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第十四話 祭りの日

「今日は人が多いから歩いて街まで行くよ」

 城門に辿り着いたとき、ヴァーンはそう言った。ここで騎士団と待ち合わせなのだが、まだ来てはいないらしい。門番に挨拶をしながら、リビィは尋ねる。

「それじゃあ、ヴェルツェはお留守番?」

「うん、人が多いしね。朝、ちゃんと言っておいたから大丈夫」

「頭良いねえ、ヴェルツェって」

「うん、俺の相棒だからね」

「そっかー、うちはキャットのルナとドッグのソルがいるよ。でも、相棒とは言えないかなあ。賢い子たちとは思うけど」

「ふうん、どんなの?」

 変わった言葉だとは思うけれど、それが面白いとヴァーンは思う。リビィのいる世界はどんなところなのだろうと興味が尽きない。

「この世界にもいるか分からないけど、猫はにゃあって鳴いてふわふわしているの。犬はワンって鳴いて散歩が好きなの」

 改めて知っているものを誰かに説明するのって本当に難しいとリビィは悩む。それなら絵で描けばいいかもと思うものの、残念ながらそれが出来るのは弟の方だ。彼女は絵の才能はからっきしなのだ。

 絶対に大笑いされるに決まっている。それは何としても避けたかった。

「何となくそれは分かるな。そういう感じだったら似ているのがいるよ」

「へえ、見てみたいな」

「城にもいるけど、それより街で見た方が早そうだね。あっちにもいっぱいいるんだ」

「わあ、会えたらいいな!」

 どんなのだろう? やっぱり似てるのかな? そうだったらいいな。

 それにしても猫や犬に似ている動物たちなんて考えるだけでわくわくする。

「ヤトにも会わせる約束だし」

「ヤト! 会えるの?」

 幽光の森に行く際に遠くから見えただけなので、是非とも近くで見たいと思っていたのでとても嬉しい。

「うん、祭りの主役でもあるんだよ」

「そうなんだ?」

「ああ、森の国では恵みの象徴なんだ、ヤトって」

 そんな話をしていると騎士団たちがやって来て、二人に向かって恭しくお辞儀をした。

「ヴァーン様、リビィ様、お待たせ致しました。お二人はご用意が整いましたか?」

「ああ、俺たちは大丈夫だよ。みんなは?」

 アゼルバインが確認するように尋ねるとヴァーンは頷いた。

「問題ありません」

「みんな、今日も一緒にいてくれるの?」

「はい、いつも我々はご一緒です」

「昨日のようなことが起きてはいけませんからね」

「それじゃあ、今日もよろしくお願いします!」

 リビィとしては自分に護衛なんて大袈裟だと思っていたが、その結果が昨日の事件である。納得しかなかった。

「お邪魔はしませんからご安心を」

「え、別にお邪魔なんてしたことないと思うけど?」

「ワーソン、お前は余計なこと言うな」

 ワーソンの肩を掴んでハレディルがそう言った。彼はとても真面目であり、ノリのいいワーソンとはそりが合わないようで、言葉が厳しめだ。

「なんでだ? ハレディル。お前はいつも言うことが固い」

「お前が軽すぎるだけだ」

「まあまあ、ヴァーン様たちの前だから喧嘩は止めておけ」

「そうですよ、二人とも直ぐ喧嘩するんですからね」

 マードノルドとレイリーは呆れたようにそう言い、止めに入った。マードノルドは物腰は柔らかいが、怒らせると一番恐いタイプだとヴァーンが言っていたことをリビィは思い出す。

