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三部2話 親切おにいさんは石像を雪からまもってあげましたとさ

 S級魔巣ダンジョン・古代遺跡【遺物アーティファクト墓場セメタリー】。

 レイルの街から南にあるB級魔巣【大蛇の森】を越えたところに存在する古代遺跡群の中で最も大きな魔巣。

 その東側には魔巣【小鬼の遊び場】があり、さらにその先には海の街マシラウが存在する。

 カインたちは大蛇の森から遺物の墓場を南東に迂回しながら小鬼の遊び場にやってきた。

 ここから最も近い街がマシラウであり、助けた青髪の女性がマシラウ冒険者ギルド所属ということを知り、レイルの救出隊を呼ぶことをやめ、シアにマシラウまで帰れるよう安全な場所まで彼女を送り届けてもらうことにした。

 シアはカインの傍を離れることを嫌がったが、今しがた女性であるが故にゴブリンに襲われかけた彼女に、カインやグレンが付き添うのはキツイだろうし、タルトには多少荷が重い。なので、しぶしぶシアは青髪の女性、ソフィアと名乗った彼女を連れて行くことにした。


 そのシアを待つ間、カインたちは周辺の探索及び魔引きを行っていた。

 地形調査、そして、地図作成マッピングはタルトが、魔物の数減らしをグレンが、カインは二人のサポートを務めた。

 遺物の墓場は魔物が滅多に現れない珍しいタイプの魔巣という情報があったが、その周辺は魔物で溢れていた。

 灰色狼や踊る人形、角猪に、石喰蚯蚓等多様な魔物が現れたが、どれもソロA級のグレンには及ばず一掃された。


「ふええ~、グレンさんってほんとすごいですねえ~」

「カインさんほどじゃねえよ」

「はいはい」


 タルトもグレンの扱いに慣れて来たのか、グレンの溢れるカイン愛を軽く受け流しながら対応する。


「ううん、グレンは、本当に、強くなった、ね」

「……うす」


 作業中の為、ノピア型鍵盤キーボードから目を離さないままカインが褒める。すると、途端にグレンは言葉少なになり、赤い肌を更に赤くさせる。


(なんだ、このかわいい大鬼は……)


 タルトはなんだかんだで百五十を超える年齢で、しかも、亀人族という非常に穏やかな種族である為、カインたちの不思議なバランスのパーティーにもすぐに順応した。

 というより、ある程度理解を諦め、受け入れた。

 それに、カインが素晴らしく、尊敬されるべき存在であることはタルトもしっかりと理解していた。

 生暖かい目で見守るタルトに気付いたグレンは居心地悪そうに目をそらす。

 それがまたタルトの老婆心というか、孫を見守るおばあちゃん魂にほんのり火を灯し、話しかけようとさせる。


「そういえば、グレンさんって職業ジョブはなんなんですか?」

「あ? 見りゃわかるだろ、魔法使いだよ」

「……………………は?」

「やっぱりババアだな、魔法使いだよ」

「誰がババアですか!? 亀人族ではまだピチピチの年齢です。で………は?」

「なんで前半だけ聞こえて、後半聞こえてねえんだよ!」

「ま、ま、魔法使いー――――!?」

「聞こえてんのかよ!」


 グレンのツッコミも気にせず、タルトは衝撃に震える。


「こんなムキムキの大鬼族の魔法使いがいますか!?」


 グレンは大鬼族の中では大きくはなく、180センチほどだ。

 だが、その身体は非常に鍛えられ、腕の太さはタルトの首よりも太く見える。


「悪いかよ! それに、元々はガリガリだったんだよ。鍛えたらこうなった」

「はえ~……そんなになれるもんなんですねえ」


 タルトが目を点にしたまま声を漏らす。


「それより、おら」


 グレンは手に持っていた腕輪のようなものをタルトに放り投げる。


「っと、これは?」

「さっき見つけた。よさそうだから、持ってきた。鑑定してみてくれよ」

「はいはい、おまかせを!」


 タルトは嬉しそうに声を上げると、詠唱を始める。


「物の鑑定は詠唱するんだな」


 グレンの呟きは届かなかったのか、タルトは詠唱を続ける。

 すると、腕輪らしきものは紅い光に包まれ、そして、光が消えた。


「なるほど」


 タルトが呟く。


「んで、なんだこれ?」

「わかりません」


 グレンが尋ねると、すぐにタルトが返す。


「ああ?」


 グレンがそのそっけない返事に怒りを露にし迫ろうとしたがタルトは次の詠唱を始めていた。そして、青い光が腕輪を包み込む。そして、消える。


「なるほど」

「で、なんだこ」

「わかりません」


 そして、タルトは再び詠唱を始める。黄色い光。包む。消える。


「なるほど」

「で、」

「わかりません」

「ってなんだこのやりとり! わかんねえんなら成程とか言うな!」


 三度の意味不明なやりとりにグレンは大声で叫ぶ。

 その前のタルトの叫びか今のグレンの声か、近づき襲い掛かってきた覗き赤猿を赤い炎の線で貫きながら、タルトを睨む。

 覗き赤猿を一瞬で倒したことと、憤怒の形相、合わせてタルトは大声で驚く。

 それに反応して現れた覗き赤猿たちも一瞬でやられてしまう。


「ほぎゃああああ! っていうか、鑑定ってそんな簡単な魔法じゃないんです! もしかして、グレンさん、魔法で一瞬ぴっとしてぱっだと思ってました?」

「おう。違うのか?」

「ち、違います。鑑定というのはですね、ちゃんと調べる時は多重鑑定なんです。さっき行ったのは〈強度鑑定〉〈魔力鑑定〉あと、〈性質鑑定〉です。鑑定っていうのは、これらを中心に色々調べ、判断をするのが普通なんです」

