「ここが、【遺物の
「すごい……」
到着したカインたちは目の前の建造物に息を呑んだ。
陽の光が眩しく反射する真っ白な建物は、正方形で所々に窓が見える。
「どういう塗料使えばあんな真っ白になんだ?」
「というか、気持ち悪いくらい全ての長さが同じに見えます」
「まるでダイスね」
今迄見たことのない奇妙な建物にシアやグレンは口々に感想を零した。
「
此処に来るまでに、結構な数の魔物と遭遇した。
しかし、この魔巣内ではほとんど魔物がいないとレイルの冒険者ギルドでの資料にはあった。
「しかし、なんで魔物がいねえんだろうな。カインさん」
「考えられるのは、ふたつ、だね。一つは、魔巣内に強力な魔物がいて縄張りに入れさせない。ふたつ、めは、魔物だけが影響を受ける毒やガスなんかがある、かな」
「なるほど……」
しかし、カインの中ではどちらの可能性もしっくりくるものではなかった。
縄張り意識の強い強力な魔物がいるならば、侵入した冒険者が遭遇しないはずがない。
そして、毒やガスの影響があるとは思えないのだ。
「これだけ、整然とした魔巣だと、ね」
遺物の墓場の中は異常と言えるほどすっきりしていた。
遺物の墓場は五階建ての建物で、古代人が住んでいたのか、名の通り遺物の墓場、 つまり、廃棄物の集積所だったのか、ともかく、人が生活・仕事をする前提で作られた建物だった。
そして、恐ろしい程に綺麗だった。
何かの戦闘があったのか、古代人が使っていただろう棚や机などと言った家具は、傷が多数ある上に、時間による劣化でボロボロで、〈保存〉の術式でなんとか原型を保たせている。
苔や植物が生えている様子もなく、また、魔物の糞尿なども見られない。
まるで、誰かが掃除し続けているかのように不気味に美しくあり続けている。
二~四階は似たような構造で沢山の部屋が並んでいた。
そして、五階は恐らく主の部屋であろう大きめの部屋が中央奥に存在し、その両側に部屋が並んでいる。
一階。両側の階段といくつかの小部屋があり、この魔巣の名となった、破壊された遺物が中央にある大きな部屋に山のように積まれている。
資料に書かれていた通りの魔巣でそれ以上はない。
しかし、レイルの冒険者ギルド長であるシキは何かを感じたのか、カイン達を調査に向かわせたのだ。
カイン自身が言った『違う視点』が求められているのだろう。
カイン達は魔巣の中で様々な意見を交わしながら探索した。
「とはいえ、なんにも見つからねえな」
「というより、まさか魔物一匹出会わないなんてね」
グレンとシアは探索よりも戦闘タイプなので、頭を使い過ぎたのか滅多に見せない疲労の色を浮かべていた。
魔巣の中はくまなく調べた。しかし、今までの以上の発見はなかったのだ。
「タルトは、どう?」
カインはタルトに問いかける。
タルトの〈
「ん~……すみません。何か気になるものがあるかとずっと強めに発動しているんですが……何も見つからないんですよねえ」
「そっか」
「すみません……」
正直、タルトは探索においては自分の独壇場だと思っていたし、なにより、カインへのアピールの場だと意気込んでいた。
しかし、本当に何も見つけられないのだ。
「気に、しないで! 見つけられないのは、俺達も、同じ、だから」
「はい……〈広範囲鑑定〉見つけられるのは、あの目に毒な人たちばかりです」
タルトが引き攣らせながら言ったのは、勿論セクたちである。
共同探索となったはずなのに、彼らは勝手に行動し続けた。
時折出会うと、黒狐の面々は自分たちの探索の邪魔をするなと鬱陶しそうな顔を向けてくる。
そして、セクは……本当に目に毒だった。
探索そっちのけでレオナを口説き、身体をまさぐっていたのだ。
カイン達の姿を見つけると流石にバツが悪いのか中断し、探索する振りを始めるが、力が入っていないのは明らかだった。
「まあ、そういう噂はずっとありましたけどね。あの人、好みの女冒険者を同行させて魔巣で、その、いたすのが、好きとかなんとか……」
「うえ、本気かよ……」
「邪魔も入らないし、ちょっとした緊張感がいいとか、言ってたのを人伝いに聞いたことがあります」
「よくそれで罰せられないわね」
「まあ、副ギルド長が身内ですし、魔巣内で、その、してしまえば、証拠もないですからね。女の子は泣き寝入りですよ……!」
タルトは怒りを露にしたが、ことあるごとにセクがレオナをいやらしく撫でている所に遭遇するのは、タルトなりの嫌がらせなのかもしれない。
「レオナさんも断ればよかったのに」
「けど、あの女は嫌がるどころかニコニコしてたろ。……まあ、こう言い方はよくねえかもしれねえけど、A級に可愛がってもらってあわよくばパーティーに入れてもらおうとかしてるんじゃねえか」
「まあ、よくある話ではあるけどね」
誰もセクに惚れているとは言わない。
「レオナさんはそんな人じゃないと思ったんですけど……アノー
「やさしさだけであの厭らしい扱いを許せるとは思えねえけどな」
「私やっていいならアイツの股間を氷漬けにしてるわ。あ、カインさんは私にいやらしいことしても、いいですからね」
カインは、グレンたちのやりとりを苦笑しながら聞いていたが、ゆっくりと口を開きタルトに問いかける。