「マードノルドとレイリーの言うとおりだ。ほどほどにしておけ、お前たち」

 隊長であるアゼルバインが出てくれば、当然ワーソンもハレディルも逆らえるわけもなく、項垂れるほかない。

「では参りましょう、ヴァーン様、リビィ様」

「念のため魔法をおかけしましょう」

 レイリーがそう言い、ヴァーンとリビィに対して呪文を唱えた。短い詠唱ではあるが、リビィには意味が分からない言葉だ。

「有り難う、レイリー」

「ところで何の魔法なの?」

「迷子予防の魔法ですよ」

「そんなのあるんだ?」

「人の多い場所ですから、僕だけが見える目印を付けさせていただきました」

「どんな目印なの?」

「そうですね、糸みたいなもんですかね。それを辿ればリビィ様たちに辿り着けるような感じです。昨日も付与しておくべきでした。まったく以て申し訳ありません」

 慣れた場所だったが故に油断があった。それは騎士団全員が思うことだ。

「あんまりみんな、気にしないで。不測の事態はしかたないよ。俺だって甘かったんだ」

「不測の事態はしかたないってパパが言ってたから! だからね?」

 責めたりしないでとリビィは言葉を続けた。難しいことは分からないが、昨日のことは此処にいる誰が悪いわけではないと思うからだ。

「感謝いたします、リビィ様」

 レイリーはそう言い、小さなレディに頭を垂れた。叱咤されて当然だというのに、こんなふうに許される。その意味を彼女はどれほど寛大なことだと知っているのだろうか。

 恐らくその思いは騎士団の皆が思うことだ。

「と言うわけで今日はレイリーの魔法があるから迷子になっても安心だよ、リビィ」

 ヴァーンは場を和ますためもあって、かなり明るい調子で揶揄うようにそう言った。

「えー、あたし、迷子になるのが前提なの?」

「違うって。かなり混むから気を付けてってこと」

「なるほど、分かった」

 確かに祭りとなれば当然人が多く出る。リビィは地理に疎い状態だ。だったらレイリーの魔法はとても役に立つはずだ。

「本当に魔法って便利だねえ」

「うん、俺も少しは使えるようになりたいよ」

「あたしも使えたら嬉しいなあ」

 そんなことを言い合いながら一行は街に向かうのだった。


‡     ‡      ‡


「すっごく賑やか!」

 街に辿り着くと最初の一言はそれだった。以前に来た際も賑やかだったけれど、やはり祭りというと雰囲気が一変する。

「そうだろ、そうだろ? お祭りの規模は小さいけど、楽しいんだ」

「これで小さいの?」

「うん、年に一回のヴァルター神祭はもっと凄いよ。リビィに見せたいけど、半年くらい先なんだ」

「そっかー、残念」

 流石にそこまではいられなさそうだし、いられたらいられたらでこの先どうしようだし。ずっと住んでも悪くない場所だとは思う。

 ここに住む――。

 それは何となくしっくりくるような気はした。不思議なほど、ここが好きだったからだろう。

 同時に何処か懐かしさみたいなものを感じる。

 あたし、そんなに生きてないんだけど。

 自分の年を思えば、当然の感想よね。

 そこまで考えて一つのことに気が付いた。

 ああ、そうか。

 パパの絵に似てるんだ、この世界――!

 そう気が付いたリビィは目を見張った。

 もしかしてパパはこの世界を知ってる?

 そもそもここに来るきっかけも父親の絵からはじまっている。

 知っているから屋根裏部屋は秘密だった?

 そう思えば腑に落ちる。

「リビィ?」

 急に黙り込んだ少女に少年は心配になり、顔を覗き込む。

「ううん、何でもない! なんか楽しいなって思っただけ」

「それならいいけどさ」

「ただね、ここにはいつまでいられるんだろうって思って」

 女神様もはっきりいつごろまでとは言わなかったし、確か占い師のリア=リーンもしばらくと言っていた。

「そうか、そうだな。分からないって嫌だよなあ。俺もリビィといきなりお別れは嫌だし」

「あたしだってそうだよ」

 唐突に前触れすらなくお別れなんて冗談じゃなかった。

「リア=リーンにもう一度占ってもらう?」

「そうしたいけど、お金がないよ、あたし。お小遣いで持ってるの、向こうのお金だし」

 ポシェットにしまっておいた小銭入れを取り出して、その中を覗く。このポシェットはエラからプレゼントしてもらったもので、とても可愛いデザインだ。せっかくだから使えないとは言え、自分の財布を入れておくことにしたのである。

