リュシェルが王宮で侍女として働き始めてから1か月が経とうとしていた。その間、彼女は与えられた仕事を丁寧にこなし、周囲からの評判も少しずつ改善されてきていた。しかし、それ以上に目立っていたのは彼女の知識と教養だった。
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書庫での発見
ある日、リュシェルは書類整理を命じられ、王宮の書庫を訪れていた。そこは貴族や高官のみが出入りを許される特別な場所で、無数の書籍や文書が棚に並んでいる。リュシェルは一冊の古い財政記録を手に取り、整理を進めていたが、ふと目に留まった記述に眉をひそめた。
「……この収支記録、どこかおかしい……?」
彼女は呟きながら、他の文書と比較を始めた。そこには、微妙な金額の誤差や、不自然な支出の記録が散見されていた。リュシェルは幼い頃から父の公爵領の財政を学んでおり、数字には敏感だった。そのため、こうした不整合にすぐ気づいたのだ。
「これをそのままにしておくわけにはいかないわ……でも、誰に伝えれば……?」
彼女は少し迷ったが、このままでは王国に損失が出る可能性があると考え、意を決してアレンに報告することにした。
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アレンへの報告
アレンの執務室を訪れたリュシェルは、彼に書類を見せながら説明を始めた。アレンは興味深そうに話を聞きながら、彼女の指摘した箇所を確認する。
「リュシェル……君、本当にこの誤差を見つけたのか?」
驚きと感心の混じった表情で尋ねるアレンに、リュシェルは少し戸惑いながら頷いた。
「はい。偶然見つけたのですが、何度確認してもおかしいと感じます。このままでは王国の財政に影響が出る可能性があるかと……」
アレンは一瞬考え込んだ後、深く息を吐いた。
「君の言う通りだ。実は最近、財政の管理に関して不正の噂が出ていて調査を進めていたところなんだ。君がこれを見つけてくれたおかげで、問題の箇所が特定できそうだ。」
彼の言葉に、リュシェルはほっと胸を撫で下ろした。そして、自分が役立つことができたことに少しだけ誇りを感じた。
「君のような知識を持つ人間が侍女でいるのはもったいない。」
アレンはそう言いながら微笑み、続けて言った。
「これからも何か気づいたことがあれば、遠慮せずに僕に伝えてくれ。」
その言葉は、リュシェルにとって大きな励みとなった。彼女は再び頭を下げ、書庫へ戻っていった。
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周囲の驚き
アレンとのやり取りがあった数日後、王宮内ではリュシェルの名前が再び話題に上がるようになった。ただし、今回は嫉妬や噂ではなく、彼女の能力に対する賞賛の声だった。
「リュシェル様が財政の問題を見つけたらしいわよ。」
「元公爵令嬢だって聞いてたけど、ただの飾りじゃなかったのね。」
一部の侍女たちも、彼女に対する態度を変え始めていた。以前は冷たく接していた者たちが、今では彼女に助けを求めたり、敬意を持って話しかけるようになっていた。
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貴族たちの注目
ある日、リュシェルが廊下で仕事をしていると、一人の高官が声をかけてきた。彼はアレンの側近で、王国の財政を監督する立場にある人物だった。
「君がリュシェル殿だね。アレン様から話を聞いたよ。財政記録の誤りを見つけたそうじゃないか。」
その言葉に、リュシェルは恐縮しながら答えた。
「いえ、私はたまたま気づいただけです。大したことではありません。」
だが、高官は笑いながら首を振った。
「いや、君のように細かな点に気づく者は貴重だよ。これからも王宮での仕事を続けてほしい。」
彼の言葉にリュシェルは深く頭を下げた。追放された身でありながら、こうして周囲から認められ始めていることが、彼女にとって大きな励みとなっていた。
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新たな自信
その夜、リュシェルは自室で窓の外を眺めながら、ふと自分のこれまでを振り返っていた。追放された時の絶望、王宮での孤立、そして今、少しずつ築き上げられている新しい自分の居場所。
「私は、私自身の力でここまで来たんだ……」
彼女は静かにそう呟いた。過去の出来事に囚われるのではなく、これからの未来に目を向けよう。そう決意するリュシェルの瞳には、新たな光が宿っていた。