王宮の生活にも少しずつ慣れてきたリュシェルだったが、彼女が周囲から完全に受け入れられているわけではなかった。特に、侍女たちの中にはリュシェルに対して明確な敵意を抱く者もいた。彼女の美貌や高貴な振る舞いが嫉妬の対象となり、根も葉もない噂が広まっていた。
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王宮内のささやき
「リュシェル様がアレン様に拾われたって話、聞いた?」
「ええ、まるでお伽話みたいよね。でも、それって本当に助けるだけが目的だったのかしら?」
そんなささやきが、リュシェルの耳にも届くようになった。侍女としての地位に甘んじながらも、その美貌や優雅な立ち居振る舞いが、彼女を周囲から浮かび上がらせていた。
ある日、廊下で清掃をしていると、背後から笑い声が聞こえた。
「リュシェル様って本当にすごいわよね。ただの追放者なのに、こんな立派な王宮でぬくぬくと暮らしてるんだから。」
「ああいう顔立ちなら、男に媚びて生きていけるのよ。」
その言葉に、リュシェルは手を止めた。胸の奥に冷たいものが突き刺さるような痛みを感じたが、振り返ることなく作業を続けた。彼女は家族や婚約者から冷たく扱われた経験から、侮辱に慣れているつもりだったが、それでも心が痛むことに変わりはなかった。
「何も言い返さないの?やっぱり貴族ってプライドだけは高いのね。」
その一言がとどめを刺すように響いた。しかし、リュシェルは顔を上げず、ただ静かにその場を立ち去った。
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初めての怒り
リュシェルが仕事を終えて自室に戻ったのは日が沈みかけた頃だった。雨で湿った草木の香りが窓から漂い、少しだけ心が落ち着く。だが、それでも彼女の心にはもやもやとした怒りがくすぶっていた。
「どうして……」
声に出すと同時に、リュシェルの目から涙がこぼれた。自分はただ、新しい生活を精一杯頑張ろうとしているだけだ。それなのに、なぜ人々はこんなにも意地悪をするのだろうか。
彼女は机に向かい、ふと持ち物の中に残っていた小さな鏡を取り出した。それは追放の際に唯一持たされた母からの贈り物で、今では彼女の唯一の財産となっていた。鏡の中に映る自分の顔をじっと見つめながら、彼女は小さく呟いた。
「私が貴族だったから、こんなに恨まれるの?」
その問いに答える者は誰もいない。それでもリュシェルは、自分を慰めるように鏡を握りしめ、目を閉じた。
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アレンの助言
翌朝、リュシェルが王宮内の庭で休憩していると、アレンが声をかけてきた。彼は珍しく気軽な格好をしており、まるで侍女たちと同じ目線で接してくれるような優しさを感じさせた。
「君、大丈夫か?」
アレンはリュシェルの様子を見て、何かを察したようだった。
リュシェルは少しの間躊躇したが、やがて口を開いた。
「王宮の生活には少しずつ慣れてきました。でも……私は、ここにいていいのかどうか、わからなくなることがあります。」
彼女の言葉に、アレンは真剣な表情を浮かべた。
「何があったんだ?」
リュシェルは侍女たちの噂や、陰口に対する苦悩を少しだけ打ち明けた。彼女の語る内容を黙って聞き終えたアレンは、静かに口を開いた。
「君が努力していることを、僕はちゃんと見ている。それに、僕だけじゃない。君の本当の姿を知る人は、これから増えていくはずだ。」
アレンの言葉は、リュシェルの心に染み込むように響いた。彼の温かい視線に、彼女は初めて心の重荷が少し軽くなるのを感じた。
「ありがとう、アレン様……私は、もっと頑張ってみます。」
リュシェルの決意を聞いたアレンは、満足そうに微笑んだ。
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噂に立ち向かう
その日から、リュシェルはより一層、仕事に集中するようになった。陰口が聞こえても、それを気にする余裕はなくなるほど、彼女は自分の目標に向かって邁進した。
ある日、リュシェルが書類整理をしていると、一人の侍女が声をかけてきた。
「リュシェル様、この書類、どこに置けばいいですか?」
その侍女は、以前リュシェルを侮辱していた人物の一人だった。だが、その顔には謝罪の色が浮かんでいるように見えた。リュシェルは一瞬戸惑ったが、微笑みながら答えた。
「ここに置いてください。手伝ってくれてありがとう。」
侍女は驚いたような顔をしたが、すぐに小さく頭を下げてその場を立ち去った。その後、彼女が侮辱的な言葉を口にすることはなかった。
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一歩ずつ
リュシェルの努力と忍耐が、少しずつ周囲に影響を与え始めた。彼女を妬んでいた侍女たちの間にも、徐々にリュシェルの人柄を理解する者が現れるようになった。
「彼女、本当に努力してるのね。」
「ただの美貌だけじゃない。あの真剣さは見習わなきゃ。」
そんな声が広がる中、リュシェルは静かに微笑みながら、自分の居場所を確立するための歩みを続けていた。
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