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三部8話 あばれんぼうお姉さんは助平おやじにおそわれましたとさ

 レオナは青い月明かりを浴びながら【遺物の墓場アーティファクトセメタリー】に戻るべく足を進めようとした。

 ふと自分の脚の違和感に気付く。

 片方が裸足だった。


 恐らくカインから逃げている時に脱げたのだろう。

 余りに必死だったために気付かなかったようだ。


 バカな自分に笑ってしまう。


 レオナはそう自嘲しながら、靴を探すこともせず歩き始めた。

 裸足であれば勿論傷つくし、痛い。

 けれど、レオナは、今はその傷を求めていた。

 少しでも傷ついていれば、今から負う大きな傷も多少なりとも耐えられるかもしれない。


 戻れば、恐らくセクに抱かれることになるだろう。


 孤児院の為には必要だと理解はしていた。

 しかし、それでも、何か奇跡が起きてそういう事態にならなくてすまないだろうかと。


(何を馬鹿なことを考えてるのよ、アタシは)


 祈りを神に捧げるように合わせていた手を下ろす。


 レオナは神に縋るような真似をしたことはなかった。


 そして、これからもそうであるかのように、下ろした手をぎゅっと握り、歩みを進める。


 どんなに不幸な人生であってもレオナは神に救いを求めなかった。




 貴族の生まれから奴隷に落ちた時も。

 人の扱いを受けなかった日々でも。

 孤児院での平穏な日々の中でも。

 人並外れた魔力に目覚めた時も。

 魔法使いの家に養子に貰われた時も。

 義父以外の人間には家族とは思えない扱いを受けた時も。

 絶望の中で救いの手を差し伸べられ新たな才能に目覚めた時も。

 それにより、王や教会に認められた時も。

 義父以外が処罰を受けサンドリオの名を継ぐことになった時も。

 冒険者としての日々でも。


 救いを求めなかった。


 左足が痛む。

 もっと。

 もっと痛くなれ。

 多分人生で最悪であろうこれからくる痛みが少しでも気にならないように。


 涙が零れた。

 痛む足のせいか、遠くで聞こえる魔物の鳴き声に怯えてか、鳥か何かの甲高い声が気に障ったのか、寒いのか、眠いのか、怖いのか、苛立っているのか、諦めなのか、なんなのか。