 リビィの家では定額の小遣いを一ヶ月もらい、それを自分で管理する方法がとられている。無論、今時なので電子マネーの時もあるが、算数が苦手なリビィのためにと母親が現金で渡すことが多かった。

 計算は苦手だけど、コインは綺麗だから好きなんだよね。

「ね、見せてよ」

「うん、これ。一ポンド硬貨って言うの」

「へえ、ポンド? リビィのところのお金の名前?」

「うん、お金の単位。これって金色と銀色の二層になってて綺麗でしょ? 今の王様の顔が彫られてるの」

「細かくて綺麗だね。凄い細工だ。それにしてもリビィのところにも王様がいるんだ?」

「うん、いるよ。少し前までは女王様だったけど、亡くなられたからその息子である今の王様が継いだんだ」

「ふうん、じゃあ、森の国みたいなのかな?」

「ヴァーンのところとはちょっと違うの。うちの王様はえーと、そう、君臨すれども統治せずだった! 偉いことは偉いけど、政治的権力?がなくて、ヴァーンのお父さんみたいではないの。でもね、あたしの国の象徴なんだよ」

 リビィは自分が知る限りの知識を集めてそう話した。

 自分の国のことを説明するのって難しい。知ってるつもりでも分かってないことって結構あるなあ。

「ふうん、そう言うのもあるんだな」

「うん、あたしの住んでいるイギリス以外にもそんな国あるよ。んーと日本ジャパンとか」

「それもこっちじゃ聞いたことはない国だけど、面白いね」

「じゃあ、今度は俺の国のコイン」

 そう言うとヴァーンは自分の脇にかけていた鞄から小さな袋を取り出し、そこから一枚のコインを取り出した。

 それはリビィの知るコインとは少し違って見えるが、とても美しいと思う。見たことのない模様だが、きっとこの国の象徴なのだと分かった。くるっとコインの反対を見ると今度は男性の顔が刻まれている。

 詳しいことは分からないけれど、立派な人なんだろうなと感じた。

「わあ、綺麗!」

「これはスピリタス・ヴァルターの顔とスピリタスの大樹を模してるんだよ。リビィのところでは王様だけど、俺たちだと神様になるわけだな。スピリタスの大樹が天界にあるって伝説で、俺の知る限り、それを見たことがある人は聞いたことないけどね」

「そうなんだ。でもこのコインって金色だけど、何となく透明にも見えるね」

「リビィ、太陽に翳してごらんよ」

 言われるままに太陽に向かって軽く翳すと、両面のコインの模様が重なってとても神々しい感じなった。

 おお、神様って感じになった!

「表と裏の模様が重なって綺麗!」

「その重なった模様はスピリタス・ヴァルターの印って言うんだ。今や、誰も見たことないのに彼の顔を誰もが知っている。それがスピリタス・ヴァルターって存在なんだよ」

「そっか、不思議だねえ」

 キラキラしているコインを眺めながらリビィは感動しながらそう微笑う。

「神様が作ったコインってこと?」

「いや、作ったのは人間の細工師たち。このコインの原料は岩の国で取れる『エデルスの恵み』って言うのから作られてるんだけど、金属とも宝石とも言えない不思議な石なんだ。岩の国って面白い石が採れるんだよ」

