リュシェルが隣国セリナ王国の王宮に足を踏み入れたのは、追放されてからわずか数日後のことだった。アレンの邸宅で数日間の休息を取った彼女は、心身ともに少しずつ落ち着きを取り戻しつつあった。しかし、彼女の新しい生活はこれからが本番だった。
「リュシェル様、こちらがあなたのお部屋になります。」
案内役を務める年配の侍女のエルナが、柔らかな笑顔で扉を開いた。そこには、彼女が思い描いていた以上に広く整った部屋があった。白を基調とした優美な内装と、窓から見える庭園の景色が、彼女の心を穏やかにした。
「ありがとうございます……私には勿体ないほどのお部屋です。」
リュシェルは恐縮しながらも、心から感謝を伝えた。
「いえ、アレン様から『リュシェル様が快適に過ごせるように』とのご指示がございましたので。」
エルナの言葉に、リュシェルは胸の奥がじんと温かくなるのを感じた。
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初めての侍女としての仕事
翌日、リュシェルは侍女としての初仕事に取り掛かることになった。彼女に与えられたのは、アレンの私室の清掃と書類の整理だった。公爵令嬢として育った彼女にとって、労働というものは初めての経験だったが、幼い頃から厳しく教え込まれた礼儀作法と几帳面さが、この仕事に活かされていた。
「埃一つない完璧な仕上がりですね。」
仕事を終えたリュシェルの手際を見たエルナが感心した声を上げた。
「公爵家の令嬢だっただけありますね。とても初めての仕事とは思えません。」
リュシェルは少し照れくさそうに微笑んだ。
「ありがとうございます。ですが、私はまだまだ慣れていないことばかりですので、これから努力していきます。」
そんな彼女の謙虚な態度は、周囲の使用人たちの間でも評判を呼び始めていた。だが、一部の侍女たちは彼女に対して良い感情を抱いていないようだった。
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侍女たちの嫉妬
リュシェルが隣国に来てからわずか数日で、彼女に対する噂が王宮内で広がり始めた。
「元公爵令嬢だって?それが侍女になったってどういうこと?」
「アレン様に拾われたって話よ。でも、どうせ何か下心があるんでしょう。」
リュシェルが美しく、優雅な立ち居振る舞いを見せるたびに、彼女を妬む者たちが増えていった。特に、アレンが彼女に対して特別な配慮をしていることが明らかになると、その噂はさらに加熱した。
ある日、廊下を歩いていると、背後から侍女たちのひそひそ話が聞こえてきた。
「アレン様の好意を利用して、私たちより楽な仕事をもらってるんじゃない?」
「見た目だけで得してるって感じね。」
リュシェルはその声を聞いても、振り返ることなく歩き続けた。だが、その心には小さな棘が刺さったような痛みを感じた。
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アレンとの再会
その日の夕方、リュシェルはアレンの書類を整理している最中に彼と顔を合わせた。アレンは長い会議を終えたばかりで、少し疲れた様子だったが、彼女を見ると微笑みを浮かべた。
「リュシェル、侍女としての仕事には慣れてきたかい?」
優しく問いかけるアレンの声に、リュシェルは静かに頷いた。
「はい、少しずつですが、なんとか……。ですが、周囲に迷惑をかけていないか、それが心配です。」
アレンは彼女の言葉を聞き、一瞬考え込んだ後、真剣な表情で言った。
「君がどんなに頑張っても、全ての人に好かれることは難しい。それでも、僕は君を信じているし、君がここで努力している姿を見ている人もいる。」
その言葉に、リュシェルは目が潤んだ。アレンの言葉が、彼女の中に少しずつ自信を取り戻させてくれた。
「ありがとうございます……私は、この場所で役立つ人間になりたいです。」
彼女の決意にアレンは満足そうに頷いた。
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新しい道への一歩
その後もリュシェルは懸命に働き続けた。彼女の几帳面さや礼儀正しさは徐々に周囲の信頼を勝ち取り始め、彼女を妬んでいた侍女たちの態度も少しずつ和らいでいった。
「リュシェル様、お手伝いしましょうか?」
ある日、一人の侍女が彼女に声をかけた。以前は冷たい視線を向けていたその侍女の態度の変化に、リュシェルは驚きつつも嬉しさを覚えた。
「ありがとう。でも、私が自分でやります。」
彼女は微笑みながら答えた。その柔らかな態度に、侍女たちの間に少しずつ変化が生まれていった。
リュシェルの新しい生活は、簡単なものではなかった。それでも、彼女は一歩一歩、自分の居場所を築いていく決意を新たにしていた。
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