レオナが暴れていた。
探索中、丁寧な優しい口調で話しかけていた、まさに『聖女』という様子だった彼女とは全く違う、目を吊り上げ髪を振り乱し体中を掻き毟って地団太を踏んでいる。
カインは、体中が毒の魔素に侵され死ぬまで暴れ続けるという
「ああー! なんなの! あのすけべおやじ! なんなのよ! もう! もう! もう! あああーーーーー!!! ……あ」
「……あ」
目が、合った。
合ってしまった。
カインもレオナらしき人物の叫び声を聞いて全力で駆けこみ、そして、レオナの大暴れを見て硬直していたため、すぐに目に付く場所に棒立ちになっていた。
カインは、溢れる申し訳ない気持ちが汗となって滝のように流れ落ち、小さく会釈をする。
一方、レオナも溢れる『やべ、見つかった』の気持ちが汗となってスコールのように降り注ぎ、ぎぎぎと会釈する。
「……!」
そして、レオナは、ダッシュした。
「あ、あの!」
もうそれはそれはダッシュした。
レオナは神官で、肉弾戦が得意ではないはずだったが、恐ろしい脚力を見せ、青白い月が浮かぶ夜の遺跡群を駆け抜けた。
カインは、疾風の如く駆け抜けるその姿を見失ってしまったが、〈
膝に手をつき息を切らすレオナを見つけ、レオナに見つけられ、逃げ出し、追いかけることを三回繰り返し、漸くレオナが諦めたように、足を止める。
「なっんで、追いかけてくるのよ!?」
今までの聖女様はどこにいったのかとカインは唖然としながらレオナの嵐のような剣幕にひきつり笑いをするしかなかった。
「あ、あの」
「あーあー、そうよ、そうですよ! これがアタシの本性なの! ごめんなさいね! 思ってた聖女様と違っていて!」
レオナは、眉間に思いっきり皺を寄せて、こちらを睨みつけながら、顔をゆがませて悪態を吐く。
それを見たカインは思わず笑ってしまうが、それがまたレオナの癇に障ったようでカインに迫る。
「なあに笑ってるのよ!」
「あ、いや、その、そっちのほうが、いいな、と思いまして」
「は?」
レオナはカインの予想外の言葉に目を丸くする。
「え? うそ? あなた? 大丈夫? こっちのほうがいい? え? 大丈夫?」
レオナが心底気の毒そうにカインを見る。
いや、自分のことだよとカインは思ったが今のレオナには藪蛇だろうと言葉を呑みこみ、変わりの言葉を探した。
「あ、その、探索中は、ずっと笑顔の振りをしてる、感じが、して。でも、今は、かわいいというか、あ、いや、その、いいんじゃないか、と」
カインは適切な言葉が見つからず、目を泳がせながらレオナにどう伝えれば落ち着いてもらえるのか言葉を紡いでいたが、ちらとレオナを見ると顔を真っ赤にしてぷるぷると震えていた。
「かかかかかかかかかかわいい~!?」
「あ、あの、き、気に障ったのなら、ごめんなさい」
カインが慌てて謝ると、レオナはぷいとカインに背を向けてしまう。
やってしまったとカインは俯いて困り果てているとレオナが背中越しに話しかけてきた。
「べべべべべ別に、気を悪くしたわけじゃないわよ! あ、で、でも! うれしかったとかそういうんじゃないから! ないからね!」
じゃあ、なんなのかとカインは、察することが難しいレオナの言葉の意味を必死になって考えたが、答えは出なかった。
「でも、そっか……笑顔の振り、してたか」
「あの、やっぱり、いや、なんですよね」
セクの厭らしい行為を思い出させるのも悪い気がして、ぼやかしながらカインが問いかける。
「いやに決まってるでしょ」
「じゃあ、なん、で?」
「……アタシ、孤児院の出身なのよ。で、アンタは知らないかもしれないけれど、孤児院って大変なのよ。お金とかね。アタシは自分を育ててくれた孤児院に恩返ししたくてお金を稼ぎたくて、教会じゃなくて、冒険者を選んだ。でも、やっぱりアタシ一人の力じゃどうにもならなくて……」
そこでレオナは声を詰まらせ、俯く。
少しばかりの静寂。
そして、カインの方を振り返ったレオナは、笑っていた。
「あのおやじはさ、貴族だからお金持ってるのよ。で、言われたの『今回の探索に、何も言うことなく黙ってついてくれば孤児院の面倒は私が見てやろう』って」
何も言うことなく、黙って。
そこには、何をされても誰にも言うなという意味が込められているのだろう。
レオナの唇は震えていた。
「贅沢は言えないよね。アタシ、自分でもわかってる。アタシ、そこそこモテそうな感じよね。だから、ちょっとそういうことを我慢すれば、おかねが手に入るんだって」
ちょっと我慢すると言い聞かせるように言うレオナにカインは何を言うべきか逡巡した。
そして、カインの口が開く前にレオナが言葉を重ねる。
「アタシは、誰かを助けることのできる人間になりたいの。だから、これぐらい、なんともない。だから、さ。さっき言ってたことを、あのオヤジに言いふらしたら絶対許さないから」
レオナは、そう言って夜空に浮かぶ青白い月よりも儚げな笑顔を浮かべ、その場を後にした。
カインは、その悲しくも美しいうしろ姿が見えなくなるまで、見つめ続けていた。