 それでも、レオナは歩みを止めなかった。



 遺物の墓場。

 そこは、自分にとっては、女としての墓場かもしれないとレオナは笑い、そして、笑顔の仮面を再び貼り付けた。


 視線の先には、厭らしく笑うセクが両手を広げていた。


 セーフティーポイントに戻り、セクにテントの中に入るよう誘われたが、身体を清めたいと伝える。

 すると、セクは鼻息荒く、にやりと笑い、テントの中にレオナを誘う。

 セクは、終わったら呼ぶように、と脂ぎった笑顔でテントから離れていった。


 レオナは、濡れた布で身体を拭き始める。

 ゆっくりとゆっくりと。

 少しでも悲しい時間が短くなるように。


 レオナの頭の中ではずっと彼のことがちらついていた。

 貼り付けた笑顔に気づいてくれた彼の事が。

 包み隠さず暴れる自分の方が良いと言ってくれた彼の事が。

 彼女の王子様の事が。


 涙が零れる。


 自分の人生はなんだったんだろうかと。

 ここまで頑張ってきたのは。

 いや、今頑張ることで救われるのだ、あの孤児院が。


「もういいかな」


 セクの声が聞こえる。

 慌てて服を纏う。

 それに意味などなんにもないと分かっていてもそうせずにはいられなかった。


「ま……!」


 レオナの言葉を待つこともなく、セクはテントに飛び込んでくる。


 ああ、本当に最悪だ。

 こんな男に。


 しかし、そんな男はレオナの目の前で固まっていた。

 レオナの肢体に見惚れていたわけではない。

 彼の視線は、そのレオナの奥にあった。


 レオナが振り返ると、そこには……一匹のネズミがいた。


「え……ネ、」

「ネ、ネズミ! あんな汚らわしいものが何故ここに!?」


 セクにとってはネズミは不潔の象徴だったようで、思わずしりもちをつき叫ぶ。


 ネズミはそんなセクに構わず、きょろきょろとあたりを見回している。


 そうするとセクにも少し余裕が戻ってくる。

 自身の愉悦の時間を奪おうとしたネズミに怒りの形相を向ける。


「汚らわしいゴミが! 私とレオナの営みの邪魔をするな! さっさと出て……!」


 流石にネズミに見られてはやりづらいのか、セクがネズミを追い出そうと声を荒げる。

 しかし、その言葉が言い終わる前に、ネズミの元に、また、ネズミがやってくる。


「ふ、増えた!?」


 そして、また一匹、一匹とネズミはどんどん増えていく。

 セクは口をパクパクさせ、レオナも何が起きているのかわからずただただぼーっと増えていくネズミを見ている。


 気付けば、テントにはネズミが溢れかえっていた。

 ただ、レオナは、そのネズミたちがどんなに増えても自分に一定の距離以上近づいてこないことにふと気づく。


「あああああ! こここころす! ネズミは殺す!」


 セクは目の前の異常な事態にただただ怒りをぶつけ始める。

 血走った目でネズミを睨みつけながら、腰に刺さったロッドを抜こうとする。

が、手は空を切る。

 セクがロッドがあるはずの場所に目をやるとそこにはかじられたベルトだけがあり、その先の地面で数匹のネズミの前足の上にロッドはあった。


「きさ、きさ、貴様~!」


 セクは慌ててロッドを取り返そうとするが、ネズミたちは自分たちの身体よりも大きなロッドを軽々持ち上げ、テントから逃げ出す。

 セクも慌てて追いかけるが、テントを飛び出して更に驚くことになる。


 そこにも大量のネズミがいたからだ。


「ぎゃあああああああああ! おい! 黒狐! お前ら! ネズミだ! なんとか追い払え!」


 そこからは何とも言えない奇妙な光景が続いた。

 セクは絶叫を繰り返し、ネッツとギイはネズミを追いかけ回す。

 そして、ネズミは増え続ける。


 レオナはテントの入り口からそんなへんてこな風景を見て思わず、


「ぷっ……なにこれ」


 笑ってしまった。


 自分の人生最悪の出来事が起きると思っていたら、ネズミが山ほど現れた。

 きっと孤児院のみんなに話しても、偉大な魔法使いの義父に話しても信じてもらえないだろう。


 涙が零れた。

 笑いながら目元を拭ったレオナはネズミの集団の奥にいる一匹のネズミが目に入った。

 白いネズミだった。

 そのネズミは白いうえに、頭の上にある毛が長く、巻き髪になっている。

 一言で言うと変なネズミだった。


 そのネズミはセクの方を見ていたが、ふとレオナの方に視線を動かし、レオナと目が合うと笑った、気がした。

 少なくともレオナにはそう見えた。

 そして、その巻き髪白ネズミはセーフティーポイントから去っていく。


 レオナは、その巻き髪白ネズミが気になって後を追う。


 そういえば、セクたちはどうでもいいが、あのパーティーの人たちはネズミがこんなにいて平気なんだろうかと彼らの二つのテントにふと視線をやったが、運良く誰もいなかったのか静かな様子だった。


 セクやネッツたちがネズミを捕まえられなかったようにネズミはとんでもなく素早い。

 だから、レオナは、巻き髪白ネズミを見失った。

 けれど、何故か途中途中に白い毛が落ちており、レオナはそれを目印に追いかけ続けた。

 曲がり角の向こう側で声が聞こえた。


 彼らのパーティーの誰かかと思ったが今まで聞いたことのない快活な少年のような声だった。


「はっはっは! だから言ったろう! 私を頼ってくれればなんだって解決してみせるって!」

「う、うん……ありがとう」


 相手は、あのカインのようだ。

 レオナはそーっと曲がり角から覗く。

 すると、そこには……カインの手の上で自慢げに巻き髪を掻き上げる白ネズミがいた。


「礼には及ばない! 私は借りを返したまでだ! だが、褒めてもいい! 頭をなでてくれてもいいぞ! そして、只人に伝えるがいい! あの時キミが助けてくれた白ネズミの王子! ラッタがキミの大切な友人を助けてくれた、と!」

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