「岩の国って何処にあるの?」

「森の国から見て西方、陸続きだと地の国の先にあるんだ。でも地の国を通るのは大変だから、基本は船や天鷹ファルケで海を渡ることが殆どだよ。あそことは仲がいいんだ」

「へえ、岩の国で採れるってことは金属とかが採れるってことなのかな?」

「うん、よく分かったね。その通りであそこでは金とか宝石とか鉄とか」

「見てみたいなあ」

「機会あったら連れて行くよ、絶対」

「有り難う!」

 あんな目に遭わされた地の国は行きたくないが、ヴァーンから聞いた岩の国は行ってみたいと心から思う。

「いつか連れて行ってね」

 だからリビィはそう言ってお願いをした。

「勿論! 俺も大好きな国だから紹介したいよ」

「楽しみだなあ」

 心からリビィはそう言い、ヴァーンもそれを嬉しそうに眺める。

 しばらく二人の様子を見ていた騎士団たちはそろそろ本題に戻そうとリビィとヴァーンに話しかけた。

「さあさ、お二人とも。せっかくの祭りですよ」

 マードノルドがそう言い、レイリーが続けて言う。

「そうですよ、コインより祭りを楽しみましょうよ」

「でも夜が本番なんでしょ?」

「それはそうなんですけどね、もう盛り上がってるでしょ?」

 ワーレンが今か今かと待っているようで何処か落ち着きがない。

「なんかワーレンはあたしたちより楽しそう」

「ワーレンは酒が大好きだからな。それを飲みたいんだよ」

「お酒好きなんだあ」

「なに、嗜みですからねえ」

「お前のはほどが過ぎているがな」

 アゼルバインは呆れたようにワーレンの頭を小突いた。

「本当に隊長の言うとおりですよ」

 ハレディルはワーレンを睨み、仕事を忘れる気かと説教をはじめようとする有様だ。

「じゃあ、みんなで祭りを楽しもう! ワーレンはほどほどに頼むよ」

 ヴァーンはそう言い、場の雰囲気を戻した。

「何処から見るの? 何処から?」

 リビィも直ぐさまそれに乗り、わくわくを隠さない。実際、祭りの様子はとても楽しそうだし、それに参加出来ることが嬉しかった。

「そうだな、先ずヤトを見せてやるよ。今日の特別な日のためのヤトだよ」

「特別? 見たい!」

 リビィがそう答えるとヴァーンは彼女の手を引き、走り出す。それを追うようにして騎士団たちも動き出す。二人の邪魔をしない距離を測りながら、それでいて絶妙な位置を保つ。

「ほら、リビィ、ヤトだよ」

 広場中央にある噴水に何頭かの動物がおり、それらは頭に大きな角が三本あり、とても毛が長い。ただ長いだけではなく、ふわっと巻き毛になっているのがまた特徴的だった。

 リビィの知る動物ではないが、可愛いことだけは分かった。

「あれがヤト! まるでシープ山羊ゴートの間みたい!」

「またまた変わった名前だけど、それらに似てるんだね」

「うん、羊はヤトみたいに毛がふわふわなの。山羊はあんな風に立派な角を持ってて、乳を出すことができるの。まあ、どっちも種類によってちょっと変わるみたいだけどそこはよく知らないの」

