「ぐぬ……」
真っ白な髪がゆっくりと沈む。
声はその髪の持ち主から発せられたものだ。
触れば壊れてしまいそうな細身、雪のように白い肌、青い瞳。
ここに誰かいれば、その壊れそうな儚い輝きに震えていただろう。
幸いにも、ここには彼女一人しかいない。
そして、彼女は今の自分の姿を誰にも見られたくない。
彼女の名はシア。
冒険者としてはトップクラスの実力を持つソロA級の冒険者だ。
そして、ホワイトスノーの第二王女でもある。
【白雪鬼】と【毒喰姫】の二つの異名を持つ程の力と、王女という地位や金。
彼女が欲すればなんでも手に入れることが出来るように思える。
しかし、手に入らないものがあった。あったのである。
それは彼女の目の前にある組紐のブレスレットだ。
想い人であるカインが、助けたおばあさんからお礼に貰ったブレスレットを付けていると知り、そして、自分もあげたいと思った。
どういうものかは何となく想像がついた。街を出る前に待ち合わせをしているらしいおばあさんがつけているのを見た。ああいうのでいいのだろう。
カインに、使う目的は内緒にして糸を分けてもらい、見張りの時間にこっそりと作ってみた。その試作を見て、シアは冷たく微笑んだ。
(あれれ、こんなはずでは)
シアは器用ではない。
その事実は、シアのプライドをボロボロにするに十分だった。
そして、そんなはずはないと頭を振って、目の前の組紐と向かい合う。
かわいそうな毛虫のようなものがそこにいた。
シアは、王女として生まれたが、複雑な家の事情もあり、王女としての教育は満足に受けられなかった。そして、本人も部屋で何か細々としたことをするより、野山をかけまわる方が好きな腕白な子供だった。
しかし、カインに助けられ、初めて異性に興味を持ったシアは、はたと気づく。
『もしかして、私、モテ力低すぎ……?』
モテ力が何かは分からないが、事故によって、白く美しい肌、儚さの象徴のような細身の身体、真っ白な美しい髪となり、外見だけで言えば、誰もが見惚れるほどであろう。
しかし、内面は、美しいとは程遠い。非常に男勝りな性格であった。
このままでは、カインに振り向いてもらうことなど絶対に無理だ。
そう考えたシアは、言葉遣いや所作を徹底的に直した。
それらの教育に本当に必要だったのか疑問だが、血反吐を吐きながら努力した。
そのかいあって、パーティでは誰よりも声をかけられる美姫として称賛された。
『これで、勝てる』
何に勝てるのかは分からないがそう考えたシアは、冒険者として国を飛び出した。
国は大騒ぎになったが、シアにとっては大した問題ではなかった。
カインに美しく成長した自分を見てもらうことの方が重要だった。
そして、カインも頬を染めてくれるほどの自分になれ、シアは有頂天になった。
(そんな有頂天だった私、さようなら)
シアが身につけたのはやはり、外向きのものであり、この国の女性らしい趣味や特技などは皆無だった。趣味は飲み歩きで、特技は利き毒であった。
目の前のかなしそうな毛虫はふるふると震えているように見えた。
シアも身体を震わせていた。
(やっぱり、カインさんに私は相応しくないんだ)
今のカインの周りには強敵がいた。
ココルという美女だ。髪は白と黒が混じり独特だが、体つきも自分より出るところも出ており、美しい翠玉色の瞳を持ち、非常に有能な、文句のつけようがない美女だった。
そして、カインの元恋人に外見が似ているという強烈なアドバンテージがありながら、中身はカインに尽くすタイプのようで正直付け入るスキがないように思う。
それに他にもカインの周りには美女がいる。中身も自分なんかよりも立派な人たちばかりだ。勝てない。私なんかじゃ。
シアは膝を抱え、じっと見つめる。
かわいそうな毛虫もこちらを見ている。
(カインさん、こんなの受け取っても嬉しくな……)
『ありがとう、シア。うれしいよ』
シアの言葉を否定するかのように、想像の中のカインは喜んでくれた。
(カインさんなら、喜んでくれるんだろうな)
自分の都合のいい想像とは思えなかった。カインは本当にそういう男だからだ。
(渡せないのは、きっと……)
シアは、目の前のうまく出来上がっていない組紐を少しずつ解いていき、再び紡ぎ始めた。
自分が自分に誇りを持てるよう、後悔しないよう、何度も何度も紡いでは解き、解いては紡いだ。
そして、目の前には、ちょっとかわいそうな毛虫。
夜明けが近づいてきたようで、空が明るくなりはじめる。
「街に戻ったら、もう一度挑戦しよう」
シアはそう一人呟き、ちょっと不細工な組紐を大事に抱えた。
まだまだ成長できるもんね! 絶対に負けない!
何に負けるのかは分からないが、シアはそう心の中で叫んだ。
カインが起きてきたようで、少し離れたところでシアを呼んでいる。
シアは、そっと組紐を隠した。
いつか、見せられるよう頑張るからね。
ここに誰かいれば、心打たれ震えていただろう。
儚さを感じさせる美女には似つかわしくない強い決意溢れる青玉の瞳に。
幸いにも、ここには彼女一人しかいない。
そして、彼女は今の自分の姿を誰にも見られたくない。
いつか、想い人の前でさらけだせるその日まで、そっと隠しておきたいのだ。