「タルト、さっき、ね。〈広範囲鑑定〉のことを聞いた時、ちょっと、その、煮え切らない感じで、言った、気がする、んだけど、何かあった?」
「え? あ~……そう、ですね。その、なんというか、言葉にするのが難しいんですが、なーんか気持ち悪いんですよね」
「気持ち、悪い?」
「う~ん、S級の魔巣が初めてなのでそういうものなのかと思っていたんですが、すごい違和感があるというか、違和感がないのが違和感というか……そうですねえ……あ!」
と、タルトが声を上げるのと同時に遠くからも声があがる。
「あった! あったぞ!!!」
その声にカインたちは目を合わせ、慌てて向かう。
すると、そこには黒狐の面々とセクたちがいた。
「はっはっは! どうだ凄いだろう!」
「流石だぜ! セクの旦那!」
「アタシ達は全然気づけなかったもんねえ」
ネッツとメメがセクのことを誉めそやし、ギイはセクの手から何かを受け取っていた。
その輪から少し外れたところにレオナがいた為、カインは彼女に話を聞くことにした。
「あの、何か、あったんですか」
「あ、カイン、さん……いえ、私も今、声を聞いてきたばかりなので」
よほど慌ててきたのだろう少し頬を桃色にさせ、息が上がっているレオナが少しなまめかしく見えてしまい、カインは思わず後ずさる。
そこに、セクの声が掛かる。
「おお、遅かったな! キミたち! 見ろ! これを!」
セクは、ギイが丁寧に拭いている剣のようなものを指さす。
「これ、は……?」
「なんだ知らんのか? これは、古代バルドワ文明の遺跡で見つけられたのと同じ古代の剣だ! 何か怪しい魔力の気配を感じ、壁を壊してみればこれが見つかったのだ!」
カインは、タルトを見る。
タルトは頷き、前に出てセクに話しかける。
「ワタシ、鑑定士です。ちょっと見させていただいてもよろしいですか?」
「なんだ? 私を疑うのか? まあ、良い。ギイ、見せてやれ」
タルトはギイから剣を丁寧に受け取るといくつかの鑑定魔法を掛けて調べていく。
「たしかに、古代のものですね。そして、羽のような刻印がうっすら見えます。バルドワ文明のものと考えて間違いないでしょう」
「はっはっは! だろう! この遺物の墓場はバルドワ文明の流れを汲むものだったのだよ! これは大発見だ! 美しいお嬢さん、キミたちも頑張ってくれていたからね。私達に協力してくれた冒険者として紹介させてあげよう、はっはっは!!」
「でも、ここ、バルドワ文明の遺跡では、ありません、よ?」
「は?」
カインの一言にセクは固まる。
「な、何を根拠にそんなことを!?」
「あの、主の間、と思われる場所に、虎、のような刻印が、ありました。ここは恐らく古代ティーガ文明の遺跡、です」
カインはココルに言われたように、この遺跡がどこのものなのかをはっきりさせようとしていた。
すると、入り口で虎の刻印を発見し、四大文明の一つ古代ティーガ文明の流れを汲む場所だと分かったのだ。
「だ、だからといって……!」
「そうですね、これはここに元々あったものではないと思いますよ」
タルトが剣を見ながらカインの言葉に続けて話し出す。
「な、なぜそんなことを……」
「この剣、〈保存〉の術式がかかっています。古代術式であれば、解読が難しいですが、これは結構最近の術式だと思います。誰かこの剣を発見した人が古代文明の資料として〈保存〉しようとしていたんじゃないですかね。剣についている土というか、砂も、このあたりのものではありませんね。あの壊れた壁のかけらと色も質感も合いません。恐らく南の方の国の土じゃないですかね。あのあたりはバルドワ関連の遺跡が発見されていますから。それに、壁に埋め込んでいた理由も良く分からないですね。これ実戦用じゃなくて、観賞用の剣と思われますから。しかも、宝石などを埋め込む穴があります。もし仮に、隠し財産として埋め込まれていたとしたら宝石も一緒だと思いますが、それもありません。残念ですけど、これ、南の方で発掘され文化的資料として保存していたものを何かしらの理由で持ち出され、何かしらの理由で宝石だけ抜いて、何かしらの理由でここに、なんでか分からないですけど、埋められていたんじゃないですかね」
「ほ、ほっほう……成程」
この剣が、ネッツが持っていた道具袋から出したものだという事をタルトは〈広範囲鑑定〉で知っていた。
それに、セク、そして、黒狐達が、マシラウ内の魔巣で度々大発見をすることに以前から違和感を持っていた。
散々探索された魔巣でもセクたちは新しい発見をする。
本来ありえないものが見つかるのだ。
タルトは、何度か冒険前のセクたちをこっそり〈広範囲鑑定〉にかけてみたことがある。
すると、冒険後、大発見だと騒いだ宝石などの高価なものがすでに彼らの道具袋の中にあったのだ。
セクたちは捏造していたのだ。
それがタルトには許せなかったが、その現場を見たわけでもないし、何よりセクはマシラウの冒険者ギルドで幅を利かせていた。
その卑劣な行為を糾弾する場を偶然にも得ることが出来た。
タルトは、徹底的に調べ尽くし、理論的に叩きのめしたのだ。
タルトは、とてもいい顔をしていた。
そして、セクは顔を真っ赤にし、俯いていた。
タルトは、とてもとてもいい顔をしていた。