ァ、信じてたんだぜ。働くことこそが、己の救いだってな」


教会の裏手で、田淵ヨハネ(旧名:田淵次郎)が祈っていた。

手には数珠、首には十字架、そして胸元には「就労感謝」のお守りがぶら下がっている。


その姿を見たまゆらは、深いため息をついた。


「……田淵、マジで信仰と再就職がごっちゃになってるな……」


「信仰じゃねェ。“感謝”だよ。

俺ァ、血と涙で築いたこの国のセーフティネットに……心から感謝してんだよ。

再就職して、学んだ。人は“働くことで、人間に戻れる”ってな」


「田淵、それ、しのぶちゃんの“真逆”の思想なんだけど……」


「うるせぇ!!」


教会の窓ガラスがビリビリと震えるほどの声だった。


「“働かなくても生きていける社会”?ふざけんな……そんなの、人間をナメてる!!

俺の親父は、働きすぎて過労死した!

じいちゃんは、労災で片足吹っ飛ばして年金2万だ!!

それでも、みんな“働いてるから偉い”って、そう言って死んでいったんだよ!!!」


その目には、泣きたいのか怒りたいのかわからない、複雑な光が揺れていた。


まゆらは、言葉を失った。


──“再就職”という活動は、人によっては救いだった。だが同時に、“再就職こそが神”になる人間も生み出してしまう。

そして今、田淵はその極端な信者(アカウント名:職神(しょくしん)ヨハネ)として、社会的存在になりつつあった。


「俺ァ、しのぶってガキを、許さねェ。

働かねェで生きる社会? その社会に、死んだ親父の居場所はあんのかよ!!?」


まゆらは、ようやく口を開いた。


「田淵……あんた、いつから“過労死の復讐者”になったの?」


「昨日」


「思いつきかよ!!」


その頃、灯は、しのぶに呼び出されていた。

場所は、どこかの小学校の屋上。なぜか、ランドセルを背負わされている。


「……あの、これ、なんですか……?」


「ランドセル就労支援制度。あなた、該当者。年齢と就労履歴から算出して、児童枠で再雇用可能と判定された」


「児童枠……?」


しのぶはランドセルのポケットから資料を取り出す。

白地に赤い文字で、こう書かれていた。


【ランドセル就労支援制度】

対象:社会的役割の喪失した成人男女

方法:ランドセルを背負うことで児童として再雇用

賃金:児童給+扶養控除的な何か

備考:教育庁より派遣あり、勤務校は希望可

灯は、口を開いたまま数秒固まった。


「いや、意味が分からないです。え、俺、今日から小学生なんですか?」


「違う。“小学生扱いの社会人”になる。ランドセルは支給、給食あり、遠足は自己負担」


「完全にバグった社会保険制度でしょ、それ!!!」


「でも、メリットある。社会的プレッシャー減るし、責任も少ない。精神的安全性、抜群」


灯は額を押さえる。


「……つまり、“子どもとして働けば大人として壊れない”って理論……?」


「そう。あと、これは私の実験でもある。“児童制度の再定義”が目的。

今後、“ランドセル付き社会人”が増えれば、出生率も上がる」


「意味不明だけど……なんかすごい理屈ついててムカつく!!」


「灯。あなた、感情でしか喋らないけど、意外と社会適応力、高い。

でも、今は黙ってランドセル背負って。あとで教育庁の人が来る」


「教育庁!? ちょ、ちょっと待って!」


その日の午後、ハルがファミレスでぼーっとしていた。


「俺、もう限界かもしれん……」


目の前には、教育庁からの“オファーシート”が置かれていた。


件名:【重要】あなたの“こども的資質”を活かしませんか?

勤務先:文部科学省 教育庁 こども化戦略室

職種:こどもアナリスト(特定非就労型)

内容:教育現場における“年齢逆転構造”のフィールドリサーチ

備考:しのぶちゃんの推薦あり

「こども化戦略室って何……なんで俺、“こども的資質”とか言われてるの……」


隣にいた舞子が、アイスティーを飲みながら言った。


「まぁ、ハルってどこか“社会未経験”っぽいしね」


「いや、それ社会人経験の話じゃなくて人格の話じゃね!?」


ハルはオファーシートをくしゃっと丸めた。


「俺は子どもじゃねぇ!!」


「でもランドセル似合いそう」


「やめろおおお!!」


その日の夜。再就職代行事務所には、重苦しい空気が流れていた。


田淵が、完全にビラ配り教祖モードで帰ってきたからだ。


「みんな聞けぇぇぇ!!!

我々は、“働かない自由”に屈してはならん!!

再就職は、魂の行! 経典は職安にあり!!

ランドセル制度は“就労堕落”の第一歩だァァァ!!!」


「田淵、ビラ、3枚目で“労働は神”って書いてあるけど……それ普通に労基法違反だよ……」


「黙れ!! 労基法は俺の敵!!!」


そこへ、ランドセルを背負った灯が帰ってきた。


「ただいま……今日から“小4派遣枠”にされました……給食あるけど……配膳係って地味に辛い……」


「おかえり、灯……って何そのランドセル。マジで労働児童なの?」


「うん……社会的に9歳と認定されたから、来週は運動会もあるって……」


「もうこの事務所、地獄なんだが……」


まゆらが頭を抱えた瞬間、ドアが開く。


入ってきたのは、しのぶちゃん。ツインテール、無表情、そしてランドセルからは……湯気の立ったちくわぶが。


「おでん、できた」


「おでん作ってから来るなよ!!!!」

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