「ふむ……」
黄金の髪がゆっくりと沈む。
声はその髪の持ち主から発せられたものだ。
燃えるような赤い肌、眉間に刻まれた皺、紅い瞳、その上から生えた角。
ここに誰かいれば、その恐ろしい姿に怯えていただろう。
幸いにも、ここには彼一人しかいない。
そして、彼はそれを幸いと思っていた。
彼の名はグレン。
冒険者としてはトップクラスの実力を持つソロA級の鬼人族の冒険者だ。
ドラゴンを一人で屠り、帰ってきた際に、頭から血を流し、その血が目を伝い涙のように流れたことから【血涙の赤鬼】という異名を持つ。
彼のその恐ろしい顔と強さは誰もが知っていた。
しかし、彼には知られていない一面があった。あったのである。
それは彼の目の前にある組紐のブレスレットだ。
尊敬するカインが、助けたおばあさんからお礼に貰ったブレスレットを付けていると知り、そして、自分も付けたいと思い、見張りの時間にこっそりと作ってみた試作を見て、グレンは眉を寄せた。
(さて、どうしたものか)
グレンは器用だ。
見事なまでに仕上がった組紐のブレスレットがそこにあった。
グレンの肌の赤と、カインの髪色の黒がメインとなったとても格好の良いデザインとなった。
困ったのはこれそのものではない。
これをどう扱うかだ。
恐らく、カインに付き従うココルはあらゆる手段を使って組紐を滅しにくるだろう。
そして、カインを慕うシアはあらゆる手段を使って組紐を凍らしにくるだろう。
というか、多分シアは上手く作れなくてその分の怒りをグレン本人にも向け凍らしにくるだろう。
もしかしたら、ギルドでもあの支部長に睨まれるかもしれない。
(まあ、付けないのが吉か)
そう思い、その組紐を片付けようとしたとき、
「なにそれ、かっこいい組紐、だね」
見張りの交代にやってきたカインに声を掛けられた。
「あ、いや、これは……」
グレンは、年の割に達観しているとよく言われ焦った様子を見せることはほとんどない。
そんなグレンがしどろもどろになりながら、組紐を手で遊ばせていた。
「付けないの? ほら、お揃い」
にこりと笑いながら、カインは自分の腕にある組紐を見せた。
「……うす」
グレンは焚火が妙に熱いと思いながら、自分の腕に組紐を巻いた。
「いいね、かっこいい」
カインは、グレンをまっすぐ見ながら、そう言った。
グレンは何も言えずただただ「うす」と繰り返すだけだった。
見張りをカインに任せ、グレンはテントに戻りながら、組紐をじっと見ていた。
ここに誰かいれば、その純粋な少年のような表情に驚いただろう。
幸いにも、ここには彼一人しかいない。
そして、彼はそれを幸いと思っていた。
「なーにを、にやにやしてるのかしらしね」
後ろにいるシアが氷の微笑みを浮かべ、吹雪を巻き起こしている。
恐らくカインの後を追い、その流れで組紐の話をしているところを見たのだろう。
グレンは溜息を吐いた。
これからあらゆる手段を使ってこの組紐を守らねばならない。
カインが褒めてくれたモノは自分にとって宝だ。
誰であれ、それを譲るつもりはない。
グレンは、手の中に熱い炎を握りこんだ。