「う、う、うるさあああい!」
タルトの無慈悲な口撃により、真っ赤になって俯いたセクであったが、身体を震わせ急に叫び、タルトから古代の剣を奪う。
タルトもいきなりの絶叫に目を丸くし、古代の剣を持っていた手を宙に浮かせたままだ。
「どの程度の鑑定士か知らんが、適当なことをいいおって! 私は信じない! 信じないぞ! 海人族如きが偉そうに!」
マシラウの街では、海で暮らす海人族への偏見は根深く、セクもどろっとした眼差しでタルトを睨んでいる。
「お前なんぞ! お前なんぞ! 私の力で冒険者ギルドから名を消す事など簡単なんだぞ! 海人族のくせに! 女の癖に! でしゃ、ばるなああ!!」
「セク様!」
レオナがセクの異常な怒りを察知し、声を上げる。
が、その声も聞かずセクは怒りに任せ、持っていた古代の剣を投げつけた。
タルトも大発見と言っていた剣を投げつけてくるとは思わず呆気にとられる。
おまけに感情のままに投げつけた際に魔力が付与されたようでどんどん加速していく。
「緑の! よけろ!」
グレンの叫び声に、はっとしたタルトは飛んでくる剣に対し瞼をぎゅっと閉じて力を入れることしか出来ない。
しかし、その瞬間、タルトは身体が引っ張られるような感覚に襲われる。
足元に摩擦を感じない。恐らく〈
そして、右肩に誰かが手を置いているのを感じる。
それはタルトのよく知る男の、恩人の手だった。
手が離れ、タルトはそっと瞼をあけ、恩人の姿を見ようとする。
「うふふ、タルト、大丈夫でよかったわね」
そこにはカインを後ろから抱きしめるシアが、いた。
「……」
「あの、シア、なんで……」
「カインさん、カインさんがタルトを助けるのはいいことだと思いますけど、自分の身だって大切にしてください。異常がないか調べますので」
「シア、あの、まさぐらないで……そもそも剣は、俺にぶつかって、ないから」
「流石カインさん、すぐに察して助けるだなんて……流石、カインさん、カインさん、流石……」
「た、助けて……!」
タルトが、助けを求めるカインを触り続け、頬を染めて怪しい笑みを浮かべるシアをじっと見つめていると、叫び声が別の方向から聞こえてくる。
「あが、あがああああああ!」
見れば、セクが太ももを押さえ叫んでいた。
太ももにはセクが投げた剣が刺さっていた。
「壁にぶつかった剣が跳ね返って自分の脚にズブリ、だ。自業自得だな」
気付けば、グレンがタルトの傍にいた。
「剣が跳ね返って……?」
太ももに深く突き刺さる剣を見つめながらタルトは呟いた。
「だ、誰か! 誰かあああああ!」
セクの叫びに【黒狐】の面々が慌てて道具袋からポーションなどを取り出そうとする。
しかし、それより早くセクの元に駆け付けたのは、レオナだ。
「れ、レオナ」
「治癒します。痛みは伴いますが、我慢をしてくださいね。ネッツさん! 私が〈
「お、おう!」
レオナに呼びかけられ、ネッツは道具袋を放り投げ、セクたちの元へ駆けつける。
「ち! あんな奴ほっとけばいいのによ。そんなに気に入られて、玉の輿でも狙ってんのか」
「グレン」
「……わるい。でも、あれを救おうだなんて俺には思えねえ。あと、白いの、とっととカインさんから離れろ」
「流石、カインさん、いい匂い……いい身体……いい、体温」
シアの血走った瞳に、グレンの怒りに燃える眼差しも冷めてしまったようだった。
その後の探索は散々だった。
セクは、足が痛いと喚き、動きたがらず、【黒狐】達もセクに従い、探索を中断してしまった。
レオナは、カイン達について探索を続けようとしたが、
「レオナ、まだ、私の脚が痛むのだ。治癒を続けてくれないか」
と、セクが言い出したからだ。
「はい、かしこまりました」
レオナはニコリと微笑み、セクの治療を続けた。
その間、セクは『ありがとう、流石は私のレオナだ』などと言いながらレオナの身体を撫で続けた。
同じ町の尊敬する人物でもあった為、タルトはレオナの事を心配し、ここに留まり早めの食事を提案した。
今後の話し合いもしたかったので、カインはそれに賛同し、食事の準備を始める。
匂いがすれば腹が減る。
セクは【黒狐】に命じ、食事を作らせ、その食事をレオナに食べさせてもらっていた。
タルトは思わず、レオナ達の元へ行き『そんなことまでやる必要があるのか』と詰め寄ったが、レオナが
