目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

SS2 白雪の姫と七人のこころ

※第一部11話のシアサイドのお話となります。




『今日こそはしっかり思いを伝えるんだぞ!』

『うるさいな、分かってるわよ』


 その日、シアはカインが滞在しているというレイルの街を訪れた。

 ソロA級を認定されてすぐにカインの居場所を探しまわって漸く見つけることが出来た。

 途中、いくつかのA級魔物を討伐したが、それにかける時間も興味もないので、無視して進んだ。

 A級よりも大物を彼女はこれから仕留めに行くのだ。

 その大物の名はカイン。

 彼女がずっと想いを寄せている黒髪の男だ。


 レイルの冒険者ギルドの前でふと立ち止まり、〈氷鏡〉を作り出す。


『大丈夫、だよね?』

『え? この程度で本当にカインさんに見合うと思ってる?』

『大丈夫大丈夫!』


 シアは〈氷鏡〉に映った自分の姿を確認する。

 真っ白な肌、髪、全て今日は自分の持っている最高級のもので整えた。

 宿のおかみさんに頼んで薄く化粧もしてもらった。

 青玉サファイア色の瞳。

 普段来ているドレスアーマーではなく、かなり清楚な雰囲気の薄い青のひらひらした服。

 全て完璧なはずだ。

 〈氷鏡〉で反射して見える男たちはじっとこっちを見ている。

 彼らに興味はないが、自信を持つには最適だった。

 レイルの冒険者ギルドの扉を押す。


『え? 行くの? 本気で?』

『行きましょうよぉ、カインさんと一夜を共にしましょお』

『い、いけませんわ。 一夜を共にってそんな破廉恥なことは……』

『じゃ、じゃあ、やめとこっか』

『はあ、カインさんに会いたくないのかよ!?』

『『『『『『『……会いたい』』』』』』』


「カイン!? 死にましたよ!」


 扉の向こうで女性の声が、する。


 は?


 死んだ?

 カインさんが?


 え?


 え?


 え?


 え?


 え?


 え?


 え?


『そんなわけないよね? ね?』


 扉を開く。

 【血涙の赤鬼】グレンに迫られ受付嬢が泣きそうになっている。

 あの子がさっきの声の主か。


「落ち着きなさいな、赤いの」


 静まり返るギルド内。

 静寂を破ったのはグレンだった。


「うるせえ、白いの。すっこんでろ。ぶっとばすぞ」


 可笑しい。

 おかしい。

 ああ、オカシイ。


「てめえ、何笑ってやがる!」


 グレンが今度はシアに向かってくってかかる。


「そんな風に私に気を遣わない男性は身内以外で彼とあなたくらいよ」


『彼? カインさんのこと?』

『でも、死んだんでしょう?』

『死んでない。死ぬはずがない。そうでしょ? でしょ?』


 シアは、はにかむ赤鬼を無視して、泣きそうな受付嬢の前に進む。


「さっきのカインさんが死んだ、というのは嘘よね?」


『お願い、嘘であって』

『カインさんが死んだらわたし生きるの無理、かな?』

『カインさんが死ぬわけないだろ!』

『カインさんとの子供ぉお』

『落ち着きなさい。落ち着くのよ、わたくし』

『カインさん……!』

『うるさい、ワタシ。黙ってね? ね?』


「もし本当だったら、毒を飲んで私も死ぬ。嘘だったら、私にこんな思いをさせた貴女を、殺すわ」


『だよね? ね?』

『『『『『『『……うん』』』』』』』


 受付嬢の顔が真っ青だ。関係ない。


「ねえ、カインさんに会わせてほしいの。なんだったら地獄でもいいから。貴女が案内してくれるよね。カインさんに伝えて。『あの時助けてくれた白雪の姫です』って」


 ざわめくギルド。関係ない。


『『『『『『『……!』』』』』』』


 音が聞こえる。吹雪の精霊が運んできた音。

 忘れられない足音。彼の……彼の!