「そうなんだ。でも本当に似てるみたいだ。いつか見たいなあ」

「うん、ヴァーンがあたしの世界に来たら見せるよ」

 そうだ、そんな場合だってあるかも知れないとリビィは思った。その時にはヴァーンみたいにちゃんと自分の世界を案内できるようになりたいな。

「白いのとか茶色いのとかいるね」

「ああ、白は特別なんだよ。ヴァルターのヤトはあれ」

「特別ってさっきも言ってたね。どんな風に特別なの?」

「角が特別大きくて、色が白いのはスピリタス・ヴァルターの祝福を受けてるんだ」

「普通は違うの?」

「周りにいるの見てみると分かると思うけど、角が金色だろ?」

「あ、本当だ。つまりそれだけ神様に愛されてるってこと?」

「うん、だから大事にされるんだ」

「可愛い花冠してるねえ」

「今日の主役だからな。街のみんなが飾るんだよ」

「えーと、恵みの象徴ってヴァーンが言ってたよね」

「豊穣のヤトがあのヤトの称号でね、純白な毛色と立派な乳を出す雌ヤトしかもらえないんだ」

「へえ、あれ? 隣にいるのは?」

 白いヤトを守るように側にいる一際目立つ黒色のヤトがいた。

「あれは白いヤトのつがいだよ。白いヤトに選ばれると黒いヤトになる」

「おお、角は白いヤトより立派だね。五本もある」

「うん、強いヤトは角が多く、体格もかなり立派なんだ。あいつは黒いから余計に強い」

「へえ、じゃあ、あの二匹はどっちも強いんだね」

「そういうこと。でもそれだけじゃなくて優しいんだよ」

「優しい?」

「基本的にヤトは群れになることが多いんだけど、リーダーになるのは強いだけじゃ駄目なんだ。弱いものもちゃんと守れないとリーダーになれない」

「ふうん、人間にも難しいのにヤトは出来るんだね。凄いなあ」

「なかなか鋭いこと言うな」

「えへへ、パパの受け入り」

「本当にリビィの父上は蘊蓄うんちくが深いね」

「うんちく?」

「えーと、物知りってこと。聞いていると何となくラウレントに似てる気がするよ」

「ああ、雰囲気は似てるかもしれないなあ」

 容姿が似てるわけではないが、二人の持つ何とも言いがたい要素は似ていると思う。

 何て言うんだろう、ああいうの。

 リビィは少し考えて見るも答えは出てこなかった。

「まあ、それは置いておこうか。今は祭り楽しもう!」

「うん! あ、ねえ、ヤトって触れられるの?」

「触れられるけど、その前にヤトが選ぶんだよ」

「ヤトが選ぶ?」

「そう、白いヤトが嫌がったら触れられない」

「なるほど」

 それは理に適ってるなあと思う。誰だって嫌な人に触れて欲しいわけもない。

「でもリビィならきっと嫌がらないから大丈夫」

「そうかな?」

 ヴァーンはリビィの手を引きながら、白いヤトと黒いヤトのところへ向かう。周囲に人はたくさんいたが、確かにヤトに触れていいか確認している様が見られた。

「お出で」

「うん」

 白いヤトはリビィとヴァーンを見ると軽く頷いて、触れていい合図を送ってきた。

「いいってさ」

「う、うん」

 ドキドキしながらリビィはそっと白いヤトに触れてみる。とても感触が心地好い。

「ふわふわだあ!!」

「今年のは触り心地、本当にいいなあ」

 リビィはあまりの気持ちよさに思わず軽く抱き締めてみるが、相手が大きいので手が回らない。それでもふかふかの感触が全身に伝わってくるのですりすりと頬ずりをしてみるが、やっぱり気持ちいい。

「おっきい~!」

「だろ? 子ヤトはもっと小さいけどね、祭りには危ないからいないんだ」

「そうかあ、でもきっと可愛いね」

「城にもヤトたち、いるから見せてあげるよ」

「お城にもいるんだ」

「うん、いる。雄ヤトは基本的に力仕事に向いていて、雌ヤトは乳を出すのが仕事なんだ。どちらも毛は刈り取って衣類の材料にもなるしね」

「すっごくお役立ちなんだね」

「そうそう」

 他の人の順番もあるからと名残惜しいと思いつつ、白いヤトから離れると今度は黒いヤトが近付いてきて、リビィに向かって頬ずりをした。

「ひゃっ?!」

「黒いヤトに気に入られるなんてリビィは凄いな。気難しいのに」

「あれ、さっき優しいって」

「仲間にはね。黒いヤトは誇り高いんだ」

「でも可愛いよ」

 リビィも頬ずりを仕返し、黒いヤトを撫でてやる。白いヤトと違う感触がまたもや心地好い。

 ベルベットな感じってこんなのかな?