「私がやりたくてやっていることなの」
と微笑みながら言うのでタルトは引き下がるしかなく、カインたちの元に戻ると、
「レオナさんのことが分かりません」
と悲しそうにつぶやいた。
その後も、間違いなく完治しているにも関わらずセクはレオナの肩を借りながら探索を続けていた。
時折、カイン達がすれ違う時、
「んっ……! もう、今はやめてください」
レオナの恥ずかしそうな声が漏れ聞こえた。
セクは嬉しそうに笑って何度もカインたちとすれ違って見せつけようとしており、探索をする気など微塵も感じられなかった。
【黒狐】もセクのご機嫌取りに忙しいようで、隙あらばセクに言葉をかけていたが、運が悪いときはレオナを口説いている時に当たってしまい、理不尽に怒られていた。
そんな様子を何度も見せられ心をすり減らしながら続けた探索だったがめぼしいものは見つけられなかった為、カインたちの疲労は今迄にないほどで早めのキャンプを張ることにした。
今迄ここを訪れた冒険者達によってつくられたセーフティーポイントで、キャンプの準備にとりかかる。
ただし、セーフティーポイントは一か所の為、セクたちと同じ場所で休まなければいけない。
何パーティーもキャンプできるような広い場所であった為、離すことは出来たが、それでも同じ部屋だ。
セクの下卑た笑い声と、レオナの抑え込むような色っぽい声が聞こえ、タルトの目はもう冷え切っていた。
にも拘らず、セクはシアも諦めていないようで、レオナが離席するとシアを口説き始めた。
カインがそれをなんとかしようと腰を上げようとすると、グレンが肩を押さえそれを制した。
「アイツはカインさんを舐めてる。めんどうくせえことは俺に任せてくれ」
「ありがとう、グレン」
「……うす」
ちょっと口をもにゃもにゃさせるグレンだったが、すぐにセクたちの所に向かい、シアが吹雪を纏わせた右手をはしっと掴んで、セクに話しかける。
カインは、シアの殺意やグレンの察しの良さに苦笑しながら、ふと視界に入った彼女に視線を動かす。
レオナがそっとキャンプから離れようとするのが見えたのだ。
カインには、レオナが異常に見えた。
『異常にニコニコしている』ように。
貼り付けた仮面を外さないようにしているように見えた。
レオナは、グレンの言った通り、セクと結ばれ玉の輿を狙っているのかもしれない。
けれど、カインにはやっぱりそれが本意には見えなかったのだ。
もし、何か力になれるなら、といつもの癖が出ていることにカインは自分で気づき苦笑いする。
足音が遠ざかる音にはっとしてカインは再び動き出す。
レオナは遺物の墓場の外に出たようだ。
カインもまさか外に出るとは思わず、きょろきょろとあたりを見回す。
しかし、目に入る範囲にはレオナがいるように見えなかった。
カインは慌てて、鍵盤で術式を繋ぎ、〈
〈水〉と〈風〉、そして、〈闇〉を組み合わせ発動させた〈探索〉は、遺物の墓場の入り口前に立つカインを中心に魔力の波紋が広がる。
タルトの〈
いくつかの魔力反応が感じられる。
恐らく一番近くにいるのがレオナだろう。強い魔力を持っている。
遠くには、
カインは何か引っかかるものを感じながらも、レオナの元に向かう。
(なん、だろう……? 何かが、おかしい気が)
カインは走りながら自分の中でひっかかる何かを手繰り寄せようと頭を回転させる。
レオナ
魔力
遺物の墓場
〈
魔物
〈
タルト
マシラウ
セク
捏造
ティーガ文明
バルドワ文明
古代の剣
隠された宝物
壊された壁
壊れた遺物
遺物の墓場
魔雪
反……
何かに触れた気がした。
が、その手繰り寄せた糸をカインは離してしまう。
(叫び声が聞こえる……! しかも、この声は!)
レオナの声のように聞こえた。
(まさか、魔物!?)
カインは慌てて駆け出す。
さっきまで遺物の墓場で魔物が出ないことで油断していたのかもしれないと奥歯を噛みしめる。
叫び声に近づく。
カインはいつでも術式を発動できるよう鍵盤を腕に巻き、低く構え飛び込む。
目に入った光景を見てカインは目を見開き、絶句する
「ああー! 気持ち悪い気持ち悪い! 気持ち悪い! あの、すけべおやじー!!!!」
地団駄を踏んで髪を振り乱し暴れまわるレオナがそこにいた。