「でも、お前がいつもやってる……」

「広範囲鑑定はあえて雑にやっています。魔力の消費がえらいことになるんで。で、さっきの戦闘時とかは収束して戦闘用の鑑定を行います。物の鑑定はちゃんとすると結構時間かかるものなんですよ」

「成程な、でも、それだけやって結局わかんねえんだろ?」

「分からない、ということが分かりました。これは恐らく……遺物アーティファクトです」


 タルトは、少し声を潜めてグレンに伝えた。今ここにいるのは三人だけなのでその必要はないのだが、遺物という存在そのものの価値がタルトの声を小さくさせた。


「ただ……時間経過と、恐らく、魔雪による腐食が進み過ぎて遺物としては使用できません。ですが、ワタシの記憶の中にある素材や魔力・性質にはないものです。まあ、勿論知らない異国のものが何故かここにあったということもあるかもしれませんが……術式が今の時代にあり得ないくらい細かく複雑に設置されているように見えます」

「そう、か……これは、どうする?」

「ワタシに預からせてください! 腐食しているとはいえ遺物! 記念に持って帰ります!」


 キラキラ目を輝かせて手を挙げるタルトに、冷たい目を向けながらグレンは腕輪を手渡す。

 タルトはそれを頬ずりしながら愛でている。


「よ、し、出来た」


 そこにカインの声があがる。

 グレンとタルトがそちらを向くと、カインは六つの小さなコートを抱えていた。

 そして、それを目の前にある石像に着せる。




 時は遡る。


 ここを訪れた時、その石像の前で足を止めたのはタルトだった。


「どうした? 緑の?」

「ジーズォですね。導きの神、ドゥソ神様の使いと言われる。こんなボロボロで……」

「ここいらは魔雪が降るからな。こうなるのはまあ仕方ねえな」


 魔力を帯びた雪のようにふわふわと降ってくる魔雪は幻想的なものというより災害だった。微量とはいえ魔力。何度も降り積もるうちにジーズォの石像を溶かしていた。


「まあ、仕方ないというのはわかるんですけどね……物を扱う身としては、ちょっと居た堪れない気持ちになるというか」

「……カインさん?」


 呟くタルトの傍らでカインが座り込んで何かを始めていた。


「う、ん……俺も、このままはちょっと、可哀そうだと思うから、ちょっと合羽、みたいなのを、作ってあげようかと」

「わああああ! カインさんありがとうございます!」

「……じゃあ、俺はカインさんを邪魔するアホが現れないようにちょっと狩ってくるわ」


 そうして、出来上がったのがカインの持っていた魔弾く外套レジストコートを分割し、組みなおした反射合羽であった。

 六人のジーズォ像は揃いの合羽をきて微笑んでいるようにも見えた。

 それを見てカインは頬を緩めた。

そして、そのカインを見てタルトは頬を桃色に染め、手をもじもじさせながらカインに声を掛ける。


「あ、あの……カインさん。ありがとうございます。ワタシが言ったことを気にかけてくれて……」

「ううん……タルトのそのやさしいとこと、俺は良いと思う、よ」

「ほええええええ……」

「……うふ。人がいない間にカインさんに手を出す悪いごはいねえがあああああああ」


 タルトが震えながら首を右にギギギと回すとそこには真っ白な雪のような鬼【白雪鬼】がそこにいた。


「ほぎゃあああああああああ!」


 タルトが絶叫すると、その声に反応し現れた覗き赤猿達は、その白雪鬼の八つ当たりも含めた攻撃により氷漬けにされる。


「シア、おかえり」


 カインはシアの広範囲吹雪魔法に苦笑いを浮かべながら声をかけた。


「……! た、た、ただいま! カインさん! ……ぇ、なんか今の夫婦っぽくない、ねえ、ない?」


 後半小声でひとりもにょもにょ喋るシアをグレンは眺めながらため息交じりに呟く。


「おい、白いの。お前のせいで、緑のが腰を抜かしたじゃねえか」

「あー、ごめんなさいね、タルト。ウチの国の精霊ゲナマハの物まねだったんだけど、ちょっとタルトには刺激が強かったかもしれないわね」

「精霊!? ワタシには鬼に見えましたが、精霊!?」


 タルトがぶるぶる震えながらシアに問いかけるがそれを遮るようにグレンがシアに話しかける。


「……で、お前の後をついてきたアイツらは精霊じゃあないよな?」

「どちらかというと、悪霊かしら」


 グレンの視線をカインやタルトが追うと、小鬼の遊び場から五人の男女が現れる。


「お嬢さん! ちょっと急ぎ過ぎではないかね? 君のような美人が一人で先走っては危ない! 何故か急に寒くなってきたし! 私のような高ステータス者の傍にいたほうが良い! さあ、こちらに来なさい! しっかりと近くで守ってあげるよ! このマシラウのA級冒険者、セク=ハウラが!」


 いやらしい目つきをした四十歳くらいの男がこちらに近づいてくる。

 その声に反応したのであろう右方から現れた覗き赤猿を見もせずに始末しながら、グレンは大きなため息を吐いたのだった。

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