「雪のように白く美しいキミの肌に傷がついては大変だ。そんな美しい肌が……」
セク=ハウラと名乗った男は、じっとシアの全身を舐めるように見ながら言った。
年は四十くらいだろうか、赤い派手な
脂ぎった顔には濃い眉とギラついた目がくっついている。
シアは顔色一つ変えなかったが、不快だったのだろう、足早にこの場を去ろうとする。
しかし、セクはそれをパーティーから離れて二人で話したいととらえたようで後ろにいる仲間達にここで待つようにと目で合図し、一人シアに近づき話しかける。
流石に直接話しかけられた以上、自分のことではないという勘違いの振りは出来ない。
シアは足を止め、セクの話を聞く。少し、手のひらからは吹雪が漏れてはいたが。
カインはマシラウという言葉を聞き、同じ街の冒険者ギルドに所属していたタルトに尋ねる。
「あの人、マシラウでは有名な冒険者です。セク=ハウラ。A級冒険者ですけど、それをかさに着て、すっごい偉そうなんです。それに、お兄さんが副ギルド長というのもあって、その立場を利用して、女性に度々厭らしいことをしてくるんです」
「タルトも、そんな目にあった、の?」
カインが心配そうにタルトを見つめると、タルトは悲しそうに目を伏せ震わせながら口を開いた。
「ワタシ、ちっこいからなのか、色気がないからなのか、そういうことは……ありませんでした……。良かったんですけどね、良かったんですけどね」
カインは何と言っていいか分からず曖昧に微笑んだ。
その間も、セクはシアに話しかけている。
「どうだい!? お嬢さん、A級である私と一緒に行かないかい? なんなら私が探索のイロハを手取り足取り教えてあげよう!」
「いえ、結構です。それに私達レイルの冒険者ギルドの依頼で急いでいますので」
絶対零度の笑顔を浮かべながらシアは、不用意に近づいてくるセクをかわしながら、冷たく言い放つ。
セクは自分の思い通りにならないことに気を悪くしたのか、少し顔を顰め、シアの肩を掴もうと再び近づき手を伸ばす。
シアとグレンの魔法の発動、カインの移動、そのどれよりも早く、声が上がった。
「セクさん、それより早く行きましょう」
その声がとても澄んでいて美しい声だった。
声の主はパーティーの中で一番後ろを付いていた神官風の女性だった。
彼女に遮られたセクは顰めた顔を緩め、笑う。
「……なんだなんだ、嫉妬か? レオナ。大丈夫、キミのことを忘れたわけではないよ。ただ、私のことも分かっていない不勉強な女冒険者に多少なりとも世界の事を教えてあげねばと思ってね。キミのようにしっかりと私から学ぼうという真面目な冒険者は少ないからねえ」
セクは、シアに対し不快感を持ったのだろう。未熟な冒険者をあざ笑うように鼻を鳴らす。
一方のシアは、元々王族でこういうやりとりに対して何も感じない。彼女の逆鱗はカインを貶めることだけだ。
その点、セクは幸運だったのかもしれない。カインに対しては何も興味がなく視界にすら入れていなかった。
「まあ、いいさ。今回はキミが来てくれて本当に良かった。楽しい探索になりそうだ」
セクが笑うと、レオナと呼ばれた女神官もにっこりと微笑む。
そこにはシアやタルトが露にしている嫌悪感が一切ないようだった。
「彼女、は?」
セクや後ろにいる冒険者達は少し裏の雰囲気がする中で、レオナは一切そんな雰囲気もなく逆に目立っていた為、カインは気になってタルトに尋ねる。
「えと、彼女も有名ですね。レオナ=サンドリオ。
カインはタルトの言葉を聞き、改めてレオナを見る。
美しい金色の髪を二つに結び垂れさせ、背筋はすっと伸び、それにより均整の取れた身体がより美しく神々しく見える。肌は色んな依頼をこなしているせいかうっすらと焼けてはいるが、それが彼女の笑顔をより人々から愛されるアクセントにしかなっていない。
シアやココルは近づきがたい美女だが、レオナはみんなから愛される美少女といった感じだ。
「カインさん……やっぱり胸ですか」
セクに向いていたはずのシアの絶対零度の笑みが何故かカインの方に向いていた。
それは、レオナがシアよりも多少胸があったせいであり、カインが大きい胸派ではないかという勝手な疑惑のせいであった為、カインはただただ首を振った。
「そ、そうですよ! カインさんは小さい胸だって好きですよ、ねえ?!」
タルトの言葉にカインは反射的に頷く。が、それはそれで違うのではと頷いた後に首を捻ったがあとのまつりである。
タルトが自分で言ったにもかかわらず、顔を赤らめズズズと首に埋まっていく。
「い、言わせてしまいました」
「本性を見せ始めたわね、謀略女。永遠の冬眠に入らせてやろう」
「おい、やめろ、暴力女。永遠の冬眠は永眠だろうが」
タルトを凍らせようとするシアを止めるグレンを見ながらカインは苦笑し、再びレオナ達の方を見る。
すると、今度はレオナと目が合う。
おしとやかそうな彼女にはちょっと似合わない紅い瞳がカインを捉えた。
「あ、ど、どうも」
「仲が、よろしいのですね」
レオナはにっこりと笑う。
その笑顔はカインには眩しすぎ、顔を赤らめただただ俯く。
「あら、照れ屋さんなんですか?」
レオナはカインと比べて大分年の差があるだろう。
その美少女にそんな言葉をかけられ、カインはより恥ずかしくなって地面を見つめる。
すると、レオナの後ろから声が掛かる。セクだ。
「レオナ! 待たせたな! では、行くとしようか」
「はい」
カインは顔を上げると、レオナはもうセクの方へ歩み寄っていた。
「……」
カインはにっこりと笑う彼女を見つめていた。
そのカインの視線に気づいたセクはレオナの肩を叩き、そのまま掴んで抱き寄せる。
その手の指はいやらしく動きレオナの柔肌を味わうようだった。
「私がレオナ、キミを守ってみせる! だから……私の傍を離れるんじゃないよ」
レオナの耳元で厭らしく笑いながらかける、生暖かい熱のこもったその言葉に、シアとタルトは身体を震わせ、腕をさする。
「はい、ありがとうございます」
しかし、レオナは顔を綻ばせて鈴のような声で返事を返す。
シアとタルトが信じられないものをみるような目で見ているのを、グレンが身体を入れて遮る。
「余計なことは言うなよ、てめえら」
「聖女ってすごいのね。私だったら口から汚いもの吐いてるわ。気色悪いスケベ親父が」
「ワタシもです。アレだったら
「おい、口から汚い言葉が出てんぞ。ここでやりすごせばあとはどっか行くんだろうか……」
「では行こうか! 遺物の
「「「「は?」」」」
高らかに声をあげたセクをカインまでもが目を丸くし見つめていた。