雨上がりの朝。
雨に洗われた街は、どこか澄んだ空気をまとっていたが、その澄み切った空の下で動き出すのは、またしても人間の欲と裏切りの渦。
「ねぇ、リュウ。あのしのぶちゃんって、どうしてあんなに冷静なの?」
まゆらが事務所の狭いカフェスペースで、スマホの画面をスクロールしながらぼそりと言う。
リュウは片手に電子タバコ、もう一方の手で鏡のように光るスマホを見つめている。口角がくいっと上がり、嘲笑にも似た軽い笑み。
「冷静?ああ、あれはな…全部計算してるからさ。あいつは感情じゃ動かない。感情は弱さの証だと思ってるからね」
「でも、その“計算”のせいで何人も傷ついてるんだよ?」灯が声を潜めて言った。
「だからこそ、怖いんだよ、あの女は」
その時、事務所のドアがノックされ、黒田翔が入ってきた。
「みんな、話がある」
翔の顔にはいつもより硬い表情が浮かんでいた。
「しのぶちゃんの過去を掘ってみた。驚くなよ、彼女は元々政府の秘密組織に属していた。そこで鍛えられた“心理操作”のプロなんだ」
まゆらは目を見開いた。
「つまり…」
「表向きは福祉の顔をしてるけど、裏では情報戦争を仕掛けてる。人の弱みを握り、制度の利権を牛耳っている」
リュウはあざとく笑い、口を挟んだ。
「やっぱり裏には利権か。あのチャラい見た目とは裏腹に、ドロドロの世界の住人なんだな」
まゆらは拳を握りしめた。
「でも、どうすれば止められるの?」
灯がぽつりと答えた。
「まずは、しのぶちゃんの“ランドセル就労支援制度”の本質を公にすること。希望を守るために」
その瞬間、リュウの表情が一変した。
「はは、まゆらちゃん、灯ちゃん。君たち、純粋すぎるよ」
リュウは口元に意味深な笑みを浮かべた。
「俺の本当の目的は…ただの裏切りじゃない」
まゆらが問いかける。
「じゃあ、リュウ、あんたは何がしたいんだ?」
リュウは煙をゆっくり吐き出しながら言った。
「俺はこの制度の中で、もっとデカい賭けに出る。金も権力も、全部手に入れるために。だが、君たちにはその邪魔だけはしてほしくない」
まゆらの眉がぴくりと動く。
「つまり、利用されてるってこと?」
リュウはニヤリとした。
「利用…いや、もっと複雑な関係さ。でも覚えておけ。俺はいつでも自分が一番カッコよく見えるように動いている」
そんなリュウの言葉に、まゆらも灯も複雑な感情を抱いた。
そこへ翔が冷静に口を開いた。
「リュウの賭けに付き合うのもいいが、まずはしのぶちゃんの情報をもっと集めよう。表には出せない秘密が山ほどある」
しのぶちゃん。名前だけがここで幾度となく囁かれる。
彼女の正体と動機はまだベールの中。
だけど、彼女が“優しい黒幕”であるという幻想は、今にも崩れそうだった。
数日後、まゆらたちはしのぶちゃんのアジトに潜入する。
薄暗い室内に並ぶのは、ランドセルの山と複雑なコンピューターシステム。
「この制度は、子どもたちの未来を救うどころか、社会の闇を映し出している」
灯の声は震えていた。
リュウは相変わらず片手に電子タバコをくゆらせながら、闇の中で笑う。
「さあ、どう動く? 俺たちは今、次の局面に立っている」
まゆらは決意を胸に握りしめた。
「私たちは、絶対に負けられない」
彼女たちの戦いは、まだ始まったばかりだった。