 そんなことを考えつつ、思う存分、黒いヤトの感触を楽しむ。

 可愛いなあ。

 それが通じるのか、黒いヤトは大分ご機嫌のようだ。しかしヴァーンにはあんまり愛想はよくない。

「ヴァーンは触らないの?」

「俺はお断りだってさ」

 少し不貞腐れつつ、ヴァーンはそう答えると、騎士団たちが背後で微笑っている。

「お前たちだって触れられないだろうが」

「ま、そうですけどね」

 ワーレンが笑いを堪えつつ答えるのでヴァーンは軽く彼の腹を殴った。

「ヴァーン様、ひどいじゃないですか!」

「笑うからでしょう」

 レイリーが呆れたように言い、それに誰もが賛同する。

 若年とはいえ王子である。まったくプライドの問題というのは難しい。

 リビィには格好悪いところ見せたくないのにさ。

 ヴァーンはそう思う。

「そういえば野生のもいるの?」

 黒いヤトを撫でまくった後、ヤトたち手を降って別れるとリビィは疑問を口にした。

「ああ、野生もいるけど、気が荒いのが多いね」

「結構、違うんだ?」

「そ、でもかなり強いヤツもいるからね、腕試しに行くヤツもいる。まあ、もっと違うのもいるけど」

「ヤト以外にもいるの?」

「そうだなあ、場所にもよるしね。それでも森の国はヤトが圧倒的に多いかな」

「場所で変わるのね。そりゃそうか」

 リビィの世界でだって地域で動物は変わるのだから当然とは言える。

「もっと意外なのもいるかもしれない。俺だって何でも知ってるわけじゃないからね」

「でもヴァーンはあたしより物知りだよ」

「有り難う。でもラウレントはまだまだって言うよ」

「そりゃ先生とじゃ生きてる年月違うもんね」

「ほんとそれな」

 そう言って笑い合い、今度は屋台へと繰り出した。

「これが特別な『トラネンフルスの悪戯』だよ」

 なるほど、外見からして以前に食べたものとは違い、日の光を浴びてるせいだけではなく輝いて見える。

「同じものだって分かるけど、これは随分キラキラしているねえ」

「蒸した後にこれは揚げてあるんだ。それから飴にくぐらせてるからパリパリしてる食感になってるよ」

「飴、まるで星みたいに輝いて見える!」

「それはね、金平糖がまぶしてあるんだ」

「金平糖?」

「いろんな色を付けてある砂糖のお菓子のことだよ。リビィのところにはないのかな?」

「本当だ、いろんな色だね。あるのかも知れないけど、見たことないかも」

「じゃあ、初体験だね」

「うん、食べていい?」

「勿論!」

 二人で『トラネンフルスの悪戯』にかぶり付き、口いっぱいの頬張る。中のもちもちした食感はそのままだが、外側の皮がヴァーンの言うとおりパリッとしており、また塗してある金平糖がアクセントになっていてとても美味だ。

 飴と金平糖は確かに甘いのだが、『トラネンフルスの悪戯』の生地にとても合っていて、嫌味がない。以前食べたのと別物と思うくらいである。

「美味しい!」

「だろ、これも名物だけど、祭りの夜でないと食べられないんだ」

「じゃあ、あたしってば幸運だね!」

「ああ、その通りだよ。この街に何年も通ってる商人でも食べられなかったりするからね」

「おお、食べられてよかった!」

 その後、屋台をいろいろ巡っているとやがて帳が降りてくる時間になり、夜へと変化していった。

「昼間も夕焼けも夜も綺麗な街だね」

 一通り見ることが出来てリビィとしてはご機嫌だ。いろいろ珍しいものを食べられたのも当然楽しかった。

「でも何で夜が本番なの?」

「もう直ぐ分かるよ。ほら、広場の中心でトラネンフルスの枝を燃やすんだけど、それの周りをヤトたちが踊るんだ。普段は火を怖がるのに祭りの日は喜んで近寄っててさ」

「不思議だね」

 ヴァーンが言う方を見れば確かに昼間に会った枝たちが燃やされ、その周りを黒と白のヤトを中心にして踊っているように取り囲んでいた。

「焚いているのが神木の枝だからかな。火の色も違うんだよ」

「本当だ、緑色の焔……綺麗……」

 トラネンフルスの枝そのものが燃えているからか、焔は赤ではなくて緑色に揺れており、幻想的な風景を醸し出している。

 ヴァーンはその焔の色がリビィの瞳の色によく似てる、そんな気がした。

「さて、リビィ、俺たちも踊ろう」

「踊る?」

「焚き火の周りにヤト、その周りに俺たちがいて好きに踊るんだよ」

「あたし、踊りなんて分からないよ?」

「俺に合わせてくれればいいよ」

 そう言ってヴァーンは見事にリビィをリードしていく。そうすると不思議とリビィもステップを踏むことが出来て、やがて心から踊りを楽しむことが出来た。周囲の人とも微笑い逢い、騎士団たちも遠くから見守ってくれている。

 そうやってヴァーンと一緒にリビィは祭りを楽しみ、焚き火の火が燃え尽きるまで街は賑やかなままだった。

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