「静まりなさい」


 静まり返るギルド。


 シアは髪を掻き上げる。

 その姿に男、いや、男だけでなく女たちもほうっと息を吐くが関係ない。

 関係あるのは、シアの興味は、この足音だけだ。


「カインさんの足音が、する」


『『『『『『『カインさんカインさんカインさんカインさん!』』』』』』』


「本当か!? 白いの」


 赤鬼が話しかけてくる。関係ない。


「黙れ、赤いの。私は今、この音を噛みしめているのよ。静かになさい」


 静かに耳を澄ませるシアだったが、自分の心臓の音が五月蠅くて聞こえない。

 そして、心の声が騒がしくて集中できない。


『え? カインさんが来る? え? 今わたし変じゃない? ねえ、戦士ファイター?』

毒喰どくはみ、大丈夫だ! あたしなら大丈夫! だ、だよな、なあ、魅魔みま?』

『カインさん! アタシもうドキドキがとまらなくて今すぐ滅茶苦茶にして欲しいのぉ! ねえ、淑女レディぃ?』

『は、はしたない真似をおやめなさい! カインさんに愛されるためにしてきたわたくしの努力を無駄にしてはいけないわ、そうでしょ、呪術師ソーサラー?』

『カインさん……生きてた……モウ、ワタシハナサナイ……乙女ラブ、そうしよう、ね? ね?』

『シア、カインさんだいすきー! ねえねえ、主人シアもそうでしょ!?』

『うるさーい! 落ち着け! 私!』


 シアの脳内では七人の内面のシアが大騒ぎしていた。


 そう、シアの中には7人の心が存在する。


 毒喰、淑女、魅魔、戦士、呪術師、乙女、そして、主人格であるシアだ。


『それより、カインさんが来るのよ! 会ってなんて言えばいい!?』


 主人シアが脳内でみんなに話しかける。


『喋って、いいのかな?』


 毒喰が不安そうに問いかける。


『て、丁寧にご挨拶を……』


 淑女はかなり挙動不審ながらスカートをつまみ上げようとする。


『無茶苦茶にして! ってぇ』


 魅魔は上着に手をかけて今にも脱ぎだそうとしている。


『きょ、今日はいい天気ですねとかじゃないか!?』


 戦士は手を挙げて大声ながらその顔は不安そうだ。


『まず、捕獲。そして、ハナサナイの、でしょ? でしょ?』


 呪術師は淀んだ目で嗤っている。


『カインさん、大好きー!』


 乙女は穢れ無き青玉色の瞳で笑っている。


『えええええええ!? ど、どど、どうしよう~!!!』


 ギルドの入り口で足音が止まる。

 愛する彼の足音が止まる。


 日も落ちた夜の暗闇から黒髪に優しい目をした男が現れる。


「あのー、依頼達成の報告に来た、ん、ですが……」


 カインさんだ。

 ずっとずっと再会を夢見ていた。

 私の王子様だ。


「あれ? シアに、グレン? どう、して……」


 シアは唇を震わせながらなんとか言葉を紡ぐ。


「………ぃぁぃぅぃ(ひさしぶり)」

「えと……ん?」


 カインが苦笑しながら、聞き返す。


『『『『『『ちょとぉおおおおおおお! 私ぃいいいいいいい《シィアアアアアアアアア》!!!!!!!』』』』』』

『だってぇええええええええ! 嬉しくて恥ずかしくて幸せでもう滅茶苦茶なんだもんんんんんん!』


 心の中が溢れすぎたせいか、瞳から一滴の涙が零れる。

 先程何と言ったか聞きなおそうと近づいたカインが、それに気付き、涙を掬う。


「シア……泣いてた、の?」


 頬にあたる指の温かさ、耳に響く優しい思いやりの声、こちらを見つめる綺麗な黒い瞳。


『『『『『『し、しあわせ~~~~~~~!!!!!!!』』』』』』』


 そのままシアはかくんと首を落とし気絶する。

 いきなり俯いたシアに慌てるカイン、察したグレンは強めにシアの肩を叩きながらカインと挨拶を交わす。

 気絶から立ち直り、カインと楽しそうに話し始めたグレンを氷漬けにし、カインに声を掛けるシア。

 それを見て笑うカイン。

 シアも微笑み返す。


 白雪鬼、そして、毒喰姫。

 二つの異名を持ち、騒がしい七人の心の声を持つ美女は、そのどれもが愛してやまない男と再会する。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?